覚醒
こまつかい
序章 覚醒
「綺麗に並べられたものは崩したくなるもんな。全員の意思が一つに向いてたらかき混ぜたくなる。傷の無い鏡面はひっかきたくなるしね」
人気の少ない団地の影にすっぽり収まる公園で。学ランに上から下まですっぽり収まった国松重石(こくまつ おもし)は、自らより二回りほど小さい人間に跨って語りかける。
「それでもって取り返しがつかないとなおいいんだ。並んだ自転車ひっくり返してみても一人ずつ取って帰れば次の日にはなんてことはない」
ふみつけにされた少女の細い右腕、その二の腕を国松の左の腕が握力と体重を伴って押さえつける。
湿った冷たい風が吹き抜ける。日は既に姿を隠し、サビだらけの電灯はいまだに灯らない。
「最悪なのはドミノだ。最初から倒れるために作られたものをわざわざ並べて倒すなんて尊厳の死だ。あれなるものをわざわざ囲むのは真正の奴隷階級故だろう。生まれてきた時から刻まれたものがそうさせる。ヒトモドキ的所業」
押さえつけられた腰の先、青が鮮やかなジーンズに包まれた足をピクリとも動かさずに、自由な左腕を耳元に運び、短くそろえられた自らの毛髪をくるくると指でいじくる。
「どうしようもなく困ってたんだ。昔の俺は愚かだった。いつか崩すことを夢想して喜々として綺麗な人生を形作ってきた。いつかその時が来る。全てむちゃくちゃにする時が来る。なんて気持ちいいんだろうって思ってた」
国松の右手はつい数分前まで右足用だった靴がはめられた状態で、開かれた少女の口に突っ込まれていた。
「最悪なことに気が付いたのは三年前だ。俺はどうしても自分を崩せない状況を丹念に作り上げてしまった。それからは負荷に耐えられなくておかしくなりそうな頭で過ごしてさ。それでも光明がさした」
左の足で左手が置かれていた箇所を押さえつけ、あいた左手で少女のパーカーのフードを被せるように引き上げた。
「俺は俺を崩すわけにはいかなくなったのはとんでもない僥倖だ。そのまま俺は俺を守ることを一番に生活してきた。この日を待っていたんだ」
国松が自らの目元を指で拭いあげると、そこには温かいものがあった。
「はは。流石に体が思うように動かないや」
学ランの袖でごしごし目元を擦りあげて、鼻をすする。しかし、既に意思に反して滴が零れ落ちていた。
「お前を犯す。そのきれいな顔がぐちゃぐちゃになるまで殴って、それから犯す」
右の手から靴を外し、大きく振りかぶる。少女の小ぶりで綺麗な口元が露出する。砂がついている。
「ありがとう。我慢できない美しさ。光り輝くあなたのおかげで、積み上げたものがいっぺんにぶちまけられる」
肩、肘が滑らかに連動して一度、二度、三度と拳が振り下ろされる。ぬるい、鈍い音に、水滴が弾ける音が混ざる。
国松が両の手で自らの髪を撫でる。こべりつく重たい液体を自らに取りこむように丹念にもみ込む。
赤い顔の少女はむせるように小さく頭を震わせながら液体を吐き出すと口角を上げてニッと笑った。
芯のややつぶれた、低く、ワラワラと内耳を刺激する声で、呟く。
「トリップ」
少女の腰を中心とした半径一メートル程の地面がぼろぼろと崩れ落ちる。
「俺の邪魔はするな」
国松は一瞬の浮遊感の中で強く差し込むように言葉を放つ。
「ござい」
少女がそういって笑う。
二つの体が強い力で地の穴に降下する。
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