第7話 ガチャは回し続ければ当たります

 不幸というのは続くことがある。薬草を狩っているとき、大きな唸り声を上げた魔獣にかち合う。体長はおよそ三メートル、コバルトブルーの美しい毛並みを持つ魔獣ブルーウルフ。普段は人間には決して近づかず、こちらが狩ろうとしても一瞬で消えてしまう幻の魔獣。ブルーウルフを見れば良いことがあると、冒険者の間では吉兆の証とされていた。もちろんそれを狩ればとてつもない値段になるのだが、その様な冒険者を見たことは一度もない。俺も数年前に青い動物が、木と木の間をすり抜け走り去った姿を一瞬だけ見て、初めてブルーウルフという存在を知ったぐらいだ。


 冒険者仲間に狩ることが出来たと悔しがると、おっちゃんなんて首を噛まれて即死だと笑われた。その魔獣が、俺の前で牙を向け俺を睨み付ける。勝ち目は無さそうなので、視線を外さないようにしながら薙刀を握り直す。この不幸な出会いを避けようと、ゆっくりその場から離れようとしたが、魔獣はさらに俺との距離を縮めてくる。


 ガサッ! 草を踏む音がしたかと思うと、魔獣が薙刀の間合いを一瞬で詰めてくる。主導権を取られた俺は左腕で牙を受け流す。腕の部分は皮を厚く補強しており、噛みつぶされることはない。以前、オオカミに襲われたときの経験が生きた。しかし、その皮はナイフで切られたかのようにざくりと破けている。ドクンと心臓がうなる。


 魔獣が飛ぶ――それに合わせて薙刀を前に突きだしカウンターで合わせる。ギヒッという嫌な音がしてブルーウルフの顔が潰れた。足が地面に取られて次の攻撃が一瞬遅れた。やられた! そう思った瞬間、魔獣の大きな身体が横に大きく倒れる。青い体躯がビクビクと痙攣し、やがて動かなくなる。


 殺されているはずだった……しかしツキが俺を救った。普通ならあのカウンターがブルーウルフに通じるはずがなかった。けれども、そこに倒れていたのは俺ではなく青い魔獣。


 ブルーウルフをソリに乗せるために持ち上げる。見た目より軽い……腹を見るとあばらが見えた。冷静になって考えると、こんな場所にまでこの青い魔獣がやってくることはない。弱っていたのだ。よく見るとしっぽの先が白くなっていたので年を重ねた個体なのだろう。ただ不思議なのはあの動きが出来るなら、わざわざ人間を襲わなくても他の動物ぐらい狩れたはずだ。ブルーウルフの因縁に人が関わっていたのか……その因縁に俺が巻き込まれた。獣は何故、死を前にして強硬に走ったのか?。魔獣の考えなど分かるはずもない、俺は今日の幸運を喜ぶだけで良いと納得してソリを引いた。


 ギルドの前は人だかりになっている。いつもはそのモブに過ぎない俺が、メインという主役を演じている。モブの一人、飲み仲間のオットウが声をかけてきた。


「どこでそんなものを拾ってきたんだ」


 俺はおどけて


「薬草と間違って拾ってきちまった」


 そういって皆の前でうそぶく。だがボロボロになった姿を見て、それを信じる冒険者など皆無だろう。いつか大金をつかもうと、夢見て命をチップに冒険者になる。大金をつかめず死んでいくもの去っていくもの、大金をつかんで死んでいくもの。俺はようやく後者に近づいた。


 受付のマリーサさんから意気揚々と獲物を換金してもらう。しかし、物が物だけに換金金額が決められないと言われる。金貨三百枚はギルドが保証するということで商談は片付く。


 ギルドに預けてある数枚の金貨をおろしてモブたちにこう告げる


「野郎ども今日は俺のおごりだ! たっぷり飲んでくれ」


 ギルド内は大歓声に包まれる。


 安酒場は大いに盛り上がっている。最初は俺を気持ちよくヨイショしてくれていたが、二杯目からは好き勝手に飲み出した。貸し切りなのでかなり羽目を外した飲み会になっているが、飛ぶように出る注文に、文句を言う野暮な店主ではない。ただ、安酒場とはいえメニューにある高級酒だけは出さないように頼んでおいた。


「ブルーウルフを狩ってきたおっちゃんみぃ~つけた」


  後ろから突然、酒臭い息を近づけ抱きついてくる酔っぱらい。大きな胸が俺の背中に当たる。その酔っぱらいはレイラというかなり上級の冒険者。赤髪のショートヘアーで、水を完全にはじく若々しい褐色の肌をしており引き締まった肉体。人間離れというには失礼だが、肉食獣を思わせる美貌を持つ。


 ゴチになりますといってジョッキで乾杯をする。もう何杯酒を飲み干したか分からない楽しい宴は深夜まで続く。

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