第37話 女騎士と刀剣

 黙々と刀を振りながら昨日のドタバタ劇を思い出す。エルフのイメージを完全にぶち壊され、何とも言えないモヤモヤだけが心に残る。日本に帰ったら、エルフの晩御飯というラノベを描けばヒットするのではと妄想した。


「剣の振り方も意外と様になっていますよ」


 テレサが声をかけてきた。


「まあ、剣が良いからな」


 素振りを止め一息つく。彼女が右手を差し出したので刀を手渡す。ひゅんひゅんと、自分では到底出せない風切り音が刀から流れる。見事な剣舞に見とれていると彼女の顔色が急に変わった。


「この刀剣をどこで手に入れたのですか?」


「ドワーフ国で少しばかり仕事をこなし、代金代わりに貰ったのよ」


「信じられませんが、おっちゃんが言うから間違いないんでしょうね」


テレサは首を軽く左右に振りながら小さく笑った。


「まあな、売っ払うにはちと荷が重そうな刀だけどな。二番刀として腰に付けるには大きすぎるから、部屋にでも飾っておくか」


「名刀は刀の使い手を選ぶという話を知っていますか?」


 話題が急に変わる……。


「そんな話なんて聞いた事もね―な」


 そういって俺は首を横に振る。


「この刀剣は、私という剣士に会いたいが為におっちゃんを通じてここに来た。そんないたいけな刀が、部屋の埃になるのを望んでいるとは思えんのだ」


「まあそれが事実だとしよう。ただ、その腰に付けている刀は、テレサ家に代々受け継がれた名刀と聞いたような……」


「そ、それは食事の上の戯れ言! こんな駄剣なんてポイだポイ」


 腰に付けていた刀を地面に投げ捨てる。俺はドン引きです……。


「この刀剣を貰うのではないぞ……借り受けたいのだ。この剣を受け取るという事は、私を含めておっちゃんの刀ということだ」


「騎士は誰かに剣を捧げているんじゃないのか?」


「ほら、その剣は下に転がってるので大丈夫」


 屁理屈もこれほど堂々と言われるとすがすがしい。


「よく分かった。じゃあ


 彼女は目をぱちくりさせながら


「何を言ってるかさっぱり分からん。みろ! この刀を握った手が離す事が出来なくなった。相思相愛、そう、私とこのホワイトシグナスは切っても切れぬ関係よ」


 なにか上手くまとめた様に聞こえるし、剣に名前まで付けちゃってるよこの子。テレサのポンコツ振りにどう対応して良いのか全く分からない。


「これからは、ホワイトシグナスに守って貰うとしますか」


 そういってため息を吐いた。テレサは歓喜の踊りをしながら部屋に戻っていく。地面にはうち捨てられて寂しそうな駄剣が転がっていた……。


            *      *     *


 ここはタリアの高級住宅の一角、ブルボン王の第二王女が居を構える屋敷前で白薔薇騎士団が早朝の訓練をしていた。


「副隊長、この剣ヤバ過ぎじゃないですか!」


 テレサはホワイトシグナスを振りながら


「そうかな? 縁があって私の元に嫁いできたのだ」


 隊員たちがテレサを囲み剣の美しさに見とれる。一人の隊員が彼女に向けて一枚のコインを投げた。刀身からヒュンという風切り音と、キンという金属音が同時に流れた。地面に真っ二つに切れたコインが転がる。


「凄い切れ味です」


 白薔薇騎士団から拍手と歓声が上がる。そのとき


「お前たち、練習をサボって何をしてるんだ!」


 亜麻色髪の毛で、肩までの長さがある、白色の軍服に身を包んだ女性が近づいて来た。


「隊長お早うございます」


 隊員たちが次々と彼女に敬礼する。


「早朝だからといって、気を抜きすぎてるんじゃないか」


 言葉とは裏腹に笑って叱咤する。


「副隊長の新しい剣を見てくださいよ~」


「なんだ、テレサが新しい剣でも買ったのか」


 彼女に近寄り剣を受け取る。


「ほほーこれは見事な刀剣だな」


 剣を数回振りその感触を確かめる。突然、彼女の前に硬貨が投げ入れられた。キンと金属音だけが流れ、剣に飛ばされたコインが地面でクルクル回転する。しばらくしてコインが止まると、一枚だったはずのコインが二枚になった。隊員の一人がそれを拾い上げて声を上げた。


「このコイン、真ん中で二つに割れてます!」


 両手でコインをもち、コインの裏表がつるつるになっている事を皆に見せた。白薔薇騎士団から悲鳴とも取れる歓声が上がる。


「そろそろ剣を返してください」


 テレサは空になった右手を隊長に差し出した。


「名剣は使い手を選ぶだろ! この剣はなんて言うかな……ほら『たいちょうにつかってほしいです』そう囁くのが聞こえるな」


「聞こえるはずありません!」


 真っ赤になって怒る


「そ、そうだ――お前は、この剣を扱うにはまだ早すぎる、だからしばらくの間私が預かってやる」


「何、馬鹿な事を言っているんですか、隊長は国王から頂いた宝剣があるじゃないですか」


 腰にぶら下げた剣を取り出し


「この剣ね、テレサが使うと良い。ああ、それは名案、この剣をあなたにあげるから、このブラックファルコンは私のもの」


「隊長! 勝手に名前を付けないでください!」


「ほら、この駄剣を受け取って!」


 妖刀というのはこういう些細な事から生まれるのかもしれない――――


 今日もタリアの町は平和な一日を迎える……

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