大丈夫。あなたはできる

和成ソウイチ@書籍発売中

1.【初冬 薄暮 賢者の小屋 二人は向かい合って座っている。】


「メル。よくお聞き。お前の声はもう、砂時計が落ち切るまでのわずかな時間しかたない」


 サイドテーブルの暗がり。深々ともる冷気。

 側面のガラスが破損した砂時計は、もはや、一度天地を返せばそれきりとなる。

 白砂はくさの流れを想像したのか、婆やは、節くれ立った右手の五指の第二関節を、曲げた。不安に耐えているのだ。


 椅子を抱え込むように、背を丸めて座っている婆や。


 窓の外から、音と別れた稲光が訪ねてくる。静かな室内に、メル・アイヴィーは婆やと相対して座っていた。視線は、婆やの深緑色の皮靴の先の、綺麗に掃き清められた、薄暗闇色の床に注がれている。

 左耳に引っかかっていた銀髪が、耐えきれなくなってさらりと頬に流れた。


 深々ともる冷気。婆やのさとしが続く。

「その声を、言葉を、どう使うかはお前が自由に決めなさい。誰に何を言われても、構うんじゃないよ」

 婆やは、孫娘のチョーカーが稲光を反射する様を見た。あの細い喉の奥に、唯一無二の神の力が宿っている。そのことを知るのは、わずかな人間だけ。

 稲光の向こうに何万人がうごめいていようとも。彼女をたたえてくれるのは、今は、ほんの、わずか。


「声を喪ったら、わたしのところへおいで。ミズリンゴの育て方を教えてあげよう。薪割りのコツも、料理の仕方も、まだまだ教え足りないことが――」

 頬のシワを引き上げて、メルの顔を真正面から見たことを――婆やは後悔した。


 メル・アイヴィーは微笑んでいたのである。


 部屋全体に行き渡っていた冷気に、暖色だんしょくが混じった。板張りの床は三粒みつぶ涙玉なみだだまを吸い込んだ。

「力ない婆やを、どうか。どうか許しておくれ」

 嗚咽が中空ちゅうくうに咲いて枯れて、砕けて床に溜まっていく。

 



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