第51話 初めてのお使い
人間は何処に行っても欲深い生き物である。先日、レイラの紹介で一時的にパーティに加入して、日当、金貨一枚の依頼料を貰っていた。そのせいで薬草を狩り続け、ギルドの窓口で銀貨三枚手渡されても何の喜びも感じない。こちらに飛ばされた当初、重い荷物を担いで銀貨一枚に満たない日銭を稼いでいた頃に比べれば、天国のような生活を送っているにも拘らずだ……。腰に付けている巾着袋の中に、銀貨三枚を放り込み今日の仕事を終えた。
「ようやく会えたの」
聞き慣れた声が近くから聞こえた。俺は声の方に顔を向けると小さな親父が立っていた。
「ノエルじゃないか! 久しぶりだな」
「ホホホホ、お前さんも元気で何よりじゃ」
ノエルが嬉しそうに顔を緩めた。 もう二度と会えないとまでは思っていなかったが、ギルドでノエルとこうして会えるなど考えもしなかった。
「どうしてここに来たんだ?」
「ブラウン伯に頼まれたものを持って来たぞ」
鞄から細長い木箱を取りだし俺に手渡した。俺はその箱のふたを開けた。
「包丁じゃないか!」
「ああ、そうじゃよ。お前さんが女王にお強請りしたものじゃよ」
俺は少し顔を赤くし苦笑した。包丁を手に取り眺めた。刃先から刃元まで見事に研がれた刀身は素人目でも業物だと分かった。柄を握ると手に吸い付くようにしっくりとくる。
「素晴らしい贈り物をありがとう」
「ブラウン伯にはそう伝えておく……で、用件はこれで終わりじゃ」
彼の目が何故かキラキラ輝いた――
「じゃあ、ここでお別れだな!」
俺はニヤニヤしながら別れを惜しむ。
「そうじゃな……ほら、何というか……もう儂はここに来ることが出来ないとは思わないか?」
「そうだな、名残惜しいが仕方がない」
「このまま手ぶらというのは如何と……」
俺はノエルの言葉を途中で遮り
「酒屋に行くとするか!」
「からかっておったんじゃな!」
ノエルは顔を真っ赤にして怒った振りをした。
酒屋で嬉しそうに酒を選びながら、俺の顔をチラチラ見る。まるで子供がお菓子を一つ増やして良いか伺っている様である。俺は腰の袋をばんばん叩くと至福の笑みを浮かべた。棚から次々に酒瓶が消えていく……俺はこの後、宅飲みにするか店で飲むか大いに悩んだ。
大量に買った酒瓶をソリに乗せながら町を歩く。とっぷりと日は暮れており、辺りは暗闇に包まれていた。店先にランプが灯され、火がゆらゆら揺れている。その光に引き寄せられる蛾のように俺たちも一軒の店に入った。
店内は煙で満ち溢れ、ジュージューと肉の焼ける音が聞こえる。テーブルの間をすり抜けながら、忙しなく店員が料理を運んでいる。
「ほほー、人の料理も美味しいもんじゃな」
ノエルは串に刺さった肉を頬張り舌鼓を打つ。内装は煤で真っ黒になって汚れてはいるが、料理の上手い店を選んだ甲斐があった。やはり、もう会えないかと思うと、楽しく別れたかったので飲み屋を選んだ。
「戦争はどうなったんだ?」
「蜥蜴たちは賠償金で一杯一杯になりよったわい。しかも、無駄な戦いをしたとか国民に叩かれ内戦になるという噂じゃ。儂らの国にちょっかいを掛けることは当分無いぞ」
「それは上々なことだ」
「勝つにしろ負けるにしろ、戦なんて碌なことがないわ……」
「ああ、その通りだ。ただ、その戦のおかげでこうやって楽しく飲んでんだけどな」
「フハハハ、違いないの」
酒を交わしながら馬鹿話を夜更けまで楽しんだ。店を出ると財布の袋は小さく萎んでいた……。
翌日、彼と一緒に家を出ようとした。
「案内せずともいい、ここでお別れじゃ」
「そうか……達者でな」
「楽しかったぞ……」
俺は彼の背中が小さくなるまで見送ると、自然と目から涙が出てきた――友人と別れて泣いたのは初めての経験だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます