第2部 再会・自立編

第1話 新たな生活

私は就職して自分の力で生活できているのが嬉しかった。ホテルの仕事はもの珍しさもあって毎日が新鮮で楽しかった。


調理師専門学校でいろいろ学んできたが、ホテルの厨房で働いてみるとすべてについて知らないことばかりだった。


基本がマスターできていないことも多かった。それでも教えてもらい経験を積むにしたがって慣れていった。


ホテルの勤務は遅番と早番があり、早番だと朝早くから、遅番だと夜11時くらいまで仕事をしなければならなかった。


ホテルの寮からの通勤時間は40分ほどだったので、いつも早番では始発、遅番では終電と言った具合だった。


でも辛いとは少しも思わなかった。自分で働いて誰の世話にもならずに生活できているということが嬉しかった。


それに休日もちゃんとあったので休みの日にはショッピングをしたり、身体を休めることができた。


初めてお給料をもらった日は嬉しかった。明細書しか渡されなかったけど、就職して働いたお金だと思うと、アルバイトの時にもらったお給料よりもずっと嬉しかった。


初めてのお給料でおじさんに何かプレゼントしたいと思って携帯に電話を入れる。9時を過ぎているからアパートにいるはずだ。


「もしもし、おじさん、未希です。元気にしていますか?」


「ああ、未希か、未希こそ、元気か? ちゃんと務まっているのか?」


「はい、知らないことばかりで、戸惑っていますが、周りの人も親切にしてくれていますので、なんとか務まっています」


「そうか、安心した、身体に気を付けてがんばれ」


「おじさん、初めてお給料をもらったので、おじさんにプレゼントがあるんだけど、会えますか?」


「いつだ」


「今度の水曜日です。この日、私は非番で休みなんです」


「うーん、その日は出張で大阪へ行くことが決まっているからだめだ、またの日にしよう。それから俺にプレゼントするお金があったら貯金しておけ。お金が一番頼りになるからな」


「分かった。じゃあ、まだ、電話するね」


「ああ、元気でがんばれよ」


おじさんの都合がつかなかった。せっかくプレゼントを渡そうと思ったのに出来なかった。私はおじさんに似合いそうなネクタイを買っておいた。渡すのは次の機会にしようと思った。


2週間後にもう一度、今度の非番の日に会えないか電話をした。やはり、おじさんは予定が入っていて都合がつかないと言った。どうしても会いたいと言っても次の機会にしようと断られた。


それでも、何回か電話したが、すべて予定が入っているから都合がつかないと言われた。


私はようやくおじさんは私とはもう会いたくないと思っていることが分かった。それで聞いてみた。


「何で会ってくれないの? 私のことが嫌いになったの?」


「いや、未希のことが今でも好きだ。でも、今は会わない方がいい。未希は自立して好きなように生きてみればいい。俺のことより自分を大切にしろ。今はそうしてくれ」


「もう、会ってくれないのですか?」


「しばらくは電話をしてこないでほしい! でも困ったことがあったらいつでも相談にのるから心配するな。いつまでも俺は未希の保護者だから、それだけは忘れないでほしい」


「分かった。しばらくは電話しない」


「そうか、分かってくれたか、元気で頑張ってくれ、祈っている」


これがおじさんとの最後の電話になった。私はそれからおじさんに電話することを止めた。


後ろ盾を失ったようでとても寂しかった。ひとりで生きてい行けとの励ましかとも思った。ネクタイは宅配便で送った。


でも会ってくれてもいいのに。おじさんは身体の不調がまだ続いていて気にしているのだろうと思った。


これ以上電話して、おじさんに辛い思いをさせたくないとも思った。それからは何かが吹っ切れたように仕事に精を出した。


◆ ◆ ◆

私は新米のコックとしてホテルに勤めているが、新米の私を指導してくれるチーフがいる。


名前は山本真一、歳は27と聞いている。独身で、イケメンで、料理の腕前はピカ一で、この歳でチーフになっている。ホテルでも料理の腕で一目置かれている人だ。


厳しい人と思いきや、新人の私をとても親切に指導してくれる。大声を出したことがない優しい人だった。


私が失敗してもかばってくれて、私の代わりにしてくれたこともあった。周りの人にチーフは優しいのかと聞くとそうでもなくて、前にいた女性は厳しくてやめてしまったと聞いた。


私にだけ優しいのかは分からなかった。でも腕は立つし、カッコいいので、自然と惹かれて行った。


丁度、非番が重なる日があった。前日にチーフが近寄ってきて「よかったら、明日の非番の日に一緒に食事にいかないか」と耳打ちされた。


チーフの誘いだから喜んで承諾した。その非番の日にチーフはとても素敵なレストランヘ連れて行ってくれた。友人のシェフが経営しているレストランとかで、料理はとてもおいしかった。


食事の席でチーフから付き合ってくれないかと言われた。チーフは職場で付き合っていることが分かると何かと差しさわりがあるので、付き合っていることは内緒にしてほしいとも言われた。


私は申し出を受け入れた。私はおじさんに会ってもらえず、電話もしばらくはしないでほしいと言われていたので寂しかった。


チーフはホテルに入ったときすぐ下に付いたけど、とても親切に優しく私を指導してくれて、一から料理を教えてくれた。


料理の腕も若いながら一流で尊敬もしていた。そんなチーフから付き合ってくれと言われて正直嬉しかった。


それからは非番が重なった日には必ずデートした。チーフはいろいろなレストランヘ連れて行ってくれた。だから非番の日が重なるのが楽しみになっていた。


そして私たちは結ばれた。自然とそうなった気がする。私はそういう関係になることに抵抗がなかった。チーフは優しく私をリードしてくれた。


おじさん以外の人とそういうことをするのは初めてだったけど、おじさんのことを思い出したのはなぜだったのだろう。


クリスマスにプロポーズされて承諾した。私はチーフに夢中になっていたから自然とそれを受け入れた。私達は婚約し、ホテルにもそれを報告した。


それからは今までのチーフのチームとは別のチームに加わることになった。ホテルの配慮からだが、チーフはその方が良いと言っていた。


結婚式は3月末に上げることになった。それまでは非番の日にはチーフのアパートへ行って掃除やら洗濯やらをしてあげた。また、チーフが早番で帰りが早い時には私が作った夕食を一緒に食べた。


結婚式の招待状をおじさんに送った。おじさんからは欠席のはがきが戻ってくると同時に現金書留が届いた。


開けてみると10万円が入っていた。結婚おめでとう。結婚祝いだと書いてあった。結婚式が終わってからお礼と報告を兼ねてお菓子の詰め合わせを送った。


結婚式の少し前にチーフは、二人で住むのに丁度良い建ったばかりの2LDKのアパートへ引っ越した。


私も独身寮から彼のアパートへ引越しをした。二人の新婚生活がはじまって、私は幸せだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る