第16話 25時炎が灯る
この世界でも眠気はある。だが眠いなどと言ってはいられない。
ワイバーン襲撃の明朝までに私が準備することが多かった。
少しでもファイターとスカウトのレベルを上げるということで、エスカとティンカーから明朝まで特訓を受けることになったのだ。
まず、大神官とレイチェルの準備の邪魔をしてはいけないから、あらかじめ二時間後に転職しにくると告げてファイターに転職。
ファイターで身の守りをあげるための体当たりの修行。
これ、力士のぶつかりげいこみたいなんだけど……。
身の守りをあげてパッシブスキルに割り振れば、ほかの職業でも身の守りが上がるということだ。
ついでに体当たりの特技も習得した。どう考えてもただのタックルである。
敵をひるませることが可能だそうだ。ただし、これはファイターでないと使えないらしい。
武器の練習については、スカウトの武器とは違うため省略された。
約束の時間に聖堂まで戻り転職、すぐに町に戻りティンカーの待つ場所へと移動。
スカウトの素早さをあげるための走り込みで大通りを数往復した、一人徒競走だ。
そして偵察スキルを上げるため、屋根から屋根へと移動を始めた。
初めは屋根になんて飛び移れるわけがないと思う跳躍力だったが、一時間走りこんでいるうちに、全速力で跳ねれば一階の低い家屋に飛び乗れるようになった。
こうなると面白い。
何度も訓練を重ねているうちに、失敗がなくなるし跳躍力も増していく。
偵察に関しては、気配を殺して集中してよく見るという対局の行動だった。
跳ねて、屋根に飛び移り、身を伏せ月や城壁に不審なものがないか確認。それだけで暗闇でも目が効くようになってくるのだ。
スカウトは忍者みたいだなと思った。
軽い回復魔法も教えてもらったが、私の飲み込みが悪く回復薬で対応することになった。
スカウトは短剣を主な武器として扱うため、スカウト単体で勝つ事を考えるならば、相手の急所を一撃でしとめるか、毒などの異常攻撃を入れた後、数倍にダメージを与える技を当ててしとめるしかないらしい…のだが、時間とリスク問題で習得は不可能とみなされた、私はひたすら逃げるだけで今回は乗り切ろうという話だ。
スカウトで敵をしとめるならファイター職より考えて戦う必要があるらしい。
私がスカウトの囮の動きに慣れてきたころには、月明りが周囲を照らしていた。
深夜0時くらいか、時計がないので正確な時間はわからないが。
「身の守りをあげたからと言ってファイターと同じ頑丈さが手に入ったわけではないよ。今はスカウトだから、絶対に相手の攻撃に当たらないように気を付けること」
「回復魔法痛みを抑える程度しか教えられなくてごめん…怪我してもすぐには治せないから敵に遭遇したら逃げるんだよー?」
レベルは上がったのだが、スキルの割り振りがあと一歩足りなかったらしい。ただ囮としては十分動けるとティンカーから言われたので、大丈夫だろう。
空は満月が明るくあたりを照らしていた。
月の明かりだけでもこんなに明るいのかと満月を見つめていると、月に黒点があることに気が付いた。
「こっちにもウサギの柄ってあるのかな?」
「何?月にウサギって?」
私が見上げていた月をティンカーが笑いながら見上げたが、徐々に表情が曇っていく。
「今日は満月だったのねぇ……」
ティンカーの表情から笑みが消えた。
「明るすぎるな……」
エスカが水晶を手に取り、トキを呼びだす。
「大神官殿、満月の光はワイバーンにとって活動するには十分な光だと思うのだが、可能性としてはどうだろう?」
トキが水晶越しに回答した。
「光の質は違いますが、ワイバーンの飛行に最低限の光です、ただ、最低限の光のため動きは鈍い……まさか?……」
「そのまさかだ、月に黒点が複数あるそうだ、そちらから確認できるだろうか?」
しばらく経ってからトキから回答があった。
「……まさか機動を捨てて深夜に襲撃を踏み切るとは、待ってください、同時に連絡を行いますから、一度通信を切ります」
トキの姿が一度水晶から消える。
しばらくしてから、ティンカー、エスカの水晶が同時に震えた。
水晶を手に持つとトキの姿が映る。
「計画の変更です。宝石の代わりにたいまつを使用します。届ける者については松明を受け取る以外、何も話さないようお願いします。計画開始の際に魔法でたいまつに火が付きます。予定外の暗闇の中ですが、計画通りの経路で誘導し、聖堂までワイバーンをおびきよせてください。明りはたいまつ以外消してください。」
私は空を見上げる。
黒点だと思われたものの染みが広がるように、黒い部分が大きくなっていた。
「……よし、じゃあ、計画通り、逃げて逃げて、あいつらをおびき寄せようね!、アヤちん目的の位置に行くよー」
「セリティアもさすがに建物を回収するのは終わっているだろう、じゃあ聖堂前で会おうか」
エスカが聖堂向けて歩きだす。明りを消してしまったので、歩きにくそうだ。
ティンカーと私は聖堂とは逆方向に走り出した。
これが初めての魔物との戦闘実践だ、ただ逃げるだけだが。
