第3話 朝はパン派かごはん派か

香ばしい匂いがする。母が生きていた頃の朝ごはんを思い出した。

焼き目をつけたトーストとカリカリに焼いたベーコンエッグ、コンソメ野菜のスープ。

朝だよ、あやみ、起きよ、と声をかける母の起こし方は優しすぎて逆に二度寝してしまう。


……今日は平日なのに目覚ましのアラームが鳴らない。

朝日が差し込んでいるのは感じるのに。

目覚ましを無意識に止めていたら会社に遅刻する、早く起きなければ。

それにしても、家に帰った記憶がない…嬉しい夢を最後に見た気がする。

幼馴染のトキが、異世界で生きていた…異世界?


飛び起きた。何度も瞬いて、部屋を見渡す。

見知らぬ部屋のベッドで寝ていた、ベッドは窓際にあり、朝日が差し込んでいる。

部屋の中央にはテーブル一つと、椅子二つが設置してあり、そこにトキがいた。

テーブルにお皿を置いていたが、私が目覚めた事に気が付いたトキが笑った。


「おはよう、アヤちゃん。よく眠れた?」

「おはよう」と反射的に言ってふと自分の体を見る、絹の下着の上下のみ。

昨日は理解が追い付かない事が立て続けに起き、気にも止めなかったが……。

「大丈夫?痛いところとか、気持ち悪い感覚とかない?」

トキが近寄り私の顔を覗き込んできたので反射的に毛布をかき集めて胸元を隠す。


「フク、ドコ、イッタノ?」

思わずカタコトになってしまう。トキが気づいて、視線をそらし「ごめん」と言う。

「初期装備が貰えるのは主職業を選んでからなんだ、昨日は俺の我儘で職業選択を後回しにしちゃったから……たしか全職業装備の防御力低いのがここにあったような…」

トキがベッドのそばのチェストから服を引っ張り出す


「俺もこっちに落ちた直後パンツ一枚で…俺の頃は落ちる場所が指定されてなくて、運悪く野外…神官に見つけられるまで、何のいじめだろうって思ってたよ……」

トキが喋りながら次々に服を取り出す。チェストにこれほど服が入るとは。


「最近副職業の服飾人の装飾作業に嵌っちゃって、作りすぎたんだよね。全職業装備可能な服。防御力低くてデザイン重視の服だと戦闘には向かないとか言われるけど、ちょっとしたお祝い用には重宝されるよ。副職業の服飾人おススメ!!」

様々な服を引っ張り出して服の山が出来ていた。


とてもチェストに入りきる量ではない。


ドレス、タキシード…バニー服は何のお祝い事で着るのやら。

私は初めに手渡された服を持つ。

「この服を着るから……でも…着る間、ちょっと部屋、出て貰えない?……」

ちらりとトキを見る、目の前での着替えは気が進まない。

下着姿を見られて今更感覚はあるが、薄暗いのと明るいのでは感覚がまったく違う。


トキが少し考えて、腰に下げている鞄から何かを取り出した。


次の瞬間、トキの手の平から衝立が飛び出した。

衝立は宙に浮き、トキの指先の動きに沿って移動する。

あっけにとられている私を隠すように絶妙なポイントに衝立がストンと落ちた。


トキが衝立の向こう側に移動して喋る。

「こんな感じでどう?」

……トキ本人は部屋からは出ないようだ。


落ち着かないが、服の袖を通してベッドから出ると、丈の短さはひざ上、大き目のシャツのような形状だと気づいた、ワンピースと思えばいいか。

着替えが終わったことを伝えると、トキの手の平に衝立が小さく収まる。

そして腰に下げている小さな鞄に衝立だったものを仕舞った。


いつの間にか、山になっていた服も消えていた。


トキが生きていた事や、異世界や転生で、何が起きても驚かないと思っていたが、まだまだ驚く事がある。


慣れない事ばかりが立て続けに起こるが、トキから説明を受けながら、身支度を済ませて、朝食が置かれたテーブルの前へ行く。テーブルの上には、パンとベーコンエッグとスープ。

「トキが作ったの?」

「本当はそうしたかったけど……家政婦してくれるグラさんが作ってくれた。後で紹介するね?」

家政婦とは、羽振りの良い生活だ。それともこちらでは当たり前なのだろうか。

こちらでもこの習慣はあるのだろうか?と食べる前に両手を合わせた。トキを見ると、彼も同じように手を合わせていた。


三年も経過しているのだから、あの告白は無効になっているかもしれない。


今更返事をしてもトキも困るだろうし、トキが言い出すまで触れないでおこうと思った。

目の前で燭台の火がゆらゆらと揺れている。


「普通だったら飛ばされてきた直後に色々説明するけど、アヤちゃんと会えたのがうれしくて……時間が来るまで、この世界の事も話してもいい?」


トキはまだまだ喋るつもりのようだ。目の前で子供のように目を輝かせている。

この選択肢に「いいえ」はないと感じ、黙って話を聞くことにした。

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