【35】理事長の箱1
ワンコールで理事長は通話に出た。挨拶もそこそこに、彼は本題を切り出した。
「犯人がわかりました」
「本当かい? どこまでも優秀な子だ」
時間はありますか、と固い口調で確認した彼の様子を聞いた理事長は姿勢を正した。聞こう。理事長もまた、声を強くした。
「生徒会顧問の高井先生、わかりますか?」
「もちろんだ。教師は全員把握している、はずだ」
「高井先生が犯人です」
「……やはり、教師だったか」
カーテンの向こうでは完全に日が落ち、彼は机上に置いていたライトをつけた。
「見当はつけていましたか」
「窃盗は自作自演だろうと考えていたよ。ただ、盗みを働いた動機がわからないと絞れなかった。ははぁ、生徒会顧問とはね。動機はわかったのかい?」
「いえ、結果がいくつかあるので、なにが動機なのかがわからず、絞れていません」
「君にも動機はわからないか……。ではなぜ、高井教師が犯人だとわかった?」
彼はノートをめくり、時系列を追う。
窃盗が起きたとされる時期と、場所。そして、生徒会の動きが犯人特定の鍵だった。
「窃盗が起きたのは夏休みが明けてすぐだと考えられます。場所は生徒会室でした」
「ん? 盗みは生徒会室で起きたのかい?」
「はい。そのせいで生徒会役員に窃盗容疑がかけられました」
「はぁ、なるほどね。テスト作り直しの判断が早かったのもそのせいか」
「職員室の中では生徒会が犯人であるという話になっているようです。ただ、生徒会役員に容疑を向けるため、生徒会室にあるパソコンを使ったのが仇になったんです」
「ほう?」
「これは理事長のせい、とも言えますね」
「私のせい?」
加担した覚えはないぞと通話の向こうで首を傾げる理事長の姿を見た気になりながら、彼は続けた。
「カードキーです。理事長が生徒会役員のカードキーを変更したことで、彼らが中に入れない状況を作ってしまったんです」
「……なるほど?」
「そして、俺の存在も高井先生にとって誤算になります」
「君が?」
「俺が生徒会の雑務をしていた時、報告書を定期的に生徒会顧問の高井先生宛に送っていました。高井先生はもちろん、生徒会役員が生徒会室で作成した報告書だと思っていたでしょう」
「ああ、そうだろうな」
「だから、生徒会室を犯行現場にすれば生徒会役員に罪を着せられると考えた。しかし実際、生徒会役員は生徒会室に入ることすら出来ない状況でした」
「……生徒会役員に犯行は不可能だと気付けなかったわけか」
「その通りです。そして、カードキーの変更のせいで生徒会室に入ることができる人物は限られてしまった」
「そうか、そうだな、私が変更したのは生徒会役員のカードキーのみだ。つまり、生徒会顧問の高井は教師用のカードキーで生徒会室に出入りが自由だった唯一の人物となる!」
「……そこで、問題が浮上します」
「なに?」
調子が上がってきた理事長をいなすように、彼は声を落とした。
「俺です」
「……あ」
「そうです。あなたにもらったカードキーで俺……いや、準役員も自由に出入りできたんです」
「そうだったな……」
「俺の犯行でないのは確かですが、それを証明することはできません。それは逆に、高井先生の犯行も証明できないということになります」
「互いに罪を着せられるということか。というか、正体不明で入室記録に残らないカードキーを使っている準役員の方がずっと怪しい」
「はい。現に、風紀委員会は準役員を犯人だと考えて行動し、高井先生も付き添っていたそうです」
「それはそれは……犯人と一緒に犯人探しとはね。高井にしてみればいざというとき準役員に罪を着せるつもりだろう」
たどりついたのは確信と歯がゆさだった。犯人は高井以外考えられないというのに、他でもない自分自身の行動によって追求が出来ない状態なのだ。
「動機がわかればいいんですが、悪意の矛先が未だに特定できていません」
「生徒会に窃盗容疑をかけているのだから、生徒会じゃないのか」
「ですが、親衛隊に流布された噂は加賀見を黒幕にしています」
「ならば、加賀見か?」
「それも断言できません。おそらく、テストを盗む計画は夏休み中にはあったんじゃないかと思うんです。夏休み直後にテストは行われますから。加賀見の転入は夏休みが明けて突然だったので、加賀見が動機だとは……」
「まさか、教師に対するいやがらせじゃあないだろうな。テストを作り直させるっていう……」
「それはないかと。理事長はこのトラブルを警察に対する二度の通報で知ったんですよね?」
「そうだった。教師に対するいやがらせだったなら、テストの作り直しをさせた時点で終わっているということか」
「はい。噂の流布も必要ありません」
「では、生徒会と加賀見のどちらが矛先だ」
「大きく考えると、生徒会だと思っています。ただ、親衛隊に対して流された噂との齟齬、加えて、窃盗容疑そのものが生徒会役員に伝わっていないことから、ほかの目的があると考えられます」
「もし生徒会に悪意をぶつけたいのであれば、手っ取り早く窃盗容疑を言い触らせばいい、と?」
「はい。生徒会が生徒会室でテストを盗んだ、という噂がすでに職員室で蔓延していますから、生徒へ漏らせば信憑性のある情報となったはずです。ですが、両目が撮ってくれていた会議では風紀委員会ですらテストの盗難を知りません」
「教師たちには生徒に不都合なことがわかっても知らぬ存ぜぬを徹底させているからな。噂が職員室を出ることはなかっただろう」
「つまり、高井先生にその気があれば、好きなように噂を流せるわけです」
「その上で生徒会に味方する親衛隊に、加賀見を巻き込んだ噂をわざわざ流した。誰からも窃盗したと糾弾されていない生徒会にはダメージがない。そこにほかの目的があった、と君は考えているわけだね?」
「はい。そして今日、悲鳴をあげた人物一人、います。傷ついている人物が、一人」
「傷ついている……?」
「生徒会書記の横塚です」
彼は一度、長い瞬きをした。
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