第99話 悪女

 ギルドに入ると直ぐに、マリーサさんと目が合った。俺は彼女から目線を外し、ギルドを出ようと背を向けた。けれども、逃げ切れるはずもなく、彼女に捕まってしまう。


「指名依頼ではないのですが、カスミナ草を採取してきて欲しいのです」


 上目遣いであざとい笑顔を向けてきた。


「あの草は、駆け出しでも狩れる地域に生えているぞ」


 ろくでもない依頼だと警戒し、素っ気なく答える。


「そうなんですが、今年は何故か彼らが安全に採取出来るポイントに、カスミナ草の生育が遅れているんです。ただ、ダイナ川周辺には沢山の採集ポイントが残っているので、そこに行って、薬草を集めて来て下さい」


「確かに、駆け出しだとあの辺りの水辺は、中型の野獣や、中鬼の群れが水を目当てに集まってくるので危険だわな」


「じゃあ、引き受けてくれますね」 


「少しは色を付けてくれるんだろうな」


 彼女の顔がパッと明るくなる。


「もちろんです、在庫も少ないので買い取り金額も高めです」


「任された」


 俺はダイナ川に薬草を狩りに行くことになった。中級冒険者は、この依頼は割に合わない仕事なので、引き受ける者は少ない。俺はこういう隙間を生かして仕事を作ってきたので、底辺冒険者を続けていられた。中鬼の群れにさえ合わなければ美味しい仕事なので、気合いを入れる。


 ダイナ川に近づくと、カスミナ草が群生している。俺は辺りを注意しながら、カスミナ草を狩り続けた。ライバルが全くいないので、思ったより多くの草を袋に詰めることが出来た。汗まみれで仕事を続けていたので、休憩がてら水浴びをすることにする。


 川辺に移動すると、地面には真新しい大きな野獣の足跡が幾つもあり、ツキが味方してくれたと胸をなで下ろした。足跡さえ見なければ、裸で水に飛び込んでいたはずだ。上半身だけ服を脱ぎ、辺りを警戒しながら身体を水で濡らす。


 身体の汗を綺麗に拭き取り、布キレを川で洗おうとしたとき不思議な物を見付けた。それはテニスボールを少し大きくした丸い玉で、青白磁(淡い青緑)の石を拾った。石についていた泥を拭き取ると、思いのほか表面がつるつるし、宝石のように美しかった。ギルドで売れば、中々良い値が付きそうな掘り出し物に心が躍る。袋に入れ持ち帰ようとしたとき、石からコトリと音が鳴る。気のせいかと思い、耳に石を当ててみたが、何の音もしなかった。


 その後も、足跡におびえながら薬草狩りに勤しみ、カスミナ草が袋一杯になったので帰ることにした。日が傾き始めたので、歩く速度を少し上げ獣道を進む。森を抜ける頃には辺りはもう暗くなっていた。


 ギルドに入ると、窓口は買い取りを希望する冒険者の列が出来ていた。俺もその列に並びながら、面識のある仲間と情報交換をしながら順番を待つ。


「無事に帰ってこられたんですね」


 マリーサさんが窓口で、笑顔を向け薬草を受け取った。無事にという言葉に少し引っかかったが、彼女の笑顔で全部許せた。


「銀貨四枚のところ、色を付けて五枚です」


 彼女は俺に銀貨を手渡しして、銀貨が乗った手の上からギュッと握りしめてきた。


 思いのほか買い取り金額が少なかったのは、新米冒険者が集められるぐらいの薬草なのでと、自分で言い訳を作り納得する。が、悪い夜の店に当たった気分にはなった。


「そうだ、これを拾ったんだが査定を頼む」


 袋から青白磁の玉を取り出し、マリーサさんに渡した。


「あら、綺麗な石ですね!」


「カスミナ草を狩っているとき見付けた」


 彼女はその石を撫でたり、光にかざしたりして暫く考え込んでいる。


「私ではこの石は鑑定出来ないので、他の担当者を呼んできます」


 そう言って、席を立った。暫くすると髪の毛に白髪の交じった男のギルド職員が窓口に現れた。いつもは中級以上の買い取りを担当しているギルドの親爺だった。


「査定したんだが、これに金を払うことは出来ない」


 そう言って、を俺に返した。


「無価値な拾い物だったんだな……」


 俺はがっくりと肩を落とし、力なく笑った。


「まあ、そんな落ち込むではない。ここでは買い取りが出来ないが、他の店ならそれなりの金額がつくかもしれない。私も長い間ギルドで働いてきたが、このような石を見たのは初めてなのだ。だから、値段のつけ様がない。これだけ綺麗な石なら、どこかの好事家が銀貨数枚で買い取ってくれるだろう」

   

 俺はそれを聞いて、胸をなで下ろす。換金も済んだのでギルドを出ようとしたが、報告することを思い出し窓口に戻った。


「ダイナ川に大きな魔獣が彷徨うろついているみたいだから、注意喚起をお願いするわ」


 窓口のマリーサさんに報告した。


「おっちゃんにカスミナ草を採取の依頼を頼んだのは正解だったわ。じゃあ、《明日も》お願いね」


「お、おい! 今日だけじゃなかったのかよ」


 俺は窓口のマリーサさんの顔先に、にじり寄った。


「当たり前です。あれだけの量で、薬草が足りると思っているのですか」


 俺は何か一言、言おうと口を開けたら窓口に【CLOSE】という札が掛けられ、窓口のカーテンがサッと閉じられてしまった。


完全にMMMマリーサマジムカツクだ。

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