第39話 優しくしないで
私が帰宅して、床に就いた約1時間後、
匡煌さんも帰ってきた。
とっさに目を瞑った私の傍らに立ち、
髪を撫でながら身を屈めてきて顔を
覗きこまれた。
「……寝た、のか?」
その声に答えず布団に潜ると、
何も言わず彼はシャワーを浴びに出て行った。
どうしよう、凄くドキドキする。
触れられただけで、声を聞いただけで、
胸が苦しくて息もしずらい。
やっぱり私は彼が……匡煌さんの事が好き、なんだ。
好きだから、苦しい……。
シャワー上がりの匡煌さんが、いつものように
私に傍らへするりと入って来た。
「―― かず、起きてるんだろ?」
「……寝てる」
何とか、普通に答えると ――
「そうか、寝てるのか」
含み笑いを漏らしながら、
私の体を背後から抱きしめてきた。
その後の流れは容易に想像できたので、
私は身を捩った。
「明日は早番だからダメ」
そんな私の言葉など完全シカトで
私の項に熱い口付け。
「はぁ ―― っ」
それだけでダイレクトに体の中心が火照る。
「……体、熱いな。今のキスだけで感じたか?」
「調子にのるな」
「今日の和巴さんは可愛くない。よって、お仕置きが
必要だな」
「バカ匡煌」
強引に向きを変えさせた私にキスをしてきた。
荒々しく、貪るような口付け。
拒めなかった……嬉しかったから。
互いを貪るように、体を求め合い。
絡め合った。
早朝6時半。
隣に眠っている匡煌さんを起こさないよう、
ベッドからそうっと抜け出て、シャワーを浴びる。
こんな生活、そうそう長く続けられる訳がない。
各務家の子息が女子大学生に入れ込んでる
なんて公になったら。
宇佐見匡煌という男を世間の冷笑に晒したくない。
一般庶民ならまだしも、
匡煌さんはいずれ広嗣さんの右腕になる人なんだ。
当然、世間の関心度だって高いだろうし、
風当たりも強いだろう。
身分違いの恋愛なんて、格好のスキャンダルだ。
それだけは絶対避けなければいけない。
バスルームから出勤の身支度でLDKへ出ると、
朝食を用意して匡煌さんが待っていてくれた。
「あ、起こしちゃってごめん」
「いや、俺も今日は朝イチで接待ゴルフだ」
最近、匡煌さんはあのパーティーへ出席した
辺りから各務グループ幹部としても
会合への出席やら接待が多くなっている。
「―― ごちそうさまでした。じゃ、お先に出るね」
「おぉ、気を付けて」
匡煌さんと”行ってきます”のキスを交わし、
出勤。
いつもと変わらない、そんな1日の始まりの
ハズだった……。
***** ***** *****
それは、いつものように利沙他数人の友人達と
学食で昼ごはんを食べていた時のこと ――
食堂の片隅にある巨大スクリーンのプラズマテレビ
から流れてきた芸能レポーターの声に思わず
手が止まった。
『―― こちらが本日大手各社の週刊誌で、
人気女優・如月藍子さんとの正式な婚約が
報じられた会社役員・各務匡煌さんの
自宅マンションですっ』
如月藍子との噂より、どちらかというと、
祠堂では私との関係の方が先行しているので、
私と同じテーブルで昼食中だった一同は皆、
私の顔を怪訝そうに凝視している。
匡煌さんと女優・如月藍子との熱愛報道は
かなり前から流されていたから、
今さら別に驚きもしなかったが
”正式婚約” なんて寝耳に水だ。
如月藍子(本名・神宮寺藍子)は家族全員、
芸能関係の仕事に就いている業界では
とても有名な芸能一族のお姫様だ。
父親の神宮寺泰三は往年の名優で、
現場から退いた後は芸能事務所を設立し
多くの俳優やタレントを輩出してきた。
日本の芸能界を裏で牛耳っているのはこの男で――、
ドン・神宮寺のご機嫌を損ねたばかりに干された芸能人は
数多いと聞く。
また義理の父・神宮寺剣造の人脈で政財界や法曹界にも顔が広く。
長女の香始め長男の太陽や次女・葉月が
警察沙汰の不祥事(覚醒剤取締法違反)で
検挙されそうになった時も、
圧力をかけ噂の流出を食い止めたというから、
今回大手新聞社が一斉に匡煌さんと藍子さんの婚約を
報じたというのは、あながちただの噂でも、
デマでもないんだろうと思った。
匡煌さんはもう、
藍子お嬢様との結婚から逃れる事は事実上不可能。
仮に彼が反旗を翻せば神宮寺剣造氏も
ドン・如月も黙っているハズはないから。
だから、今私に出来る事は……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます