第81話 車窓の旅

 犯罪者と一緒にこんな快適な旅をして良いのだろうか――


 数日前の苦労が嘘だった様に思える。


 昔はエルフと交流があったのを証明するかのように、荷馬車が通れるぐらいの幅で、舗装された道が何処までも続いている。


 車窓から干し肉をかじりながら風景を堪能する。テトラも釘付けで、窓に顔をくっつけてこの旅を楽しんでいた。


 「おっちゃん、でっかい魔獣が見えた!」


 象とワニを足したような魔獣が数頭、群れをつくって走っている。


 「嬢ちゃん、ガバガなんて良く見つけられたな! 素人なら自然と溶け込んでるから分かりにくいんだが……」


 片目に大きな古傷が入った男がテトラを褒めた。


 「探査魔法が使えるからね」


 鼻をぷくっと膨らませ自慢する。 


「すげーでかいな! こっちにきたら馬車は全滅だぞ」


 しれっと、死亡フラグを立てて、同乗の男にギロリと一睨みされた。


「中鬼や小鬼の大きな群れはちょくちょく襲ってくるが、一番怖いのは同族だ。この荷を狙って待ち伏せされたらかなりヤバイぞ」


「盗賊の上前をはねるなんて、ドワーフの世界も世知辛いねぇ~」


「いやぁ、全くだぜ! ただ、俺たちの組織を狙う奴は早々居ないので、大船に乗ったつもりで安心してくれ」


 彼から頼もしい一言を頂きました。


 車窓の旅は快適だったが、昼食を挟んで出発した時点で景色に飽きてきた。魔獣も毎度見られる訳でもなく、延々と同じ景色が続いた。


 絶えず動く景色は次々と後方へ流れて、電車に乗っている子供が車窓を見てキャッキャッと騒いでいたが直ぐにあきるの如く……。


 馬車はいつの間にか揺りかごに変わり、俺たちは気持ちよさそうに船を漕いでいた。


 同乗者の男に揺り起こされたときには、もう日が完全に傾いていた。彼らは野営の準備をテキパキとこなして、俺たちは何もすることもなく辺りを散策するしかなかった。


「この辺に、小動物が居ないか探知してくれ」


「了解……右の茂みに何か隠れているわね!」


 俺は茂みの裏に回り、獲物を追い出す。テトラはそれをいとも簡単に魔法で仕留めた。


 彼女の探査魔法のお陰で運良く、小動物を数匹狩り面目躍如となった。


  俺たちは荷物といっても冒険者なので、夜の見張りはこなすことになっている。テトラと俺は真っ暗な森を見ながら空を見上げる。木々の隙間から沢山の星が降り注ぐように見えた。


「星がこんなにあるなんて気が付きもしなかった」


「同感だ……何だかんだで余裕のある旅ではなかったな」


「ううん……普通に生きてきて夜空をじっくり見るなんてしなかった」


二人は静かに星を見続けた……。


 俺が方角を確認するのに、星空を見ていたことは内緒のはなし――


 二日目、昨日とは打って変わって悪路になった。馬車は上下に揺れ、テトラは真っ青な顔になっていた。


「ウップ……もう駄目……限界」


 馬車を止め、彼女はよろよろしながら藪に向かい隠れて嘔吐した。


「もう三回目だぞ!」


 同乗していた男は、怒気をはらんだ声で俺に怒りをぶつけた。


「かなり前方ですが、茂みに沢山の気配がします」


 彼女は弱々しい小さな声を絞り出した。


 俺は大慌てで危険を知らせる。


「早くリーダーに伝えろ! 魔物か何かがこの馬車を狙っている可能性が大きい」


「何故そんなことが判る!?」


 俺の言葉を全く信じていないことがありありと見える。


「テトラは探査魔法が使える」


 それを聞いた男は、コージーの乗った馬車に連絡を繋ぐため走っていった。


「何事だ! ジジラス」


「向こうの大岩の辺りに、何かが待ち伏せしていると此奴らが言うもんで……」


 ――――コージーは俺たちの元に駆けつけてきた。


「その話しを信じて良いのか!?」


「何かが待ち構えているのは確かだ、このまま突っ込むのはリスクが高すぎる。今は休憩の振りをして対策を考えるのが先決だ」


「すまないが、もう少し情報が欲しいので、探査魔法で絞れるか?」


「うんやってみる・・・・・・・・・・数は十七、八かしら、魔物や野獣というより中鬼か人の集団……」


 それを聞いたコージーは息を飲んだ。


「たぶん盗賊だろう……こちらは荷物の二人を加えて十人か……どうしたものか」


「回り道で、回避は出来ないのか?」


「此処は一本道だ……だからこそ網が張りやすい」


 道の両端は木々が生い茂り、馬車を迂回させるには無理があった。


「荷を捨てるという選択はないか、荷より命が優先だ」 


「それは無理だな。ここで俺たちを狙うと言うことは、魔物や野獣のせいにして全員殺すつもりだ」


 俺はそれを聞いて暫く考えた。


「俺たちに命を預けるなら、案がある」


 コージー達は一斉に注目した。


「全員、馬車から降りて戦う」


 当たり前の作戦を聞いて、皆は一様に目を見張った。


「いや、俺たちはこの位置から迂回し、奴らが網を張っている所を後ろから攻撃する」


「ははっ! 机上の空論過ぎて笑えん」


 白けた空気が広がる。


「こちらは居場所が探知出来る秘密兵器があるじゃないか」


 男たちの行動は早かった。馬から荷台を切り離し、木に馬をくくりつける。


「ボウガンは全員に行き渡る数は十分にある。三人は普通の弓も使える」


 コージーは自信に満ちた声で、戦力の話しをする。


( 俄然、勝機が出てきたな……)


