第89話 帰郷
エルフ皇国の城門を抜けて、しばらくしてから馬車が止まる。同乗していた数人のエルフが馬車から降りた。
「ここから、ラミアの国に転移します」
転移魔法で馬車ごと運べるらしく、俺は馬車から降りなくても大丈夫と言われる。しかし、馬車の中にハエがいると怖いので、俺も適当な理屈をつけ彼女たちと一緒に馬車から降りると願い出た。
「安全上無理です」
素っ気なく断られてしまう。転移後、ハエ人間になったら誰が責任を取ってくれるのやら……。そう思った矢先、俺の頭の上には小さなハエが止まっていた。
俺は彼女らと共に緑の光に包まれ、転移の渦に引き込まれる。以前は馬車が往来している道端の一角が転移先だったが、今回は、地面が芝生で敷き詰められた屋敷であった。
馬車から降りようとすると、刀を腰に刺した屈強なラミアの兵隊が、俺たちを取り囲んでいた。
「そいつは妾の
知ったる声を聞いて、俺は馬車から勢いよく飛び降りた。
「よっ! 久しぶりだな」
蛇姫が俺たちを迎えに来てくれていた。
「話しは聞いているが、妾は汝の道具ではないぞ」
ターニャは、口角を上げて俺を睨みつける。
「悪いとは思っている。ただもうこれ以上、馬車の旅は俺の少ない命をさら削ってしまう。そうなるとターニャにとっても大きな損失だとは思わないか」
「相変わらず口の達者な猿じゃ」
そう言って、溜息を一つついた。
「そんな不機嫌な顔をするなよ、わざわざエルフ皇国までいって土産を買ってきたのに」
「そちにしては中々、気が利くではないか」
俺は綺麗な紙に包装された箱を手渡す。ターニャは嬉しそうな顔をして、その場で包装紙をビリビリと破り捨て、中身を確認した。
――――『銘菓エルフのたまご』――――
俺の頭に電撃が落とされた。(だいぶ強め)
「馬鹿者ッッ!! こんなものは何処でも売っておるわ!」
思った以上に『エルフの玉子』がメジャーなお菓子で安心した。
「わりい、これを渡すのも忘れていたわ」
そう言って、俺はポケットから小さな包み紙を彼女に手渡す。
その中身を確認したターニャの頬が少し赤くなる。青みがかった尻尾がぱたぱたと左右に揺れていた……。
「何をしておる! 早く妾の髪につけるのじゃ」
艶のある彼女の前髪に、赤い宝石がついたエルフ細工の髪留めをつけてあげた。
「美しい髪に映えて、凄く似合っているぞ」
「あ、当たり前なのじゃ」
俺は理不尽にも、頭から電撃を浴びた。(かなり弱め)
何はともあれ、俺の転移は無事に済んだので、次の転移に備える準備に入る。準備といっても、ターニャが転移魔法を唱えるだけなのだが……。
「済まないが、面倒を掛ける」
ターニャに頭を下げた。
「有無」
その一言で話は片付く。こういうところが彼女の魅力の一つだと思えた。
新しい転移の扉が開き、俺たちは馬車と共に緑の光に包まれる。光が消え、勝手知ったる森の入り口に戻ってきた。久しぶりの見慣れた風景に安堵する。
ようやく長い旅の終わりを迎える――
同行してきたエルフも、大木に妖しげな魔法陣を書き込んでいる。この魔法陣が平和利用されますようにと祈る。
「今度来るときは、講談の全国ツアーを用意しておくぞ」
ターニャは俺を見ながら意地悪そうに笑った。
「それは勘弁してくれ!」
彼女は俺を大木裏の転移門まで送り届け、そのままトンボ返りで国に帰って行った。馬車から荷を下ろすと意外に荷物が多かった。ソリにぎりぎりで積めるか思案していたら、一人のエルフが声を掛けてきた。
「おっちゃん様、私も人間国に用がありますので、ソリを一台引きます」
「それは助かるが、このままでは何かと目立つかと」
そう言うと、彼女はフードの付いた上着を羽織った。彼女の行き先はギルドだったので、先にギルドを案内してから帰宅することに決まった。
ギルドへ向かう道すがら、エルフとの会話は全くはずまなかった。
「人間国に来た用件とは何ですか?」
「任務なので、教えられない」
素っ気なく断わられた。
「お姉さんのお名前は?」
「任務なので、教えられない!」
「お姉さんの年はいくつ?」
「任務だから、教えられない!!」
「お姉さんの好きなタイプの男性は?」
「任務だから、教えられない!!!」
彼女の顔色が変わったのを見て、慌てて質問を止めた。
エルフ族はドワーフと仲が悪いとは聞いていたが、人に対してはそれ以下の扱いだと感じた。そう言えば、エルゾナ皇妃も最初に会ったとき、謝罪にしては、心がこもっていなかったのを思い出す。皇妃の立場だから定型文のような挨拶に終わったのではなく、人に対して感情が出しきれなかったのか……今更、振り返っても詮無きことだ。ただ、女エルフの名前ぐらいは知りたかった。
とりあえず、俺は彼女をギルドまで案内し、ようやく我が家に帰ることが出来た。
沢山の荷物を抱えていたので、呼び鈴を鳴らそうとしたが気が変わった。こっそり入って、ちやほやされたくなった。部屋には人の気配がする。そーっと玄関の扉を開き、荷物の重さでふらつきながらリビングへと近づいた。
部屋へはいるなり
「帰ってきたぞ!!」
大声を出してサプライズ登場!! レイラが呆然と俺を見てリビングに立ちつくす。
「おっちゃん!! テレサが大怪我を負った」
俺は抱えた荷物を落としそうになった――――
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