第5話 職業選択の自由と適職の矛盾
扉を開けるとそこは聖堂だった。
女神像の下には、煌々と炎が揺らいでいる。
今朝見た燭台ではなく、大きな炎だが。オリンピックの聖火台より大きい。
ここでバーベキューをしたら女神の怒りを買うのかな。
「転生者アヤよ」
おごそかな空気の中、トキの声が響く。
炎に至るまでの階段があり、その途中にトキが立つ。
4名の多種族の女の子がそれを確認して、階段一段目に並び立つ。
ある意味、異世界職業就職面接会場で、幼馴染が社長で女の子達が試験官なのだろうか。
御社とかいうべきだろうかと思ったが教会は会社ではないし、そんな空気でもない。
「慈愛の女神の慈悲により、導きの大神官の元へ送られた迷える子羊よ。魔人アビスが倒れた今も、闇の眷属は創生の地最果てで力を蓄えています。」
今は平和じゃなかったの?と言う言葉は飲み込む。
トキは懐から小瓶を取り出した。
「やがて来るエヴァンティアの危機のため、この聖水を振りまいた後にあなたの眠れる力が目覚める事でしょう。女神の加護の中、己の使命を知るまで日々研鑽を怠らぬよう……」
目の前のトキに対して、これ誰だ、と言う言葉を飲み込む。
トキが朝ごはんを食べる前に、顔を洗う場所の水を瓶に入れていたのは見ていたが、それを私に振りかけた。
……聖水の正体は知らない方が良かった……。
「もしも力尽きた時には女神の慈悲により、再び導きの神官の元で蘇ることでしょう。では、旅立ちの前に主職業の選択を行いなさい。主職業の説明は各主職業マスターが行います。…マスターよ前へ。」
彼女たちが階段から降りて私の目の前に歩み出た。
大神官様の有難い言葉がまず先にあり、主職業の先生たちの話を聞く習わしらしい。
今のトキを見ていると……どうしても、これ誰だ、と言う言葉が脳裏に浮かぶ。
大神官トキ様の粛々とした声で、エヴァンティアの世界の成り立ちや種族、職業について語られる。
今朝、聞いていた内容をかしこまった口調で言っているだけで非常に眠くなる。
説明をうつらうつら聞き流していると、トキが5人の主職業マスターの名前を呼び始める。
「ファイター エスカ」
角の生えた女の子。引き締まった肉体と浅黒い肌。体も大きいが胸も大きい美人。羨ましい。鎧を着用して剣を腰下げている。
「クレリック セリティア」
金髪碧眼、透明な羽を持った女性。美しい。少し冷たい印象を受けるのは目の色のせい、だと思いたい。トキと似た服を着ている。僧侶の法衣らしい。
「メイジ レイチェル」
紫の髪に赤い目が印象的な妖艶な美人。耳がとがっている。セリティアより小さいが彼女にも羽がある事に気づいた。真っ黒い背中が空いたドレスを着用して杖を所持している。
「スカウト ティンカー」
青白い肌に白い髪、腕に鱗が見え背中に背びれのようなものが見える。眠そうな目をして雰囲気可愛いだが、端正な顔立ちだ。武器は所持していないように見えた。
4人とも、美人だ……美女に囲まれているトキがハーレム状態だ。
3年前の告白の返事について確かめる事が出来なったのは、これも影響している。
この美人たちが周りに居たら、私はトキの幼馴染…としか今後も答える事ができない。
「転生者アヤよ、職業を決める前に各マスターに話を聞くのも良いでしょう。職業確定後私の部屋まで来なさい。では私は確定する間しばし席を外すことにします…。」
……本当に誰だろうこれ。大神官トキ様は炎を背に階段から降りる。しかし…
「お待ちください、大神官トキ様」
退場しようとしたトキを呼び止めたのはセリティア。
「我々はまだ転生者アヤ殿の特性を確認しておりません。いくら平穏な世の中だからと特性の向き不向きを無視しては、アヤ殿が旅先で困るのではありませんか?」
……私はこの後、旅に出る必要があるようだ。
基本、家に居たい私が目的のない旅に出るしかないとは…後で大神官様のところに行って旅回避できないか聞いてみよう。
トキは燃え盛る炎を振り返り、唐突に手をかざす。
赤い火が真っ白に輝いたかと思えば、赤、黄、青、緑と、いくつかの色が若干混ざってはいるが色が定期的に変わる。
トキがセリティアを横目で見る。紫色に一瞬染まると大神官の方がラスボスだ。
「特性は各職業を極める事により自在に操る事が可能となります。初期の特性に惑わされすぎると職業選択の自由を失う。今は平穏な世の中、転生者の職業選択自由は容認すべき……これに異論はなかったのでは?副神官セリティア」
……平穏な世の中なら旅しなくていいのでは?と聞きたいが、張り詰めた空気の中、そんな呑気な質問が出来る状態ではない。
「……不穏分子の素質を見極めるためには特性確認は重要です。たとえトキ様の知古の友と言え、寝首をかかれる可能性があれば私はそれを阻止する必要がございます」
不穏分子とは…大神官様の知古の友に凄い敵意だ…。
もしかしたらセリティアはトキの大神官のポジションを狙って……さすがにそれはないか。
きっと、世界で5人しかいない大神官様が心配なのだろう。
原因を考えると、私が今朝のように炎に手をかざせばいいだけの話だ。
さっさとこの空気を終わらせようと、無言で炎へと近づく。
「あ、アヤちゃ……どの」
うっかり、ちゃん付で呼ぼうとしたトキの横に立ち、私は今朝と同じように火に手をかざす。
炎が一瞬倍に膨れ上がったが大きさは落ちついた。
外側が赤多め、その次白多め、黄緑青がストライプを描いている。そして、真ん中にほんの少し黒……濃い紫が広がっている?
