第38話 魚釣り

 鬱蒼とした森をかき分け、三人の冒険者と一人の騎士は清流を目指す。獣や鳥の鳴き声はなく、ただ四人の足音だけが森に響く。自分たちより背丈の高い草を打ち払いながらゆっくりと前に進む。しばらくすると微かに川のせせらぎの音が聞こえる。俺たちは、ゴールに近づいたことを実感して足が早くなる。


 エメラルド色をした美しい清流が目の前に広がる――


「さあ始めようか」


 俺は手に持った釣り竿に針と糸を結びつけ清流に糸を垂らす。小さな丸い玉ウキが流れに乗ってクルクル回る。ウキが水面に沈みこむ。竿が弧を描きながらその持った手に魚の重みが伝わる。水から上がってきた30センチほどの山魚をつかみ取る。


「おっちゃん上手いじゃね―か」


 レイラが声を上げる。彼女たちも俺に続けとばかりに竿を出す。また一匹魚を仕留める。俺はこれみよがしに魚を見せつけた。悔しそうな彼女たちの顔が心地よい。三匹、四匹魚は入れ食いする。しかし、女性陣の竿はぴくりともしない。 突然、レイラは大きな石を持ち上げ俺に向かつて近づいてくる。『ガチン』俺の前の大岩が火花を飛び散らせる。水面から腹を見せた大きな魚が数匹浮かび上がる。レイラはニシシと笑いながらジャブジャブと川の中に入り魚をつかみ取る。俺はいじめられっ子のように


「魚が逃げちゃうからやめろよ」


 悲痛な声で叫ぶ。レイラはニヤニヤしながらまた別の石をぶつける。先ほどより大きな魚が腹を見せて浮かんできた。俺は仕方なく場所を変える。俺の横にルリがついてきた。彼女は竿先を水につけ何か唱える。水から魚が飛び出し、身体を斜めにしながら弱々しく泳ぎやがて腹を見せる。こいつ法力を水中で発動しやがった! 俺は泣く泣く場所を移動する。そこにはテレサが剣で魚を突き刺していた……。


「もー台無しだよ! 魚釣りは自然と情緒込みで楽しむんだよ。ガチンコ漁に電流、モリで魚を捕るなんて邪道だ!」


「「「魚を捕れればいいじゃないの」」」


 女たちは釣りの楽しさを何とも思っていなかった。俺は三人を連れてきた事をひどく後悔した。


「沢山魚もさあ帰るか」


 まだ一時間もしてないんですけど……。大量の魚を載せたソリを引きながら、やるせない孤独を感じた。釣りを漁としか思っていなかった、俺と彼女たちの認識の違いに涙し森を抜けた。


 *     *     *


 テーブルの上には魚料理のフルコースが並ぶ。焼き魚、フィッシュフライ、煮魚等々、自分で調理した料理なのにテンションが上がる。日本では魚離れなんて話を聞いたが、異世界にきて新鮮な魚を食べられる機会は少ない。


 肉料理がメインのこの世界で彼女たちの反応を心配したが杞憂に終わる。どの料理も美味しそうに食べてくれた。彼女たちが釣りから戻って爆睡している間に、大量の魚を三枚に下ろした苦労が実る。実は今回釣りに行った理由の一つにこれがあった。


 大きな皿に薄く並べられた生の切り身。そう、刺身を食べたいが為に山に入った。切り身の中に寄生虫がいると怖いので、冷蔵庫で一端凍らせてルイベにした。そしてもしもの時にポーションも準備している。まだうっすらと凍ったピンクの切り身を自家製の箸で摘む。たまり醤油の入った小皿に刺身をつけ一口食べる。


「ん~美味い……」


 ぴきぴきとした食感と魚からあふれ出す油が舌に蕩ける。久しぶりに味わう刺身に舌鼓をうつ。それを見ていた彼女たちは、俺を汚物でも見るような目を向けた。


「美味いから食ってみろよ」


 そういってレイラの前に刺身を近づける、


「生魚なんか食えるか!」


 まあ、この答えが返ってくるのはわかりきってはいたが――


 酒と刺身の一人宴に心地よく酔っぱらう。彼女たちもある程度腹を満たしたらしく談笑している。


「「「ジャンケンポーイ」」」


「くー、負けてしまった……」


 テレサがお俺の前に置いてある皿から、フォークで刺身を突き刺し恐る恐る口に入れる。レイラとルリがそのリアクションをみて爆笑している。固まるテレサ――


「ん……美味しいぞ!?」


「役者だよな!」


 レイラは膝を叩く。


「いや、この生魚は本当に美味いぞ」


 そういって皿の上の刺身をヒョイと刺して、もう一度口に入れた。それを見たレイラも刺身に手を出し、目をつむりながら口に入れる。


「う、美味い!」


 そういうと、更に綺麗に盛った薄造りの身を、相撲取りがフグ刺しを一遍に食べるがごとく口に入れる。おい、止めろ刺身はゆっくり味わって酒と楽しむんだよ!

 俺は心の中で叫ぶ。ルリも加わり皿に盛られた刺身は露と消えた。


「こんな美味いもの、おっちゃんが独り占めしてたなんて!」


 理不尽に俺を責める。俺は十年前までは『ジャップ生魚食べる野蛮人』と揶揄していた、西洋人たちを思い出した。レイラは何か気付いたのか、台所に走っていきあるものを持って来た。


「や、やめろ!それは俺が明日の楽しみに取ってある刺身だ」


「また穫りに行けばいいだろ」


 釣りなんて早々行く余裕があるかと言うのを我慢して、彼女たちの胃袋に消えていく刺身を見ながらまた頬を濡らした。


 子供というのは大人が隠したお菓子を簡単にみつけてくるんだよな……それにしても寝ていた彼女がなぜルイベをみつけたかは謎である。

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