戦姫の守護者←彼は旦那志望
街宮聖羅
プロローグ
001《現実→二次元》
俺には嫁がいる。俺にとって大切でかけがえのない人。
いつも家を出る前に「今日も一日がんばってねっ!」という明るい声が俺の毎日の疲労が溜まり切った心に響き渡っていく。それに答えるようにして、彼女の目を見ながら「行ってきます」と言って外へと駆けだしていく。職場では会えないので寂しいが、遠くで見守ってくれていると信じて毎日仕事に励んでいる。このように順風満帆な俺の人生は文句のつけようのない最高なものだった。
―――というのは全くの嘘である。
★
―――校外の小さな公園にて
「お前の嫁はこの頃どんな感じ?というかよくテレビに映るようになったよな。深夜にちょくちょく見てるぜ」
「ふふん。そりゃまあ………俺の嫁は現在進行形で大活躍中のあの
「……甘いな、
「「な、なんだとおおおおおおおおおお!!!牧島ぁ!ここに連れてきているのか…………」」
銀色眼鏡の似合う青年―――牧島は驚愕する弓束と澤部の目の前に自分の嫁を一瞬で連れてきた。
「フフフ。これが現在の俺の嫁…………『ミーネ・シュバルツァー』ちゃんだぞっ!今日もおきに入りのワンピースを着用しているこの美少女…………So beautiful‼‼」
牧島はポケットから素早く取り出した青いスマホの画面に今にも入りそうな勢いで眺めている。傍から見たら目が悪い現代っ子の末路を映し出しているようにしか見えない。だが、弓束は張り合うように言った。
「たしかに牧島の嫁の美しさも理解できる。だがなっ!俺の嫁の『水島・アーノルド・明日葉』ちゃんも負けてないぜ。…………明日、俺の嫁の画集を持ってきてやるから楽しみにな」
「ほーうそれは楽しみだな。なあ澤部、お前の嫁も明日にでも紹介してくれ」
「…………おうっ!俺も最高の嫁――有栖川エリンちゃんの写真をファイリングしたものを持ってくるよ。絶対に二人の嫁より可愛いからね?」
「ふふん。それは僕たちへの宣戦布告か?望むところだ」
「なんだとおおおお!俺の嫁の方が何千倍もいいっての!それによお…………」
彼らの会話はさらに白熱な論議を交わすことになり、自分たちの嫁自慢を延々としていた。幸運なのか、話している間に公園を利用しようとする人もなく、周りを気にせずに談義している彼らの空間は異質なものでしかなかった。学校帰りの陰キャラ高校生による討論会は天気予報で予想されていた最高気温を更新しそうなくらいに熱く激しいものだった。
★
雄哉は家に帰ると、心の中に呼び掛けてくれるような幻聴を聞いた。
『おかえりなさい。今日はどうだった?』
「ああ、楽しかったよ。君の自慢をしたりしてさ」
『私のこと…………愛してくれてるんだね」
「ああ、愛してる」
雄哉が短く返答すると、違う声で随分荒い口調で言われた。
「ねえ雄哉。いつもいつも玄関口で何を妄想してるのか知らないけど、まーた変なこと考えてたんでしょ?嫁だとかアイドルだとかなんだか知らないけど、見てるこっちが恥ずかしいから早く自分の部屋に戻りなさい!」
雄哉は黒の某有名ブランドのランニングシューズを履いたまま妄想モードに移行し、数分ほどだがその場でニヤニヤしながら独り言を吐いていた。彼にとってはこんなの日常茶飯事で、どんなに疲れていようが眠かろうが欠かすことは無い。嫁とのコンタクトはこの空間で行うから心地よいのだと、彼は根っから信じている。
そんな雄哉をみかねた彼の姉――咲が見かけるたびに注意しているのだ。母親は夜勤が続いたりしているためにあまり会うこともなく、父親は社長業をしていてかなり忙しいために滅多に家では見ない。このことが少しばかり影響して、今の彼が作り上げられたと言っても過言ではない。
雄哉は姉に注意された後、ブツブツと呟きながら彼だけの楽園へと向っていった。
★
「…………よしっ。明日からは部活も再開するし、【アカデミーガールズライフ】―――通称【デミライ】のワンクールを見てこれからの元気を蓄えよーっと」
雄哉は自室のテレビに備え付けられたブルーレイに電源を入れ、取り出し口から前もって入っていたディスクを取り出し、新たなディスクを挿入した。
視力の低下を伏せぐために愛用のブルーライトカットグラスを掛けており、いつもとは違う雰囲気が醸し出されている。インテリな空気が漂う中、彼のパジャマに『Be a Child』と書かれているのがなんとも言えない程の残念さを与える。
それらのことを彼は何一つ気にすることなくブルーレイで再生されるのを待っていた。最近不調気味のレコーダーはしばし静かな時間をもたらしてくれる。その僅かな時間の間、彼は妄想へと入っていく。
「おかえり…………そうだよ、今日はね…………うんうん…………」
彼自身が作り出した虚像の嫁に自由に操る作業を繰り返す。己自身が言って欲しいことを何度も言わせたり、空想で対話をしたりなど様々な形態がある中で彼は後者を選択しているようだ。しかし、繰り返しが続く時間はブルーレイの読み込み時間と並行して進んでいく。一向にして読み込めなさそうなブルーレイに触ると、火傷しそうなくらいの温度を発していた。
