第15話 プロポーズされた!

4月17日は私の両親の命日だ。この日は二人とも休暇をとって多摩川へ墓参りに出かけた。


父母の散骨の場所へ着いた。日差しが温かくてよい天気だ。公園に日向ぼっこに来ている母子が何組かいる。


持ってきた花束を山内さんができるだけ岸から遠くへ投げ入れる。それから二人で手を合わせる。


「俺は3年ぶりだが、未希は?」


「去年は結婚式を挙げたばかりで忙しくて来られなかった。彼にここにお墓参りに来ようと言う訳にもいかなかったから」


「そうか、俺はここへ来ると未希の父親のことを思い出す」


「山内さんには随分迷惑をかけました」


「4年前の6月の散骨の時に、未希から両親の話を聞いてから、俺は未希が抱けなくなってしまった。未希の親父さんから自分と同じ匂いがすると言われたのを思い出して、亡くなった未希の親父と俺の行く末がダブって見えて、俺が未希にしてきたことがとても恐ろしくなった。それが俺を不能にした。俺は未希とどう対峙していっていいのか分からなくなったんだ。このままではきっと未希の父親の二の舞になると思った」


「あの時、私の話を聞いた山内さんは尋常ではなかった。帰りも何か考え事をしていて身震いしていた。確かに私の両親と私たちの境遇は似ています。でも山内さんは父とは違います。私たちはそうはならないと思います」


「俺はずっと未希を自分のものにしておきたいと思っていた。俺の持ち物のように思っていたからだ。未希がどう思っているかなんて考えていなかった。俺は自分のことしか考えていなかった。未希を本当は大事にしていなかったんだ。きっと親父さんもお母さんのことをそう思っていたのではないかと思った。そしてお母さんを失った後、それに気づいて、お母さんの気持ちをもっと思ってやらなかったことを後悔したのだと思った。失ってから初めて本当に大事な人だったことが分かったのだと思う。俺もそうだったから。そんな自分への失望が自暴自虐な生活に陥らせた。そして失意のうちに亡くなった」


「山内さんは父とは違います。山内さんの私への気持ちは分かっていました。それに私をとても大切にしてくれていました。父が母をどう思っていたかはよく分かりませんが、母が心の支えになっていたのは間違いありません。過労死したのは自分のせいだと思い詰めて、自分を責めていたみたいです」


「俺はあれから未希を手放すまでの1年半近く、未希にどうしてやればいいのか考えた。未希の幸せを思って、自分の元から離れさせる決心をした。今度は未希を大切にし過ぎたのかもしれない。未希にあんなひどい仕打ちをしてきたのだから、未希を自分から離れさせることは間違っていないと思っていた。でも俺はやはり間違っていた。未希は幸せになれずに俺のところへ戻ってきた。俺はただ未希を幸せにする責任を放棄していたのだと気づいた。自分の気持ちに素直になれていなかったとも気づいた。そして、別れる時に未希の気持ちを聞いて確かめるべきだったと思った」


「私は一緒に居たかった。自立した方が良いと言われて、しかたなく出て行ったのです。私の幸せを考えてのことだとは思いませんでした。それに出て行ってからは一度も会ってくれませんでした。私は心の支えを失ってとても寂しかった。母を失った父の気持ちが分かります」


「未希が戻ってきてから、俺はどれほど自分のものにしたいと思ったことだろう。それを我慢して、未希とは一歩離れて付き合うようにしてきた。それは未希の気持ちを確かめたかったこともあるが、俺自身の気持ちを確かめるためでもあった」


「私の戻るところは山内さんのところしかありませんでした。そして山内さんの思いを裏切った私を優しく受け入れてくれて大切にしてもらいました。ようやくまた心を支えてくれる人のところへ戻れました。今は心がとても穏やかです」


「もう俺の気持ちは固まっている。それで未希の両親の前で未希の気持ちを確かめたい。未希、俺と結婚してほしい。俺は未希とずっと一緒にいたい。未希を幸せにしたいし、俺も幸せになりたい」


「私を守ると約束してください。そして私をどんなことがあっても、もう離さないと約束して下さい」


「未希を守ると約束する。もう絶対に未希を離さないし、離れないと約束する」


「山内さんは約束を守る人だから、結婚の申し込みをお受けします。私ももうそばを絶対に離れません」


「ありがとう」


私は山内さんに抱きついた。山内さんは私を力いっぱい抱き締めてくれる。キスをしてまた抱き合う。


どれくらい抱き合っていただろう。とても長い時間だったに違いない。


ようやく二人の気持ちが治まってきた時、離れたところから私たちを見ている人が何人もいることに気づいた。それで急いでその場を離れた。


アパートに帰る途中、山内さんはずっと私の手を強く握っている。私はそれに応えて手を強く握り返す。二人は早く帰りたかった。


山内さんの部屋に戻ってくると、私は「無茶苦茶にして下さい」と抱きついた。山内さんはあのころのように心の赴くままに私を可愛がってくれた。


その間、私は「無茶苦茶にして」と言いながら、ずっとしがみついて泣き続けていた。


その日、二人はベッドの上で愛し合うことをやめなかった。


そして、疲れ果てて、抱き合って死んだように朝まで眠り続けた。


朝、私が先に目を覚まして山内さんを揺り起こした。丁度6時だった。私は目を覚ました山内さんをじっと見ている。


山内さんのこんな安らかな幸せそうな顔を見たことがなかった。私もきっとそんな顔をしていただろう。


私はおでこをくっつけてキスをした。そして「今日も夕飯を用意しておきます」と言って身繕いをして自分の部屋に戻った。

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