片割れ月に捧ぐ篇章

原城鯉一

邂逅ノ断章

 わたしは異端。わたしは異形。わたしの名前はメル・アイヴィー。

 そんな風に自己紹介をすると、たいていの人は呆気にとられて、口をポカンと開けるか、もしくは、深い憐みのこもった瞳でわたしを見る。印象としては、前者が7割、後者が3割、例外は四捨されて消えてしまうほど稀有、といったところだ。

 どんな反応をされても、わたしはほろりと微笑を浮かべて、相手の顔を見つめ続ける。感情が創り出す笑みではない。会話をするときは、笑顔で――幼いころ、幾度となく両親に説かれた処世の術を、半ば強迫観念に突き動かされるようにして実行する、空虚な笑みだ。

 そうして、沈黙が生まれる。水銀のようにどろりと重く、蓄積すれば人を死に至らしめてしまうような、悪性の静寂。それに包まれながら、考えることはいつだって変わらない。

 ああ、独りになりたい――と。


 でも、今回は……違った。


 釣りに行こうと山小屋の扉を開けたところで、ひとりの青年に出くわした。軽装だがリュックだけはやたら大きく、旅慣れない旅人、という奇妙な印象をわたしは抱いた。

 誰? ――と尋ねるような彼の視線を受けて、わたしはいつも通りの名乗りを告げた。

「わたしは異端。わたしは異形。わたしの名前はメル・アイヴィー」

「ふうん。いいね、その自己紹介。7・7・14の音数律って、古代ラーティン王朝で流行った定型詩のヴァラムでしょ。最近の都じゃ、ヴァラムってマニアックな古典主義者の道楽みたいに言われてるんだけど、この地域じゃ主流なの?」

「…………あの」

 らーちん。ばらむ。おんすーりつ。

 彼の口から溢れ出る言葉の数々は、わたしには馴染みどころか、聞き覚えだってまるでない。特殊な固有名詞だろうか。そうでなければ、語彙力の貧弱さを回りくどく嘲笑されているようで、羞恥と、わずかな怒りを覚える。頬が、カッと熱くなった。

 とっさに顔を俯けてしまう。

「あらら、シャイガール」

 彼は軽薄な口調で言い、背に負っていたザックを下ろして、ごそごそと中を漁り始めた。やがて、なにかを探り当て、わたしの前に右手を差し出す。そこに乗っていたのは、かわいらしい小さな花がいくつも描かれた、円柱型の缶だった。

「実家でつくってるビスケット。これでも食べながら、ゆっくり打ち解けようよ。おれはビルギィ。ギィって呼んで」

 恐る恐る顔を上げ、彼――ギィと目を合わせる。

 ギィは相好を崩した。わたしがいつも浮かべる空虚な笑みとは違う、太陽のように眩い笑み。それを見た瞬間、脳から思考がこぼれ落ち、深い地の底へ沈んでいくような感覚を、わたしは確かに自覚した。

 なんて、魅力的なんだろう――わたしの胸を満たした感情おもいは、ときめきではなく、羨望だった。

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