勇者たる末裔たち
@AMMMU
Prologue
そこは、小さな町の酒場だった。町人の憩いの場、そして冒険者の宿舎としての機能も兼ね備えている。そこにある小さな掲示板、依頼を受け付けているスペースはさらに小さい上にほとんど空いていて、この地域に人が寄ることはそこまで多いことではないことがわかる。依頼の少なさは異常の少なさを表し、この町は比較的穏やかであることを想起させた。しかし、今このひと時だけはその酒場は様々な人であふれていた。
理由は単純。この平凡な町に異変が訪れたからだ。
小さな掲示板の真ん中に張られた依頼文にはこうある。
“町の資源としていた地下の建築物に町人では歯が立たぬ魔物が発生した。至急腕に覚えのあるものに応援願う。褒美は300000Gとする。町長。”
この町のさびれた観光資源として機能していた地下の建築物、つまりダンジョンがとある魔物に占拠されたという内容だった。魔物の大雑把な容姿や、今現在はダンジョンの外に侵攻してきたことがないことなど書かれている。あと、ダンジョン内部の地図は別売りだというたくましい一文が添えられている。
依頼文には何度も報酬が書き換えられた跡があることがはっきりと見て取れた。つまり、見誤ったのだ。20000Gを報酬にして討伐できる魔物ではない。最初に依頼を受けた低級冒険者たちは6人いて、1人しか帰ってこられなかった。ならば報酬を増やせば、さらに上の冒険者が来てくれるかもしれない。
そんな淡い期待を打ち砕くように、来てくれた者達も蹴散らされた。
そして、今の盛況具合に至るのである。
「皮肉だねぇ。魔物の被害にあったおかげで町がうるおうとは」
酒場の端にあるテーブルで酒をあおる3人組のうちの1人がつぶやいた。
事実その通りで、もとは二束三文にしかならないようなアイテムですらそれなりの高騰が進んでいる。小さな医院には10人と入院できるスペースがないので、一時的に主要な都市から移動設備を整えて負傷者を運んでいる。その上、魔物はダンジョンから外に出ようとしないので町人が被害にあうことはない。
今まで、大した役に立ってこなかった観光資源とは名ばかりの安全なダンジョンが、魔物が出現することで結果的に町がうるおうことになったのだ。
「討伐に来てくれるのはありがてぇが、申し訳ない気分になっちまうよ」
「この前行った中級くらいの奴だって、1人で殺りに行ったんだろ。まだ戻ってこないのを見るに殺られたんじゃないか」
「いい加減に国から討伐隊か何かでも組まれないかねぇ」
酒を飲みながら、男たちは思い思いの事を語る。無論、このまま町がうるおい続けるのならば大賛成だ。しかし、自分たちの住んでいる町の近くで死体の山が築かれることは望んでなどいない。
ダンジョンの中で死ぬ以上、まともに死体を拝むことすらできない。今ごろダンジョン内部でどのような姿かたちとなっているのかは、冒険とは無縁の町人にすら想像に難くなかった。
と、形だけでも申し訳ないと思っている町人の耳にざわざわとした喧騒が入ってきた。酒場の外が騒がしい。音の流れが小川のようだったのが少しずつ大きくなってくる。不安と興奮が入り混じるような音。1人1人は静かにしているのだが、しゃべる人数が多すぎて、騒ぎ声のように聞こえる。そんな不思議な喧噪だった。
「おいおい、本当に討伐隊でも組まれたのか?」
「そんなわけないだろ、それならとっくに依頼なんか受け付けてないはずだ。高名な団体サマでも来たんじゃねえか」
酒場にいる面々も落ち着かない様子で、何人か外に様子を見に行く者や、雰囲気にあてられて入口をちらちらとながし見たりしている者がいる。
皆の緊張が高まる中、視線を一点に受けた酒場の扉がきしみながら開く。
開いた扉の先には、血だらけの男がぽつんと立っていた。着ている服や肌にべっとりとついていたであろうその血は今や乾ききっており、強烈な鉄の匂いとともに酒場の床を汚していった。
その異常な姿に、浮ついていた酒場の空気が一瞬で冷えついた。常識外の光景を見なれているはずの酒場の面々も思わず息をのむ。何と闘って来たらそうなるのか、ではない。どんな戦い方をしたらそうなるのか。
体に血は浴びるだろう。だが、爪の隙間なく血は入り込むだろうか。
目にはいまだ興奮冷めやらぬと言いたげに、眼光がらんらんと鈍く輝いている。
足取りは重く、わずかに前かがみなその姿はいまだに臨戦態勢のようで。
あれは狩人の姿ではない。まるで血に飢えた獣そのもののような姿をしていた。
男はそんな酒場をしばらく見回し、依頼が貼ってある掲示板に目をつけた。まっすぐそちらに向かっていき、ある依頼書を破りとる―――、
瞬間に掲示板を巻き込みながら倒れこんだ。
がたん、と間抜けな音がしてから数瞬、酒場は再び騒ぎだす。事態が読み込めないまま元の話題に戻ろうとする者、倒れた男に興味の視線を向ける者。そして近づこうとする者。
「あの、大丈夫ですか?」
近くで座っていた少女が慌てて近寄る。とはいっても、はれ物に触るかのような動きで、心配をしているよりも様子を見ているという形の方が正しい。何せこんな見た目だ、村一つ潰してきた、なんて言われても信じるほかない。
対して、血まみれの男はなんとか仰向けになりながら、疲労困憊といった様子でつぶやく。
「これ……」
男の手の中には握りながら倒れこんだせいで無残にもくしゃくしゃになった依頼書があった。そんなゴミみたいになった依頼書を広げると、今さっきまで話題に上がっていた例のダンジョンの依頼書。
はてな、という顔をする少女に、一度転んで緊張が解けたのか疲れすぎてもう一度気を張れないのか、ふぬけた顔になってしまった男は声をかけた。
「依頼やってきたからお金欲しいんだけど……あんた誰?」
「えっ―――」
男は寝っ転がった状態で受付をのんびりと探してみる。どうやらすぐ隣に受付はあるみたいだ。
そんな中、1人の男が酒場の入口の向こう側で叫んだ。
「おい、これって例の化け物なんじゃないか!?」
しゅん、と再び酒場の中のざわつきが掻き消えてゆく。確かめるような視線が入口に集中する。1人が立ち上がるのを皮切りに、がたたたっ!と酒場中の人間が我先にと外にでようと、栓を開けた瓶のように流れ込んでいった。もはや先ほど入って来た血だらけの男の事などほとんどの人間が気にも留めていない。
少女も思わず皆が向かう方向に目を向けてしまう。が、すでに人込みでごった返しており、その奥にいるであろう怪物の姿は毛ほども見ることができなかった。
あの人込みに混ざるか、といわれればそこまで欲が浮かばなかった。なまじ、周りの人間が興奮しているさまを見せられると、そういったものは鳴りを潜めてしまうらしい。なにより、非力な自分があの雑踏に入り込んでもすぐさまはじき出されてしまう。
それよりも、ヘロヘロになっていた男の対処を優先させるべきだろう。そう考え、視線をもとに戻すと―――
「ぐぅ……」
睡眠…いや、気絶に近い形で手足を投げ出した男の寝姿が目に入る。少女は静かに嘆息を漏らすと、受付にいるお姉さんを呼び出した。
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