第14話 為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり  

 あの同窓会から数日後 ――

 

 ”今日、東京に戻るから”と

 世良がわざわざ店まで挨拶にきた。


 (どうしてわざわざ? って、思わないでもなかったが)

 

 『時間作ってわざわざ来てくれたんだから、

  そいら辺のカフェでも行ってゆっくり話して

  らっしゃい』

 って、千早姉の厚意に甘え、世良と一緒に外へ出た。

 

 

  

 世良は客室に入るなり、唇を押し付けてきて、

 奥まで舌を入れるようなエロいキスをしてきた。



「ん……はぁ ――」



 息をするのも大変だ。


 世良の手が、ニットの上のふくらみへと伸びる。


 ―― キャー! 遂にこの時が!


 むにっ。

 世良がものすごく驚いた顔をしていた。

 和巴も、すごく驚かれるだろうと予想していた。

 恥ずかしくて頭こうべを垂れる。



「え? ノーブラ?」



 そう。上下白ってのもいかにもで恥ずかしいし、

 敢えていつも着慣れている小母さんパンツにしても

 合わせるブラないし ―― と、

 悩みまくった挙句の結論がコレです。


 こじらせててすみません。


 和巴がまた黙り込むと、世良は、耳を噛みながら、

 ニットの下から手を入れる。



「ん、ふぁ……」



 その手が、服越しではなく、直に和巴の胸を掴む。


 その冷たい手が乳首を掠めて、びくっと腰が跳ね、

 和巴は両手で彼の袖を掴んでしまう。



「エロいな」



 彼は獲物を前に舌舐めずりした。


 ―― いやいや、エロいのはあなたでしょー!


 そう思いつつ、声を絞り出した。



「バラバラだって笑われて、

 統一してくるのも恥ずかしいじゃない」



 世良は意外そうな顔をしてから微笑んだ。



「俺そういうの、大好き」


「……」




「―― 3度目の正直だ……今夜は逃さないぞ、

 和巴。今夜こそキミの化けの皮を剥がす時だ。

 そのとぼけた仕草で俺を惑わし続けた

 キミの本性が、娼婦なのか聖女なのか? 

 じっくり……じっくりとね」



 欲と情に流された2人を止める障害は

 何もなかった。



「……は、恥ずかし……」


「いいから素顔を見せるんだ。どんなに乱れたところで

 ……俺達はもう、恋人同士なんだから」


「恋人?」


「そう、恋人……何ならこのまま妻だってアリだ。

 あんな先のない会社なんか辞めて、いっそ俺に嫁ぐ

 というのはどうかな? どうせ和巴が内定を承諾した

 会社、嵯峨野書房は保ってあと半年程度だろうし」


「はぁっ?? 半年程度ですって?」


「社員のキミには酷な話だけどね。先のリーマン・

 ショックで関連会社が幾つか倒産して、嵯峨野書房も

 かなりの打撃を受けてるハズなんだ。それに今回の

 株譲渡問題……そりゃ結城社長も必死なんだろうけど

 必死なあまり回りが見えなくなる、という事もある」


「……」


「俺が見たところじゃ恐らく、銀行の貸付けも

 利息ばかりが膨らんで雪だるまみたいになってる

 んじゃないかなぁ。はっきり言って内情は火の車。

 なのにうちとの合併話まで撥ね付けるんだから。

 もう、嵯峨野書房に生き残る道はないも同然」


「が、合併っ?? 何処と何処が?」


「だからぁ、うちの会社・世良不動産と嵯峨野書房さ。

 ま、名目上は合併だけど、事実上は”吸収合併”――

 いや、買収だったけどね」



 世良は軽い口調で言ったが、買収される側の

 就職内定者としては捨て置けない話題だ。


 世良が行為続行しようとする手を和巴は静止しつつ

 世良へ質問をぶつける。



「でも、業種からしてうちとあなたの会社じゃ、

 100%畑違いじゃない」


「うちとしては会社の業務内容なんかあんまし

 関係ないんだ」


「??」



 世良の手が和巴のニットをたくし上げた。


 和巴はそれを元に戻し、同時に半身を起こす。

 世良が仏頂面で呟く。



「話しは後でじゃだめ?」



 ここまで話しておいて、今さら何だ?!



