第16話 金メダルにだけ意義がある?
「やっぱ年の瀬って感じね」
「令和元年の最終日だぜ。当たり前田のクラッカーだって」
同時代を知らない幹太の昭和のダジャレをいつものようにスルーした広海。
「でも大学生の特権よね。こうして『じゃまあいいか』で年を越せるのも」
「何しろ一昨年までは、出禁だったからな。マスターが珍しく厳しくてさ。選挙権もある高校生に対してもな」
「当たり前田のクラッカーだろ。高校生の深夜の溜まり場を提供するわけにはいかない。善良な市民でもある喫茶店主としてはな。それに、正確には『出禁』ではなく、『入禁』だな。出禁には出来ん。未成年監禁になってしまう」
まさかの“当たり前田”返しと言葉遊びで、マスターの恭一は舌を出した。
「なるほど。出入り禁止じゃなくて、入りだけ禁止かぁ」
どっちでもよさそうなものだが、幹太は妙に納得している。
「令和元年の最後もやられっ放しね、カンちゃん」
声を上げて広海が笑った。幹太の納得のウラには、恭一がラップを意識したテンポのいい韻のせいもあったかもしれない。
2019年12月31日―。喫茶『じゃまあいいか』はオールナイト営業だ。金運アップや恋愛成就の神を祀った神社が近いこともあって多くの初詣客が行き来するからだ。多くの常連客も年末年始のあいさつを兼ねて来てくれるので、いつもは割とのんびりできるバイトの小笠原広海もきょう明日は大忙し。大宮幹太も臨時のスタッフとしてエプロンを掛けている。まあ、彼にとってはバイトしながら広海と年を越せるので一石二鳥らしい。年末の大祓客が一段落し、初詣にはまだ時間のある大晦日の夜。テレビではNHKの紅白歌合戦が始まった。
「やっぱラグビー一色だよな。審査員から何から」
「ONE TEAMだからね。ジャッカルとか」
「オフロード・パスもな。“笑わない男”稲垣啓太のゴールポスト下のトライも3つのオフロード・パスの連続で生まれた奇跡だ、って紹介されてた」
「生涯初のトライって言ってたな。プロ野球のピッチャーでも先発投手なら生涯数本のホームランを打つものだが、フォワードの第一列というのはそれだけ身体を張ってチームに貢献するってことなんだろうな」
「じゃあ、ラグビーの神様からのプレゼントってことかしらね」
「ご褒美か神様の。笑わないんだけどな」
「それは関係ないでしょ」
「来年はオリンピック・イヤーだから、オリンピック・ネタも多いなぁ」
途中のコンビニで買って来たポテチをつまみながら幹太。
「アナウンサーも芸能人もテレビの出演者は誰も言わないけど、本当は“パラリンピック・イヤー”でもあるんだけどな」
「事あるごとにバリア・フリーとか言ってるくせにね」
チクッと皮肉った恭一に幹太が乗っかった。
「アナウンサーって基本、原稿やカンペ読むことが多いから、自分の言葉でしゃべる人が減った、って悠子さんが言ってた」
広海はアナウンサーの長岡悠子の言葉を思い出して言った。
「確かに。まあ『安全運転』ってことだな」
液晶の画面では、活動を再開したいきものがかりが『風が吹いている』を歌っている。
「去年の秋に集牧宣言して活動再開したんだよな」
「『集牧』って?」
「ほら、活動休止する時に『放牧宣言』って言ってたから、放牧の反対語として使ったんじゃないの。造語だよ造語」
「去年の流行語大賞に入ってた?」
「そんなに流行らなかったってことさ。そこ突っ込むなよ。可哀そうじゃん」
「別に何とも思ってないだろうな。彼らは」
恭一は画面から目を離さず、興味なさそうに言った。ボーカルの吉岡聖恵の後ろのセットのモニターにロンドン・オリンピックで活躍した日本人メダリストの名場面が次々と映し出されていた。
「そっか。『風が吹いている』は2012年ロンドン大会のNHKの応援ソングだもんな」
と幹太。
「あれっ、あの選手がメダル獲ったのって2016年、前回のリオ大会じゃなかったっけ?」
「リオでも獲ったんだよ。連覇、2連覇。大体、リオの映像だったら安室ちゃんの『HERO』に載せないと」
NHKのリオ大会の応援ソングは確かに安室奈美恵の『HERO』だった。
「ゆずの『栄光の架橋』は?」
「2004年のアテネ大会」
「じゃあ、ミスチルの『GIFT』は?」
「2008年の北京大会」
広海は幹太の記憶の良さに驚いた。が、恭一は二人の会話には無反応で、画面に集中している。
「どうかしましたか?」
広海の問い掛けにも反応がない。
「マスター。ねぇ、マスターってば」
「んっ?・・・」
「どうしたんですか?」
「いや、オリンピック選手しかいないな、って思ってさ」
「オリンピアンだけ、って?」
「ほら、いきものがかりのバックに流れてるロンドン大会の映像。曲がロンドン大会の応援ソングだからの演出だろうけど、あの曲ってパラリンピックの応ソングでもあるはずなんだ」
「ってことは、パラリンピアンのメダリストも映してあげないと、ですね」
「まあな。でも、果たしてそれで正解だろうか」
「えっ? まだ間違ってるの?」
広海は小首を傾げた。
「オリンピック憲章は知らなくても、オリンピックの意義は知ってるよね」
「『参加することに意義がある』」
幹太が胸を張る。
「ピンポーン!」
一瞬答え遅れた広海。幹太の言葉に同意の意思表示だった。
「要は、偏重し過ぎなんだよ。パラリンピックよりオリンピックが上。途中で負けた選手よりもメダリストが上。そんなこと、オリンピック憲章にも書いていない。ちなみにパラリンピックには憲章はない。なのに、世間では『金メダルにだけ意義がある』と大きな勘違いがまかり通っているようだね」
「そうですね。金メダルを逃して銀や銅に終わった選手が悔し泣きする姿は見慣れちゃったし。この間のラグビーのワールド・カップでも決勝戦で南アフリカに敗れたイングランド代表の多くの選手が表彰式で首にかけてもらった銀メダルをぶっきらぼうに外してニュースになったわよね。あれも、なんだかなぁ、って」
高校時代、応援団長としてラグビー部を応援に行く機会もあり、広海は“にわかファン”ではなく、ラグビーにも詳しかった。
「“紳士の国”が泣いちゃう、か」
「うまいこと言うわね、たまには」
「たまには、は余計だろ」
幹太はコケる真似をした幹太が続ける。
「あっ、そう言えば文部省の方針か指導か分からないけど、前に日本の小学校でも運動会の順位づけをやめましたよね。今はどうなってるんだろ」
「あれもナンセンスだよな。PTAの父母たちのクレームに対応に過剰反応した結果だったと記憶してるけど、どうせ後々、中学や高校、大学で競争に晒されるんだから意味がないと思っていたけどな」
と恭一。
「都会の子なんて、小学生のうちから塾では1番、2番を競っているわけじゃんね。“お受験”で。運動会だけ順位つけるのやめたって、子どもたちだって白けるわよね」
「クレーマーの父兄ってさ、勉強のできる子の親じゃね。ほら、勉強優秀な子って、どっちかって言うと運動苦手がちってイメージあるじゃん」
「まぁ、そこにも偏見があるかもしれんがな」
恭一は幹太にくぎを刺すのを忘れなかった。
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