プロトタイプ・ブルース

アイオイ アクト

1,電灯のヒモとボクシングをしても解消されない感情。

 いだいてしまうと、これほど厄介で御しがたい感情はないと思えた。

まさか、夢にまで見てしまうとは。


 彼は私が昔書いた考えた小説の勇者様のような鎧を身にまとい、私の両頰に手を添えていた。

 どうしてこんな夢を見るのか分からない。確かにずっと前から知り合いではあるけれど、顔見知り程度で、言葉を交わしたことすらなかった。


 でも、好きになってしまう理由はそろっていた。

 私が夢想していた勇者様に似ていた。

 かわいい顔で、ふわっとした髪に優しい目つきは全体的に子犬っぽくて。私と同じくらい華奢な体つき。なんとなく守ってあげたくなるような、一般的な勇者様というタイプでは全くない、いわゆる『ひょんなことから』選ばれてしまった勇者様に、何から何までそっくりだったのだ。


 ああもう。本当に厄介だ。

 もし彼が近くにいたらと想像するだけで、頭の中にピリピリとした電流が走る。勉強になんて絶対に集中できないから、提出期限が明日の課題は中途半端なまま。

 気分転換のためにストレッチをしてみても、蛍光灯のヒモをスパーリングパートナーにボクシングをしてみても、無駄だった。


 顔、怖っ。

 部屋の姿見に汗まみれの幽鬼のような自分が映し出されていた。

 恋をするとかわいくなるなんて、誰が吹いたうそなんだ。毎日眠れなくて目の下は落ちくぼんで、脳内が整理できずに何度も頭をかくからか、髪はボッサボサ、肌荒れもひどいし、額はどんどん月面化していく。いくら食っても極薄ボディを改善できない私が食欲まで奪われてしまっている。そろそろ生命活動自体が脅かされるかもしれない。でも、これで良いのかもしれない。先日、彼と初めて会話したときの言葉を思い出す。


『お弁当箱、大きいね』


 あぁ、死にたい。小さくしようかな。

 いやいや、いかん。もし彼とどうこうなって彼の部屋でアレがアレしてそういうことになったら出汁を取るくらいにしか使えなさそうなこの体を見られてしまう。たんぱく質と糖質は人一倍摂らなくては。明日の弁当箱のサイズも変えたら駄目だ。

 ああ、また頭の中がめちゃくちゃだ。居残り食らうだろうけれど、課題は諦めよう。


 うわ、どうしていつもベッドに倒れ込んだ所で思い出すのだろう。ベッド様、今日もシーツを替えられなくてごめんなさい。何日も洗わずに着ている部屋着からもひどい汗と生乾きのにおいがする。でも、もう着替える気力もない。

 きっと今日も彼の夢を見る。夢の中にこの臭いが持ち込まれないといいんだけど。

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