「私は今、聞きたいの」


「……うちが欲しいのは嵯峨野書房の駐車場がある

 土地なんだ」


「!!……」


「実はあそこの隣にある**ビルと後ろに位置する

 **ビルの買い取りには成功していてね、あとは

 お宅が立ち退いてくれさえすれば、一気にぶっ壊して

 新しい商業施設を作る事が出来る」


「……」


「ところが結城社長他、幹部の方々は意外に

 しぶとくてね」


「?……」


「しかも土地の売買交渉へ入る前に、うちの叔父貴が

 専務の安倍さんを激怒させてしまって。取り付く島も

 ないって感じで、すっかり参っちゃってさ」


「あの、専務さんを怒らせた……?」


「最初の席で嵯峨野の専務さんに

 ”そうまでしてうちの作品を横取りする気なのか”

 って言われて、売り言葉に買い言葉で叔父貴が

 ”わざわざ会社を乗っ取ってまで奪いたいと思う

  ような本はお宅にありません”って、言っちゃった

 らしいんだぁ……」



 それは ―― 激怒されて当然だ。


 出版に携わる人間なら素人目には駄作でも、

 作家さんが心血を注いで書き上げた作品は

 欠け替(が)えのない宝物だから。



 和巴は衣服の乱れを整えながら、

 ベッドから立ち上がった。



「和巴?」


「今後、世良不動産と嵯峨野書房である諸々の

 トラブル関係で顔を合わせる事はあっても、

 個人的にはこれでサヨナラね」



 そう言われ初めて世良は自分の失言に気付いて。

 取り乱し和巴にとり縋る。



「待ってくれ和巴」


「離して、世良くん」


「この年になって、こんなにも欲しいと思ったのは

 キミだけだ。和巴」


「いくら下っ端だって、私にだってねー愛社精神って

 もんがあるのっ! あそこまで自分の会社をコケに

 されちゃ黙っていられないわ」


「でも俺が言った嵯峨野の経営状態は本当の事だ」


 

 『離して!』『嫌だ』 ――の、押し問答と

 揉み合いは続き。


 さっき整えたハズの衣服もあっという間に

 乱れてしまう。



「お願いだから待ってくれ和巴っ!!」


「もーうっ ―― しつこいっ!!」



 目にも止まらぬ早業で繰り出された一本背負いが

 綺麗に決まり、世良は投げつけられ白目を剥いた。

  





 乱れた衣服を直すのも忘れ、和巴はホテルの長い

 廊下を足早に突き進む ――



「何が”3度目の正直”よ……何が”今夜はもう

 逃がさない”よ。私の本性知る前に自分の化けの皮が

 剥がれて残念だったわね」



 ようやくエレベーターホールに着き、

 呼び出しボタンを押す。


 が、怒り心頭のあまり、

 今日の和巴は我慢が利かない。


 エレベーターに八つ当たりする。



「何っ! このエレベーター、遅いじゃない?! 

 ったく、今夜は逃がさない、なんて言うくらいなら

 私の後追って来なさいよ……世良のバカヤロウ……」



 ”チン”と音がして、エレベーター到着。


 その扉が開いたと同時に乗り込んだので、

 先に乗っていた同乗者に気付かず、危うく

 ぶつかりそうになる。



「あ、ごめんなさい ――」



 その同乗者は2人共サングラスをかけていて、

 女性は50代半ばくらいのお淑やかな貴婦人。

 男性の方は30代くらいで、何となく見覚えが

 あるような気がする……



「きゃ~~っ!」



 和巴の乱れた衣服を見た貴婦人が開口一番

 悲痛な叫びをあげた。




「あ、あなた、その恰好はどうなさったの?」



 そう問われて、和巴は慌てて衣服の乱れを直す。



「あ、いや、こ、これは……」


「ま、まさか! 何処かの部屋に連れ込まれて

 無理矢理手ごめにされた、とか ――」



 連れ込まれたのは確かだが、

 手ごめにはされてない。


 貴婦人は当事者の和巴以上に狼狽・動揺し、



「まぁ、大変。こんな時は警察? それともやっぱり

 ホテルの方を呼んだ方がいいのかしら。ねぇ、

 まーくん、どうしましょ」


「(ま、まーくん??……)」



 貴婦人に”まーくん”と呼ばれた男性は慌てず・

 騒がず。



「落ち着けよ。彼女も困ってるだろ」


「でも……」


「こうゆう時は ――」



 と言い、男性が自分の内ポケットから出した

 サングラスを和巴へ掛けた。



「これで少しは泣きっ面も隠れるハズ」


「あ ―― ども……」



 2人は1階フロントロビーで降りて行ったが、

 そのすれ違いざまの横顔で男性が誰だったか、

 やっと思い出した。



「宇佐見、さん……」



 いつもと違って前髪下ろしてたから、

 まるで気が付かなかった。


 遭遇した時の和巴の恰好ときたら、

 胸元は大きくはだけ、そこには世良が無遠慮に

 付けまくったキスマークだらけだったのだから。


 あの貴婦人が勘違いしたのも頷ける。


 けど、よりにもよって、

 宇佐見に自分の醜態を見られてしまうなんて……

 

「最悪……」


 と、和巴は再起不能なくらいどっぷり落ち込んだ。


  

  

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