第23話 晴明の宵(酔い)桜
タクシーから降り立った所で、
宇佐見さんがタクシーに乗った時呟いた
「間に合うといいけど……」の意味が
やっと分かった。
そこは通常、清水寺へ参拝にきた観光客が
タクシーを止めるポイントではなく、
古くから地元住民達に愛され親しまれてきた、
お花見の穴場的スポットだった。
しかも今は
その桜並木を無数のキャンドルが幻想的に
ライトアップしているのだ。
”晴明の宵(酔い)桜”とは、
清水寺本堂下の参道に展開する数百本の枝垂れ桜。
コレの狂い咲きは、
清水の新七不思議と呼ばれている。
「コレ、どうしても和巴と2人で見たかった。
だから、今夜の打ち上げも
最初の乾杯だけでさっさと抜けてきたんだ」
「……わ、私、何って、言ったらいいか……」
こういうのを、胸が詰まって何も言えないと
言うんだろう。
さり気なく肩に回された宇佐見さんの掌が
燃えるように熱い。
「……もうしばらく、付き合ってくれる?
そしたらちゃんと、お宅まで送ってあげるから」
宇佐見さんは明日の朝イチから2週間の予定で沖縄出張、
しばらく会えないから……
私は宇佐見さんに肩を抱かれたまま桜並木の下を歩きながら、
出来るなら、このまま朝まで彼と一緒にいたいって、
ずっと思っていた。
―― 途中、参道の茶店で温かい甘酒を2人で飲んで、
元の道へ戻った頃には11時を少し過ぎていたけど、
私は宇佐見さんがタクシーを拾おうと路肩へ出るのを止めて、
途中まで歩きで帰ろうと提案した。
清水寺のある
徒歩だと約2時間半程の道のり……。
全行程”歩き”は流石に少しシンドいので、
せめて行ける所まで歩きで、
少しでも長く宇佐見さんと一緒にいたかった。
***** ***** *****
「――あ、明かりが点いてるんじゃない?」
宇佐見さんと私が最後の交差点の角を曲がって
しばらく歩いた所で、自宅が見えてくると、
その玄関に明かりが点いてるのが見えた。
その玄関先に和服姿の老婦人が出て来たのも見えた。
それは、母方の祖母・星 和栄。
一張羅の江戸小紋を着ているところをみると、
どうやら今日はデートだったみたい。
「―― もうっ、婆ちゃんってば、来るなら連絡ちょうだいよ。
真っ直ぐ帰ってきたのに」
婆ちゃんは
「ほんのついでよ。ついで ――」
と、言いつつ目顔で
”隣の色男を紹介しろ”と、いう素振り。
「あ、こちら、宇佐見匡煌さん」
「初めまして、宇佐見と申します」
「こちらこそ初めまして。まぁ ―― 何ていうか、
お写真では存じ上げておりましたけど、
こうして間近で実物見るとホントにいい男ねぇ……
ねぇ和巴、こんな所で立ち話も何だから
上がって頂いたら?」
「いえ、もう夜も遅いので今日はこれで失礼します」
「まぁ、そうですかぁ」
「じゃ、和巴、また今度」
「はい、おやすみなさい」
―― って、つい返事をしたけど、
また今度って……。
「では、お婆様も御機嫌よう、失礼致します」
と、宇佐見さんはもと来た道を引き返して
歩き始めた。
遠ざかってゆく宇佐見さんの後ろ姿が
見えなくなるまで見送って、
婆ちゃんは ”フフフ――”と
何やら意味あり気な含み笑いをもらした。
「なーによぉ」
「ひょっとしたら私、
とんでもないお邪魔虫だったかな? って」
「や~だ、何それ。そんな事ないよ」
「……宇佐見さんって、とっても感じのいい方ね」
「うん。まぁね……」
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