第7話 グロリア

映画『グロリア』 もちろん主演はジーナ・ローランズ 監督はジョン・カサヴェテス!!





映画ベスト10は?

映画ベスト3は?

と聞かれたら、どう答えるか。

「ただただそんなことを考えるのが楽しい」という映画大好きなあなたはスラスラと答えるであろう。


それでは、

映画ベスト1は?

と聞かれたら、これは多くの人が答えにつまるに違いない。

少なくとも即答は難しいだろう。


映画好きの友人と話していても誰も私に聞いてくれない。

それで、いつも私の方から聞いてみる。

そうするとほとんどの人は答えられない。


当たり前だ。そんなこと毎日考えてる暇はないのだ。


しかしいつか聞かれるかもしれないから考えておいた方がいい。

昔、一度だけこの質問をしてきた映画好きに私はなんの躊躇もなく答えた。


『グロリア』  ジーナ・ローランズ カサべテス


不穏な先行きを感じさせるオープニングのニューヨーク。

それだけで、すでに「傑作!」に違いない、と感じさせてくれる映像。

映画はこれでなくちゃね。


しかし公開された1980年には見ていない。

その後何年かして1986年ごろかVHSの時代にレンタルして家で見た。


ジーナ・ローランズのしわと不敵な笑み、すべての虜になった。




そして目や雰囲気が私に似ている、と言われた。

それは誉め言葉なのかなにか、一瞬頭の中がカラカラと回った。


それにしても人生の中でこれほどの誉め言葉はなかったなあ。

と、全くの自己満足を感じさせてくれる、最高の映画なのだ。


なぜか。

不愉快極まりない奴らに向かって、拳銃ブッぱなすわけにはいかないからねえ。人生は。

このグロリアはそれをためらいなく、見せてくれる。

永遠の傑作なのである。


ジーナ・ローランズはその映画のころ49歳くらいだった。

私は最初に見たときは34歳くらいになっていた。それでも49歳のグロリアを見て、あまりのカッコよさに何度も何度も見返した。


男性の人生の添え物ではない、主体としての生きざま。

そして世界中の虐げられている女性たちに生き抜く指針を与える映画ともなっているのだ。


やくざ映画を見た男性たちが映画館を出るときに肩で風を切って歩くように、私も、単純にもそのセリフを英語の練習と称して何度も何度も真似をした。

恐ろしいまでの影響である。


しかし、もともと似ていたらしいのである。

特に、グロリアがマフィアからの逃走を続けている時、隠れ家の台所でフライパンで卵焼きを作り始め、卵が剝がれなかったのをさっさとフライパンごとゴミ箱に捨てた。

そのシーンがとても私に似ているというわけだ。


そんなバカな。



私は料理好きで卵料理など焦がしたことは生まれて一度もないのだから、まるで違うだろう。


しかし、母がくれたとても良く切れる「刺身包丁」はどうもゴミ箱に間違って捨てたとしか考えられないなくなりかたをしたので、少しだけ共通しているかもしれない。



それにしてもジーナ・ローランズの拳銃を構えた時の出で立ちはもう何度見ても飽きないのだ。


知人が「ラストシーン」がどうも、せっかくカッコよかったのに今一つ納得できないなあ、と。


へえ、そうなんだ。

私はラストシーンだろうと何シーンだろうと、一度惚れ込むと、全てが良くなってしまって、批判力など消滅する。


潔さ、大胆さ、不退転の決意、覚悟、不敵、 etc…


今晩、仕事が終わったら、すぐにレンタルしてきて観ましょう。すぐに観ましょう。

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