【33】“ご高説”が響き渡る
エレベーターホールで自分たちを管轄する生徒指導保坂教師を待っていた風紀委員会幹部の二人は、現れた生徒会顧問高井教師を引きずり込むことにした。もはや、選んでなどいられない。風紀委員長はその目を爛々と輝かせ、高井に詰め寄った。
「そばに立っていてくれるだけでいいんで」
「引っ張るな。どうして俺が付き添いなんか」
「保坂先生が全然帰ってけぇへんのですよ」
「だったらお前たちだけで行けばいいだろう」
高井の呆れたため息が高級そうな絨毯に吸い込まれた。このフロアには元々、生徒会と風紀委員会の他には数える程度の人間しかいないため、委員長が幼子のように駄々をこねていても、諌める者は現れない。隣にいる副委員長も和やかな表情で様子を見ているし、他の委員は岩楯の聴取を続けるため委員長の自室に残っている。
しかし、委員長の次の台詞が不機嫌一辺倒だった高井の表情に、変化を与えた。
「高井先生は賛成してくれたじゃないですかー、もう! 会議の内容、忘れたんですか?」
高井の顔に浮かぶ怪訝。委員長は好機とみてさらに一歩踏み込んだ。
「準役員! 捕まえるの賛成でしたよね~?」
「……ああ、言っていたな。いいのか、あの、岩楯と加賀見の件は?」
「それも! 準役員をとっ捕まえれば万事解決! ってことですよ~」
「はあ?」
委員長が説得を試みる隣で、副委員長がエレベーターを呼ぶボタンを押した。このフロア直通のそれは、まもなくすっ飛んでくる。
「まぁまぁ、話は行きがけの駄賃や先生」
「お、おい!」
開いた重厚な扉に高井を押し込み、三人を乗せた箱は階下へと落ちていった。
午後の授業が始まる時間。人がまばらな校舎の中、管理作業員室までの道のりでは委員長のご高説が響く。高井は思いのほか、前のめりでそれを聞いていた。
「テストの件をさぁ、教えてもらえてなかったことはこの際置いといて、岩楯の主張には興味深い点が多かったんですよねぇ」
「岩楯の主張? 加賀見のことか?」
「そうですそうです! 生徒会を利用してテストを盗んだって話なんですけど、これが突拍子なくて笑っちゃう」
隣の副委員長がわざとらしい誘い笑いを吐き、高井のまゆにヒビが入る。
「保坂先生に聞いたんですけど、テストの盗難は事実って話、オレなーんにも知らないの悲しいですよ。高井先生もご存知でしたか」
「……教師はほとんど知っている」
「あーあー、風紀のオレに教えてもらえなかったなんて悲しいなぁ。まぁ、それは置いといて。しかもその容疑、生徒会にかけられてるってことなんでしょ?」
「盗みの犯行現場が生徒会室やねんてな。ほんまびっくり仰天やで」
二人の掛け合いには重さを感じられず、高井は少し、寒くなった。
「だが、岩楯の主張には説得力が増したんじゃないか?」
感じた薄ら寒さを吹き飛ばすように、高井は言葉を吐く。白く濁ることのないささやかな疑問は、委員長の軽快な反論で吹き飛んだ。
「まさか。逆ですよ、逆」
岩楯の主張がデタラメであることに気付くのは簡単だった。風紀委員会として生徒会との繋がりを持ち、なおかつ、不本意だが、生徒会会長とは個人的に話す仲でもある。岩楯の事情聴取中に保坂が話した盗難の詳細によって、デタラメは判明した。
ただし、岩楯本人はデタラメであることに気付いていないし、気付けないだろうということもわかった。
「確かに岩楯の言う通り、生徒会にはテストを盗んだ容疑、まぁこれ濡れ衣なんですけどぉ、かけられているわけですよ。その黒幕は生徒会に取り入った加賀見だって言いたいんでしょうけどね?」
「そうなんじゃないのか?」
「あいつら、生徒会室閉め出されてたんですよね~」
「……はあ?」
「高井先生、生徒会顧問やのに知らんかったん?」
「そんなわけ……」
「会議の時ちょーっと話したの覚えてます? 生徒会室のカードキーのコト」
「あ、ああ。理事長が変えたんだろう」
「イタズラ好きなお人やで」
「カードキーの変更こそ異例だよねー。しかも生徒会の分だけ。先生のは変わってないでしょ?」
「当たり前だ」
「つまり、理事長が意図的に生徒会の分だけ変えた。いつ変えたのか、そこんとこは曖昧なんですけど。重要なのは、いつ変えたかもわからないくらい……閉め出されてたことにも気付かないくらい、生徒会のヤツらは生徒会室に近づいてなかったってことですよ」
「……!!」
高井の足が止まった。
「岩楯の主張はこうです。加賀見は生徒会に取り入り、生徒会室にあるパソコンを使ってテストを盗み、その罪を生徒会に擦り付ける。そしてそれは成功した、と」
委員長は一歩二歩前に出て、振り返る。
「でもそれ、無理なんですよね~。だってそもそも、生徒会のヤツらが生徒会室に入れないんだから。笑っちゃうでしょ?」
視線が交わると、高井の表情から明らかな疑念が伝わってきた。
「いや、それはおかしい」
「どうしてです?」
次は高井が委員長に詰め寄った。
「顧問の俺の元には報告書が上がってきていた。生徒会の活動報告書だ。毎日、ではないが……終えた分の報告書が、確かに……」
「へぇ、それ、あとで見せて欲しいなぁ」
「それはつまり、生徒会があの部屋の中で作業をしていたということだろう!?」
「そんな証拠もあるんやねぇ委員長」
「そうだねぇ」
「証拠……?」
「言うたやろ、先生」
「オレたちの目的。不法侵入者をとっ捕まえたいんですよ」
後ろに控えていた副委員長が、高井の背中をポンと叩く。それは今後協力者になりうる相手に対する敬意を表した仕草であったのだが、高井は大仰に身を竦ませ、と、と、とよろけるように二人から距離を置いた。
しかし、二人は逃がさない。
「勘のいい先生ならもうわかるんじゃないですか?」
「生徒会室での窃盗がほんまやったら、犯人は生徒会やない。入室記録見たら一発や」
「生徒会が利用できないなら加賀見だって当然無理。じゃあ、一体誰がって話になる」
「動かせへん事実は、犯行現場やなぁ。生徒会室で起きたから生徒会が疑われてるんやし」
「そうそう。つまり、生徒会室に入ることが出来た人間が容疑者ってこと」
「先生、思い当たる節、たった今言うてくれましたよねぇ?」
委員長と副委員長は共に笑っていた。
「その報告書ってやつを先生に提出したヤツは、生徒会室に自由に出入りし、生徒会のパソコンをいじり倒し、そして、入室記録に残らないカードキーを使っていた。わかります?」
とうとう高井は廊下の壁に背中をひたりとくっつけ、あやつり人形のように引きつった口の端から言葉が漏れ出た。二人によって引き出されたその存在は、誰にとってもイレギュラーなものだ。
「……準、役員、か?」
「大正解!」
「さすが先生やで」
委員長は再び歩き出し、ご高説をこうまとめた。
「付き添い、してくれますよね~?」
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