「テトラはかなり強い攻撃魔法が使えるので、上手く当たれば一度に数人はやれるはずだ。俺は彼女の盾になるから、攻撃の人数には加えないでくれ。弓矢で急襲して奴らを殲滅する」


「命の掛かった戦いに巻き込まれたが、行けそうか?」


「さっきポーションを飲んだから大分ましになった……魔法が打てないほど弱ってないわ」


「それを聞いて安心した」


 彼女の頭をなでると、子供扱いしないでと上目使いで怒られてしまう。


 密輸をしている組織だけあって、積んでいた武器はかなり余裕がある。

 

 両手でボーガンを抱えながら、後ろの背中にボウガンをもう一つ担いでいる。しかも、連射機能があると移動しながら自慢された。


 俺たちは藪漕ぎをしながら、ゆっくりと前に進む。暫くの間、藪など見たくもなかったが……。

   

 これから起こる戦闘に大きなため息をひとつつく。


「馬車に近づく反応はあるか?」


「今のところはゼロよ」


「俺たちは攻撃に極振りしたので、斥候が来たら作戦を早めるしかない。此処まで来たら斥候の探知、網を張っている人の動きを優先してくれ」


「了解したわ」


 彼らが網を張る場所に近づくと、敵の全貌が見えた。ドワーフの集団が武器を持ちながら地面に腰掛け談笑している、  


 盗賊だ――


「なんとか、やれそうだ……」


 静かに呟いた。


 ヒュンという弓の音が耳に響く。少しだけ、時間をずらしたテトラの魔法が盗賊の集団にぶつかる。彼らは一瞬何が起こったのか理解出来ずに狼狽えた。しかし、すぐに武器を持ち立ち上がり、弓が放たれた方向に身体を向けた。


 その身体に容赦ない二度目の攻撃が降り注ぐ。


 ボウガンを撃ち尽くしたドワーフは、腰に刺している剣に持ち替えた。二十人いた略奪者はもう半分以下になっている。


 まだ、こちらと相手の距離はかなり空いている。三回目のテトラの魔法と弓矢で体制は完全に逆転した。


 生き残った数人のドワーフはコージー達に囲まれ斬り殺されるか、武器を捨て降参した。俺は乱戦にならなかったことに心から安堵した。


 盗賊団を撃退し浮かれていたので


「馬車が空なのを忘れたか!!」


 俺はドスの利いた声で叱咤した。


  なごやかだった場の空気が、その一言で冷たくなった。コージーは部下に直ぐさま指示を出した。


 動かなくなった盗賊を道の端に転がし、その場に残った全員で弓矢を集める。暫くすると馬車が現れ、安堵の空気が広がった。


 そうして何事もなかったように馬車は出発する――


「な、なんだこの乗り心地の良さは」


「嘘みたいに、揺れが少ないです!!!!」


 俺たちの荷の価値が変わり、ランクアップした馬車に乗せられていた。隣にはリーダーのコージーが座っている。


「初めからここに乗せろよ!」


「助けて貰った礼だと思ってくれ」


 わざとらしく済まなさそうな顔を作る。


「違うだろ……テトラの探知魔法を優先してこの馬車に乗せた」


「察しの良い奴は嫌いだぜ」


 コージーは俺に暗い陰を覗かせる。


 翌日も馬車は順調に悪路を進む。時折、中鬼の集団が荷馬車を狙って襲いかかってくるが、事前に察知されているので相手にもならなかった。大型獣や大鬼の反応もなく、十分な距離を稼ぐことが出来た。


 四日目、最後の拠点を後に馬車に乗車した。人間(エルフ)は悲鳴を上げる。


「もう馬車には乗りたくない!」


 振動でおしりをやられたらしい……。


「これほど安全に来られたのは、お前ら二人のお陰だ、礼を言うぜ」


 俺は満面に笑みを浮かべて言う。


「なら、運賃は全額返金だな」


「何言ってんだ、お前らの力量込みでこの値段だぞ」


 ニヤリと笑い返してきた。


「機会があればまたお願いする、ただしテトラは居ないからな!」


「それじゃあ、残念ながら乗車賃は倍だぜ」


 俺たちは上を向きながら爆笑した。


 遠目に、ぼんやりとした都市が見えてきた。やがてその建物の輪郭がはっきりしてくる。


 エルフ皇国まであと間近の所に迫り馬車が停止した。


「エルフ皇国の手前だがここでお別れだ、俺たちは中に入れないからな」


 俺たちはコージーたちに礼を言い、荷物と一緒に馬車から降りた。


 ―――――エルフ皇国に続く街道をゆっくりと歩く。


「いい人たちで良かったね」


「違うぞ……俺たちは一歩間違えば殺されていたさ」


「え、え~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」


 彼女は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。


「テトラの種族はなんだ?」


「エルフだけど……」


「彼らはエルフ皇国の隙を見て密輸で儲けている。もしエルフに密告される可能性があったとしたら、どうなるかは火を見るよりも明らかだ 。ノエルの力、俺の名声そして最後はテトラの屈託のない笑顔と強さで、彼らは俺たちを天秤に掛けたのさ」


 彼女は目をぱちくりさせながら『ふへー』と息を吐いた。


「城門が見えてきたぞ」


 その言葉に、テトラは喜びが弾け、一直線に勝手知ったる道を走り出す……。


 俺たち二人の旅は終わりに近づく――

 

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