「……これは珍しい、はじめからすべての特性が混ざっている上に……」
レイチェルが興味深げに近づいて炎の色を眺めていた。
トキが咳払いをして私の手を下げさせる。
炎の勢いが弱まり、ただの小さな火となった。
「特性は分かりました。アヤ殿、主職業確定後は私の元まで来てください。では私はこれにて失礼します」
トキが聖堂から速足で出ていった。
トキが出ていき、扉が閉まった瞬間、エスカが喋り出す。
「赤が外側に出るならファイターね…久しぶりに特性に合った人に剣技を教えるのは腕が鳴るわ。アヤ殿は小柄だからそれに合った修行メニューを考えなくては」
エスカが笑顔で柔軟体操をし始める。
職業選択の自由どこに行った?
「黄色も量が多かったし情報から詰めていけば…エスカ、ちょっとスカウト座学入れてもいいかなー?」
ティンカーが間延びした声でエスカに話かける。
「いいよ、でもティンカーは座学と言いながらアヤ殿と遊ぼうと言う腹では?」
「バレてたー?でも遊びも大事だよー、修行修行じゃ能力伸びないよー!まずこっちの生活になれなきゃー」
ティンカーがケラケラと笑う。
私が選択する前に主職業と修行スケジュールが決まりそうなのだが……。
「緑の量も悪くない、攻撃魔法も素質ありとは珍しい…気になるのは青だな、色が薄すぎる。クレリックを今選ぶとなかなか回復効力が高められず苦労するだろう。攻撃魔法の修行後、魔力増強してから回復魔法を覚えた方が良いかもしれん」
レイチェルがエスカとティンカーの話に参加して、私は会話にとことん置いていかれる。
……これは「いいえ」が受け付けられないパターンだろうか。
「スカウトも初期回復魔法使えるよー、そのスケジュールで問題ないー!、とくに紫!スカウト能力早めに習得した方がいいよー!!」
紫ってスカウトなんだ、盗賊の素質なんだ……ティンカー先生には悪いけど凹む。
三人の女子が語っている姿はもはや女子会だ。ふと後ろから冷気を感じた。
セリティアが、美しい顔を歪めてわなわなと震えている。
「あなたたち!大神官様がご不在だからってその態度なんですか!?もっとマスターとしての自覚を持ちなさい!!そして、聖堂ではお静かに!!!」
セリティアの怒声が響いて、その場にいたみんな耳を押さえる。
本当、聖堂ではお静かにしていただきたいものだ。
「……特性は主職業の能力の伸びに関係ありますが、不向きだからと選択できないわけではありません。初めにクレリックでも可能です。まずはアヤ殿の意思を尊重しなくては!」
…セリティアさん、初めの敵意はなんだったんだろうと思う位に掌を返した。
もしかしたら、一番最初に職業に選ばれないと、給料とか下がってしまうのだろうか。
だったら人の事不穏分子とか言っちゃダメだろうに。
トキは、ファイターかクレリックをお勧めしていた。
クレリックは特性的に向いていないと聞くと、消去法でファイターしかない。
私は「決めました」と言って手を上げる。
四人の視線が一斉に私に集った。
「ファイターにします。エスカさん、お願いします」
「よろしく!アヤって呼んでもいい?私の事も呼び捨てでいいから!」
「うん、よろしくエスカ」
エスカが差し出した手を握って握手、握力強!
「わしも様はつけられたくないぞ、アヤ、頼む」
「あたしもー、アヤちんよろしくぅ、いつでも転職してねー」
ティンカー、レイチェルも握手を求めてきた。レイチェルは様つけた方がよさそうな雰囲気だけど呼び捨てで大丈夫だろうか。
「じゃ、装備品とか私の道場に出てきてるだろうから、行こうか!」
エスカの後についていこうとすると、セリティアが膝からがくりと崩れ落ちるのが見えた。
「…教会の教えを…倫理を叩きこもうと思ったのに…スカウトとファイター……賊になる可能性高すぎる…いえ、まだ機会はあります…かならず教会の理念を徹底して…」
何かぶつぶつ床に向けて一人で言っている。
理念が何か分からないが、はじめにクレリック選ばなくてよかったかもしれない。
トキは今、大神官なのだから、初めにクレリックを選んだのかな。
みっちり教え込まれたのだろうか……教会の理念とやらを。
後で話を聞こうと思う…が、聞くのが少し怖い。
ぶつぶつと独り言を言っているセリティアを聖堂に一人置いて、私たちはエスカの訓練場へと移動することにした。
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