惚れ薬の効能

雨宮羽依

エクスとレイナの場合

レイナ~あったかもしれない話~

第1話

 僕たちは想区を旅しながらカオステラーを調律する、『調律の巫女一行』だ。メンバーには、『調律の巫女』であるレイナと、義兄弟のタオとシェイン、それから最近加わった魔女のファムがいる。

 さて、いつものように新しい想区に着いたはいいんだけど、早速カオステラーとの戦いに巻き込まれて、しかもレイナが妖精の放った矢に当たって眠ってしまった。ヴィランの大群も押し寄せてきて、僕たちは一時撤退することを決めて、レイナに矢を当てた張本人、妖精のパックに抜け道を案内してもらい、何とか安全な場所を確保できた。

 ………大変なのは、そこからだった。


「うぅん…」

「あ、レイナ。気がついたんだね!」

 ぐっすりと眠っていたレイナが起きたようで、僕もまたレイナに声をかける。

「……………………」

「具合はどう? どこか気持ち悪いところはない?」


 こっちをじっと見つめながら黙っているレイナに体調はもう大丈夫なのかと聞いてみる。すると、レイナは小さな声で何かを呟いた。


「…………さま…………」

「ん? どうしたの?」


 あまりに小さい声で聞き取れなかったので聞き返すと、今度は僕の名前を呼びながら、ぎゅっと抱きついてきた。


「エクスさま…。ああ、エクスさまっ!!」

「……………」

「あ、あ、あの、レレレレ、レイナっ、さんっ? な、なななんで急にだき、抱きついて…!!??」


 あまりの展開に一瞬フリーズした後、パニックになって訳の分からない言葉を叫んでいると、秘密の多い魔女、ファムの声が聞こえた。


「…あちゃー、遅かったかー…」


 慌てて声の方を振り返ると、タオ・ファミリー……もとい、調律の巫女一行のみんなとパックがそこに居て、僕とレイナのことを見ていた。


「み、みんな⁉ ちがうんだよ、これは…!!」

「…わかってます、新入りさん。まずは落ち着いて聞いてくださいね?」


 急いで弁解をしようとしながら抱きついたレイナを引きはがそうと試みる。しかし、女の子を乱暴に扱う訳にもいかず困っている僕をシェインがため息まじりになだめ、パックから聞いたという大体の話を説明してくれた。


「………つまり、レイナは惚れ薬で僕に一目惚れしたってこと? いやいやいや、嘘だよ、そんなの…」

「ええ、そうです。これは断じて一目惚れではありません。そう、あえて言葉にするなら運命! 私がエクスさまと結ばれるのは運命なのです! 一時の気の迷いなどと思われては困ります!!」

「………………」


 シェインたちから聞いた話をにわかには信じられず、思わず否定すると、レイナも別の意味で否定、力説し、僕は言葉を失う。


「これはあかんやつですね…。もう口調も変わってますし…。一目惚れどころかもはや別人格です…」

「…以前も坊主、似たような目に遭ってたよな。ドンマイだ。現実を受け入れろ」


 僕が再びフリーズしていると、代わりにシェインが突っ込んでくれ、タオは何故か僕に厳しかった…。


「まーまー、いいんじゃないのー? いまならお姫様に命令し放題だよ? 心に秘めてたあれとかこれとか実践するチャンス…」

「ないよ!そんなこと考えたことないから!」

「…ないのですか?」

「そこで悲しそうな顔をするのもやめて!! ねぇ、パック! レイナをもとに戻す方法はないの⁉」


 魔女の言葉を慌てて否定すると、レイナが悲しそうに潤んだ瞳をこちらに向けてくる。

 やめてよ、レイナ……。そりゃあ確かに、レイナは方向音痴で食いしん坊でときどきポンコツ化したりするけど……綺麗だし女の子らしいし無邪気で、僕は結構、そんな君が――って、なに言ってるんだ、僕は!

 とにかく、レイナにそんな風に見られると、僕だって男だし……気持ちが揺らがないとは限らない。


「言いにくいんだけど…惚れ薬の解毒薬はオーベロンさまにしか作れないんだ…だから、オーベロンさまに処置してもらわないと、このまま…」

「そんな、嘘でしょ…」


 一刻も早く、この状況を打破したい僕にとってそれは絶望的な通告だった。


「まぁ、でも惚れたのが新入りさんでよかったです。ひとまず大した実害があるわけでもないので」

「そうだねー、ほとぼりが冷めるまで、エクスくんには辛抱してもらおうか。カオステラーを『調律』したあとで治してもらえば…」

「みんな、他人事だと思って…」


 シェインとファムがのんきに言ってるのを見て、僕は最大級のため息を吐く。

 確かにみんなには大した実害があるわけではないかもしれないけど、僕にとっては大アリだ。こんな状態でレイナに迫られて、正直何もしない自信がない。


「あのー、すいません」


 レイナがおずおずと手を挙げて尋ねる。


「『チョーリツ』ってなんですか?」

「…なに言ってるの、レイナ? いつもやってるカオステラーの『調律』だよ…。カオステラーの気配を感知したり…」


 話を聞いてみると、どうやら彼女は『調律』のやり方も覚えていないし、カオステラーの気配も感じ取れないらしい。


「大変だ…。はやくオーベロン王に会って、惚れ薬を解毒してもらわないと…。このままじゃ、この想区を『調律』することができない…!」

「ん?」

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