第50話 簡単なお仕事で大金が貰えます【後編】
馬車は街道を北に向かってゆっくりと進む 。荷台の馬車を護衛の馬車が囲む形に陣形が連なっている。俺たちが乗っている馬車は最後尾で、この陣形を見ながらこの商隊を襲う馬鹿がいるのかと訝しむ。馬車に乗るのもかなり慣れたもので、大きな毛布を尻と腰に当て振動を抑えていた。ずいぶん昔に友人の軽自動車があまりにも揺れるものだから、こんな車は買うまいと心に誓った事がある。東京住まいになってから、車さえ持てない自分の未来は想像しなかった。それどころか、薙刀を片手に馬車に乗る現実が待っているなんて微塵も考えつかなかった。
車窓から眺める景色は、緑の草原が永遠と続いており、パオバブの様な巨木が所々生えていた。インスタ映えする景色にいいねを付けまくってやった。二日目も盗賊はおろか野獣にも出会わず順調な旅路といいたかったが、商隊が度々休憩をするものだから確実に一日遅れでフリージアに入国する事が決まった。野営の準備を終え、リーダーのドリトンがメンバーを集め明日の打ち合わせをした。
かがり火の前で見張りとして立っていると、一人の男が酒を持って現れた。
「お疲れさん、これでも飲んでくれ」
俺に酒瓶を投げてきた。
「気を遣わせて悪いな……静岡音茶だ」
「ドクワナと呼んでくれ」
俺たちは軽い挨拶を交わした。
「あのパーティではあまりみた顔ではないのだが?」
「ああ、俺らは所帯が大きいので、ドリトンと違うパーティで仕事をこなしてるからな」
かがり火の加減かドクワナの顔色が一瞬変わった気がした。
「そういや、この運んでいる荷物は商品じゃないという噂を聞いたんだが?」
「初めて聞いた話だな……だからといって何が変わる訳でもない。知らないほうが長生きも出来るってものさ」
「ちげーねぇ」
そういって彼は肩をすくめた……。その後も、簡単な情報交換をして彼はかがり火から離れていった。暫くするとまた一人の女が近づいてきた。
「まだ交代の時間には早いはずだが」
たくましい筋肉で引き締まった体格を揺らしながら、鋭い猛禽類のような目をして俺に話しかけてきた。
「レイラとはどんな関係なんだ?」
少し考えてから――
「雛鳥に毎日エサを運ぶ親鳥だ」
「聞いてた通りだな」
彼女はクククと笑った。
「面白い剣を使っているな」
「小鬼をびびらすには丁度良い大きさだろ」
彼女はまた笑った。俺は手に持った酒を彼女に手渡した。
「仕事中は飲まないたちなんだ」
「有り難く頂戴するよ」
彼女はその酒をグビリと飲んで帰って行った。すると息を切らしたレイラが走ってきた。
「カチュアに何かされなかったか!」
「酒をせびられただけさ」
彼女の腹がグーと鳴り、慌てて腹を押さえている。俺は雛鳥に焼き菓子を与えた――
タリアの町を出発してから三日目――商隊に緊張感が走った。こちらの斥候が妖しい集団を目撃したらしい。馬車のスピードを抑え、俺達は馬車から降り歩きながら臨戦態勢を整えた。大きく曲がった街道を馬車が通り抜けようとしたとき、二十名ほどの盗賊が一斉に襲いかかってきた。
騎馬に乗った盗賊たちが土煙を上げて近づいてくる。俺は初めての集団戦闘に息を飲んだ。しかし、ドリトン達に予想された攻撃は簡単にはじき返される。弓矢と法力で盗賊団が商隊に近づく事が出来なかった。勢い空しくドリトンのパーティが見事な腕で、次々と盗賊を狩っていく。時間がたつにつれ商隊に安心感が流れる――
荷物を積んだ馬車から何故か悲鳴が上がった。俺は後ろからドクワナを斬りつけていた。荷台から小さな女の子が真っ青な顔をして俺を見続けている。
「何故気がついた……」
掠れた声で呻きながら、ドクワナが地面に崩れ落ちた。そして、腕から血を流した女性がドクワナを見下ろしていた。俺は鞄からポーションを取りだし彼女に飲ませた。
悲鳴を聞きつけ他の商隊メンバーも馬車から降りてきた。
「姫様ーーっ」
女の子の周りに商人達が駆け寄る。
俺は姫と呼ばれた少女を襲った暴漢を片づけた事だけ理解できた。
後から分かったことだが、簡単に説明するとこの商隊は姫を運ぶのが目的だった。ダミーの荷台ごとに商人に扮した付き人が姫を守っている振りをしていた。本命の荷台に付き人がたった一人だったのは、策を見破られないがために極力人を減らした結果だと……完全に素人の浅知恵だった。ドリトンに姫の話をしていればもっと安全に事が運ぶ方法が幾らでもあっただろう。
俺達は姫と呼ばれた少女の存在は知ってしまったが、それ以上のことは何も聞かずに、フリージアまで馬車を走らせた。レイラたちは怒り心頭だったが、取り敢えず無事にこの商隊を運ぶことに専念した。
「あの間者をやってくれて助かりました。」
フリージアの酒場でドリトンは頭を下げた。
「このまま依頼は続くのか?」
「帰りの荷がないので、この依頼はここで終わりです。ただ、帰りの日数分の依頼料はちゃんと頂きました。馬車は予約しましたので、それに乗って明日帰りましょう」
さわやかな笑顔で仕事をこなすイケメン。
「だが、契約違反じゃないか」
「そうなりますね……パーティに何の被害もなかったので、ただの警護依頼で良いんじゃないですか」
「リーダーがそう決めたなら問題ない。ただし、俺の依頼料は上げて貰おうかな」
「僕たちの仲間になったらそうしましょう」
ドリトンと俺は酒を交わしながら笑った。
「酒の場で仕事の話なんてつまらんな」
カチュアが俺の首に腕を回してくる。
久しぶりに大人の色香を感じた。
「おっちゃんさぁー、何、目を細めてんだよ!」
レイラが俺の腕に手を回しながら愚痴り出す。カチュアはそれを見て更に俺に密着してきた。俺は酒を飲みながら悦に浸る。
「どうしてドクワナが間者だと分かったんだ?」
「酒を持って近づいてきたからかな……俺ならまず一番最初は、姉さんに酒を渡すさ」
カチュアは満更ではない顔をして頷き、テーブルが笑いに包まれた。
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