「あーあ。これじゃ見れるものも見れない…………どーしよかな」
既に十一時を回っており、高校生ならば起きていてもおかしくない時間。だが、考える時間があまりにも勿体ないと感じ雄哉は布団に入って寝ることにした。
歯を磨いて、明日の用意をして、妄想して、消灯して、妄想して、目を瞑って、睡眠準備完了…………のはずだった。目を閉じているにも関わらず、その視界には一人の人物が映っていた。
「お前は…………誰なんだ?」
本来なら映るはずのない瞼裏の偶像。しかし、ばっちり見えているこの状況で否定をするには少々難しい部分がある。睡眠をしようとしても、見えてしまっている姿を見ながらというのは至難の業なので目を再び開くことにした。すると、今度こそ本当によくわからない現場に遭遇した。
「だから、なんで俺の部屋に見知らぬおっさんがいるんだよっ!」
その声は驚き、というよりも苛立ちの方が配合率は大きかった。安静な睡眠を楽しもうとする矢先に映ってしまった影を無視することができなかった雄哉は実体なのかもわからない人物に話しかけた。
「あのー。貴方は誰なんですか?ここは俺の部屋なのです……けど」
「ん……おお。ボウズ、気にせず睡眠したまえ。別にあんちゃんに用はない」
「…………いや、貴方の姿が瞼の裏に映ってばっちりと見えてしまって眠れないんですよ…………ね?」
「そうかい。まあ、徹夜は良くないからのう…………ところで、ここで邪念ばかりを考える人間はおらんかったかのう?」
最初はその人物の詳細が暗くてよくわからなかったが、目が慣れてくると青空色をした着物を着ている無性髭を生やした高齢のおじいさんがこちらを見つめていた。俺はおじいさんの問いに対する答えがなかった為にゆっくり首を振った。
するとおじいさんはその人物の邪念の内容を話してくれた。
「その人物なんじゃが………何やら画面の向こうに愛する者がおるらしくてな。それも壮絶なもので実際の人間ならノイローゼに追い込まれても仕方のないような溢れんばかりの愛なんじゃが…………それでも心当たりはないか……」
「すいません。それ自分です」
雄哉は質問の語尾だけ遮って答えた。そもそもを考えてみたら、自分しかこの部屋には最初からいないし、邪念を感じ取ったと髭の爺さんは言っていたがそれだけは全く持って不明だった。雄哉は起き上がると、布団の上で
「すまない、突然邪魔したな。わしは天界管理部から来た、
「へー。そうなんですか。で、その目的の俺に何か用ですか?」
その雄哉のダルそうな質問はこの後彼に大ダメージを与える返答になって帰って来た。
「おまえさん。明後日に車に轢かれて死んでしまうんじゃ。―――そのために次の生活先を選らばにゃならんのでな。そのために来たんじゃ…………っと、おーい、そんな白目をむかずに聞いとるんか?」
一言で言えば、絶望の表情。長く言えば、魂が口から出て行き精神が現在彼の中に宿っているかどうかが分からない、と言った顔をしている。
しかし、それにはまだ続きがあった。
「でな、お前さんが先ほど想像していた世界が実在したんじゃ。だから、この状態のまま逝くこともできるが………どうじゃ?」
「いやいや、『逝く』のは避けたいところですけど…………もういちど聞きますね。俺が先ほど想像していた空間が実在するって、本当なんですか?」
雄哉は自称神様に向かって食い気味に尋ねた。先ほど想像していたのは、前クールに二期を終えたあの超絶人気のアニメ【アカデミーガールズライフ】―――通称【デミライ】の世界である。本作はあくまでもフィクション。実在するはずがないのに実在しているとはどういうことなのか、彼はイマイチ理解ができていなかった。が、神の一言ですべてを察した。
「いや、お前さんが想像していたのはちゃんと画面に映っているやつじゃから、それは一つの世界として数えるんじゃ。だからのお…………」
「行きまああああす‼僕を今すぐその地に連れて行ってください。お願いしますお願いしますお願いしますお願いします…………」
雄哉は突然神様の胸倉をつかみ取り、前後左右に激しく振った。雄哉は必死の形相で神様に祈願してる。祈願というほど穏やかではないが…………謎の修羅場が出現していたことには間違いなかった。その熱意は並々ならぬもので神様は目を渦巻きにしてその場に倒れた。実体があるのかないのかは定かではあるが、こけた時の音がしなかった。そして、神様は頭を打ち付けた様子だが、雄哉が二次元の世界に行くことを約束してくれてホッとした様子だった。
「そ、そうかい。じゃ、じゃあ、今から行くかね?」
その誘いに戸惑うことなく雄哉は答えた。
「はい。是非ともこの僕を嫁がいる世界に行かせてください‼」
その言葉を言い切った刹那、彼は神様とともに実体が消えた。転がり落ちたディスクの世界と同次元へと旅立って行った。
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