7年目の本気
川上 風花
プロローグ
第1話 断ち切れない関係
小鳥遊
近付いて来る誰かの靴音でふっと目を覚ました。
どうやら、晴彦の帰りを待つ間にテーブルへ
突っ伏したままうたた寝をしていたようだ。
―― 靴音は2人分。
『―― オラ、晴彦、着いたぞ』
その声に続いてドアが大きく叩かれ、
聞き慣れた男の声も ――、
『おーい、なぎぃー、ご主人様のお帰りだぞぉー』
『馬鹿っ、声がデカイよ。近所迷惑考えろ』
和巴が慌てて玄関ドアを開けると、
したたかに酔った晴彦が従兄弟の日向
支えられて立っていた。
「あ、ヒデさん、いつもどうもすみません」
「いやいや、どうせ帰り道一緒だし―― ほら、晴彦?
しっかりしろ、自分で歩けよー」
日向は”よっこらせ”と晴彦をソファーへ
座らせた。
酔い潰れた晴彦をいつも送り届けてくれるのは、
この日向くらいのものなのだ。
晴彦の酒癖の悪さは大抵の友人達に
知れ渡っており。
2年前、晴彦が麻薬取締法違反で逮捕されて
以来、それまでごく普通に仲の良かった友人達は
巻き添えを恐れて、掌を返したように1人、
また1人と晴彦の元から去って行った。
「お~しっ! これから飲み直すぞぉー。
和巴、酒とつまみの用意」
「バカ言ってんじゃねぇよ。お前分かってるよな?
今度の仕事、社長がどんだけ苦労して取ってきたか。
京都ガーデンホテルのロビーに10時集合だぞ。
もう寝ろ、俺も帰るから」
「なんだよ、なんだよ~、付き合いの悪い奴っちゃなぁ」
「あぁ、何とでも言え ―― んじゃ、和巴ちゃん、
お休み~」
「おやすみなさい」
和巴は日向を玄関口まで見送ってから、
戸締まりをして戻って来た。
「ねぇ、ちょっと早いけど朝ごはんにする?」
壁の時計が午前5時の時報を打つ。
「水くれ」
和巴はテーブル上のジョグからグラスへ水を注ぎ、
晴彦の傍らへ跪いて水のグラスを差し出した。
「ハイ、晴彦さん、お水だよ」
「……の~ま~せ~てぇ? 和ちゃん」
「もう ―― っ」
酔うといつも決まって、大人の駄々っ子と化して
子供以上に手のかかる晴彦。
こんな時は彼の事がほんの少し、
可愛く見えてしまう私ってかなり末期かなぁと、
自嘲的笑みを浮かべつつ、
水のグラスを晴彦の口許へゆっくりと運んでいく。
――と、晴彦は自分で”飲ませろ”と言って
おきながら、和巴の手は遮った。
「……晴彦、さん?」
「違うだろ? 飲ませ方が」
「!……」
和巴は晴彦と手元のグラスを交互に見て、
しばらく迷っていたが。
やがて意を決して、グラスの水を自分の口に含み
口移しで晴彦へ水を飲ませた。
晴彦は水を飲み終えても和巴から唇を離さず、
徐々に口付けを深くしていき。
和巴のシャツのボタンを外しにかかる。
「ね、晴彦さん、今日は止めて? 学校あるし」
「それがどうした? 俺はヤりたい」
軽く何度もの啄むようなキスを繰り返し ――、
やがてそれは、頬へ~首筋から胸元へと
下りて行く。
「ん ―― ほんと、やめ……ン、あぁ……っ」
弱いポイントの*房を執拗に攻められ、
和巴は抵抗するのを諦めて晴彦へその身を委ねる。
***** ***** *****
気怠そうに立ち上がって台所の冷蔵庫から
取って来た缶ビールを飲みながら戻った晴彦へ、
和巴が重い口を開く。
「―― ね、晴彦さん?」
「んー?」
「今日ね、妙子叔母さんが遊びに来たの」
「妙子、叔母さん?」
「ほら、東京に住んでる ――」
「あぁ! あのいっつも光りもんジャラジャラ付けてる
チョーお節介焼きの人か」
その例えが当たらずといえども遠からずで、
昨日自分が叔母さんと会った時のいでたちそのまま
だったので、思わず和巴は小さく”プッ”と、
噴き出した。
「で、その叔母さんがどうしたよ」
今日の晴彦はいつになく優しいので、
思い切って打ち明けようと、思ったが、
それでもまさか”見合いを勧められた”とは
言い難い和巴だった。
「……あ、あのね、実はその叔母さんから、お見合い、
勧められてて……」
「な~んだそんな事か。深刻な顔するもんだから
一体何事かって、流石の俺も身構えちまったじゃん」
「……」
「大方、あのお節介焼き叔母さんの面子もある
ってんだろ? いいよ。この前みたく旨いもん
食って、相手の野朗は適当にあしらって、
帰って来りゃあいい」
それは ”適当にあしらえる相手”ならばだ。
「ん……やべぇ ―― なんか、今夜は絶好調みたい」
「え?」
言われた意味が分からず聞き返したが、
自分の手を晴彦の昂ぶった……に導かれ
理解した。
「も、晴彦ってば……」
「和巴、も1回シよ?」
昨日、叔母から出された見合い相手の釣り書には、
そうそうたる学歴&経歴と現在の役職が羅列されて
いた ――。
西の ”東大” と、言われる、
京都大学藝術学部写真学科――主席卒業。
東亜銀行本社へ入行。
”商品企画””M&A関連業務””営業統括”などの
部署勤務を経て、ニューヨーク支社へ異動。
ここで写真家のアラン・パウエルと出逢い、
軌道修正。
10年間勤めた東亜銀行をあっさり退職し、
カメラマンへの道を進み始める。
特定の会社に属さないフリーランス。
自分の希望は報道だが、
生活のため芸能人のグラビア撮影をする事が多い。
そこまで読んだ時点で、和巴は
”うわぁ~~っ、こりゃダメだ。今まで会ってきた
人達とは格が違い過ぎる!”
と、思った。
相手の容姿は文句のつけようもなく”特Aランク”
こんな人がどうしてお見合いなどに頼るのか?
不思議になるくらいのイケメン。
そして、自分との”釣り合い”から考えても、
大きなギャップを感じずにはいられなかった。
だが、容姿だけは自分のタイプど真ん中。
晴彦の言うよう、
旨いもん食べて、相手の青年は適当に
あしらえればいいのだが……
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