月から迫る影は、徐々に形が鮮明になる。
ワイバーンは竜というよりトカゲに似ていた。
トカゲの頭に人間のような体。筋肉質、腕が異常に長く、腕と腹の間に翼が広がる。
爪は長く鋭い。ぬめりけがありそうな尾がトカゲを連想させてしまうのかもしれない。
群れは目視できる限りで20匹程度。
どれがワイバーンを率いているワイバーンロードかはわからない。
ワイバーン達は町の場所が分からないのか、城壁の外も旋回しているようにも見えた。
ワイバーンロードであれば、群れの先頭で先導し、襲撃時に一匹だけ離れるだろうと、計画の際トキが予想していた。
しかし、夜の襲撃はないということが覆された今何が起こるかも分からない。
ただ、騎乗する人影は見当たらなかった。ならば、トキの予想通り群れを率いているのはワイバーンロード。
ワイバーンたちは口に球体の物質を含んでいた。宝石のようにも見える。
月の明りを受けて、乳白色の照り返しを見せていた。
上空を旋回しているワイバーン達は降りてこない。
指示されている内容が明かりがある場所への投石であれば、彼らはこの時間、どの家屋にも明かりがないことに戸惑っているのかもしれない。
指示待ちといえばこちらも指示待ちだ。まだたいまつが届いていない。
レイチェルの魔法陣の準備は終えたのか、セリティアの建物の回収が終えたのか、そのあたりの情報がないので、状況の変化がわからないまま、待つ。
私も水晶の連絡道具を持っていればよかったのだが。
あれはどこで手に入れるのだろう。
ティンカーが少し離れた場所にいるので、連絡がくればティンカーが教えてくれるだろうが、計画実行前は音を立てたくない気がした。
ふと、誰かが近づいてくる気配を感じた。
スカウトに転職してから感覚が鋭くなっている気がする。
かすかな足跡だ、ティンカーだろうか?
いや反対方向だ。視線を向けると人影が見えた。
月明りに照らされた人物を見て、ティンカーではないと気が付いた。
黒装束を身に着け目元だけを露出した痩身の人物が静かに私めがけて近づいてきている。
腰に下げているもの、それは日本刀だ。
本能的に逃げようとしたが、相手のほうが素早く間合いを詰めてきた。
「嬢ちゃん、これが実践だったら、一回死んだな」
そう耳元で囁かれ、水晶玉一つと松明が二つを手渡された。
「グ……」
「しー、約束は守ってな、この場はお前らだけで頑張るんやで」
グラさんの声で喋らなければこれがグラさんだとは思えない。
体のシルエットが女性にも見えなくもないスレンダーでウエストが引き締まった長身、私の身長を10㎝くらいは超えている。
普段の身長の低さとがっちがっちの筋肉はどこに行ったのか。変装のレベルを超えている。
グラさん?が、ティンカーの元へと音もなく走っていった。
グラさん、ほかのマスターと接触して大丈夫なのだろうかと思ったが、今の姿と通常時の姿がまったく結びつかないから、全然問題ないのだろう。
後ろ姿を見送るが、ティンカーから離れたグラさんの走る速度があまりに速すぎて、もう見えなくなってしまった。
上空ではワイバーンたちが旋回しながら街を探していたが、本来あるべき町が見当たらないためか高度が徐々に落ち始めていた。
数匹、バチっと電流が走るような音を立てて奇声をあげ、さらに上空に飛ぶ様子が見えた。
あれが魔物を退けるための結界か。
ワイバーンに乗る兵もいると聞いたけど、どうやってワイバーンの世話をしているのだろう、どう見ても人間に慣れやすい、というような顔ではない。いや、顔で判断してはいけないのか。
唐突に渡された水晶が振動した。慌てて水晶を取り出すとレイチェルの姿が見えた。
「全員にたいまつが渡ったようじゃな。火がついたらアヤとティンカーは中央広場を経由し、大聖堂前の前までワイバーンをおびき寄せて、たいまつの一つは大聖堂前の見晴らしの良い場所へ置き捨ててくれ。その後わしが詠唱に入る。ティンカー、アヤは初めの位置に戻りながら被害状況の確認。エスカ、セリティアは大聖堂前で打ち損じ対策で待機、エスカは可能であれば威圧の効果をワイバーンに。結界内に万が一ワイバーンが入った場合、エスカとセリティアの二人で迎撃もしくは足止め。ティンカーとアヤは中央広場経由で大聖堂前にもう一度たいまつを持ち、上空残りのワイバーンを誘導する。わしの極大魔法は一日に二発まで。二発とも外し迎撃できなければわしらは撤退して大神官殿に任せる。不明なことはないか?」
了解と伝える。
水晶ごしにエスカとティンカーの了解の声が聞こえる、セリティアは大聖堂を狙わせるなんてとまだ愚痴を言っている。
「所定の時刻とは違うが、たいまつを持て、囮役は聖堂まで誘導をたのむぞ」
たいまつの一本を持ち一本をマジックバックへ入れた。
飛翔するワイバーンだらけの空を見ていると、たいまつに火が灯った。
それを合図に私は走り出した。
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