第3話 理解


「・・・?・・・・こ、ここは?」


僕は見知らぬ店内で目を覚ました。


「あ、目が覚めたみたいね?ストーカー君!」


目の前には剪定ばさみを持った、可憐さんがニンマリとした表情で立っている。


「・・・・・さぁ、今日ここで、あんたが私にしてきた事すべてを清算してもらうわ!」

そう言うと剪定ばさみが室内用ライトに当たりギラりと光った。


「え?・・・う、嘘でしょ?え?え?」


僕は慌てふためいて、この場から逃げ出そうとした。

しかし、手と足にロープが括りつけてある。

目を覚ましてからの突然の展開に、僕は付いていけないでいた。

その間にもゆっくりと可憐さんは近づいてくる。


高校を卒業して就職をする事もなく、ましてや結婚をする事もなく死ぬなんて!

いや結婚以前に男子校だったから、ろくに女の子とまともに話した事もない。

手を握った事も、デートをしたことも、彼女と一緒に写真を取ってSNSに乗せて友達皆に見てもらう事も・・・。

そして建前上は「いつも仲良くて裏山~♪」とか友達言われてて、実際は裏で「いつもアピール痛いよね♪(リア充爆ぜろや!)」って友達に言われることも・・・。

・・・まてよ?話してるな、それも大好きな可憐さんと?

その好きな人に殺されるってのも、アリなんじゃね?これで彼女と永遠にそう、メモリー・フォエバーな関係に・・・。


「・・・・あんた、何ニヤニヤしてんだい?冗談だよ!殺すわけないだろ、冗談だよ、冗談♪」

「ちぇ!」

僕は安堵する気持ちと残念な気持ちが入り混じった複雑な表情をした。


「・・忙しい奴だね、あんたって!」

そう言うと可憐さんは僕を結んでいたロープを取ってくれた。


「え?いいんですか?解放しちゃって、僕みたいなストーカーを?」

僕は不思議だった。


「ああ、いいんだよ!あんたは頭のネジが何本かぶっ飛んでるけど・・・私はもともとネジがないみたいだね!ぶっ壊れてるんだよ!」

一瞬だけ寂しそうな顔をする可憐さんがぼそりと呟いた。

「昔から『恐怖』って感じたことがないんだよね!」


そう言うとおもむろに、僕にマイバック(花柄)を手渡した。

「はい、買い物の途中だろ?さっさと帰りな!」

そう言うと、外へ追い出すように手を振る。

外の景色を見ると、よく見る花屋の店先が飛び込んでくる。

また後ろを振り返り、そこが花屋の作業スペースだという事に気が付いた。

これで、また僕と可憐さんの思い出に一ページが刻み込まれた。


「・・・・あんた、何ニヤニヤしてんだい?さっさと帰れよ!仕事の邪魔だよ!」

そう言うと可憐さんは、僕に32文ロケット砲を放った。(※良い子の皆さんは、ちゃんとした設備、特殊な訓練を受けてからこのような行為をしてくださいね)

僕はその場で、受け身を取って倒れこんだ(※私は特殊な訓練を受けたストーカーです)

僕は必死でマイバック(花柄)を守り抜いた。


「・・・誰か看病してるんだろ?私の妹も・・・そうだからさ・・・分かるよ!早く帰んな!」

背中に受けた痛み(ムチ)と今の優しい言葉(アメ)を聞き、僕は可憐さんの方を振り返った。

しかし可憐さんの背中はそのまま、花屋の作業スペースに消えていった。

可憐さんのそのギャップに僕はまた、心を鷲掴みにされた。


突然だけどここで、もう一度僕と可憐さんの最初の出会いを思い返してみたい。


そう出会いは1年前、真冬に降った突然の雨・・・ではなく、可憐さんが店先に撒いていた冷たい水。

それが店先を歩いていた僕に見事に命中、機嫌が悪かったのか、何なのか分からないが可憐さんは謝りもせず、僕を汚物を見るような目で見てきたんだ。

その事があって、僕の心に炎が燃え滾ってきたんだ!恋じゃない。そう、復讐の炎が。


高校での成績は普通で、運動神経もない僕。

だけど自分で「作りたい」と思った物を作る事ができたんだ。

小さい頃からそんな感じ、そう『発明』の才能があるみたい。

別に誰かから丁寧に教えてもらうって訳じゃない、作りたい物を調べていく過程が好きなのかも。


どうにかしてあの失礼な女(可憐さんの事)にやり返したいと思ったんだ。

そして自作でステルス機能の付いたドローンを開発、もちろん飛行音も最小限に設計。

それを使い女の家を偵察する事に。


しかし、何故気が付いたのか分からないが、女は天高くジャンプし、そして上空で飛行する僕の自作ドローンを、指先一つで破壊した。

粉々になった愛しい我が子(ドローン)を僕は両腕に抱き、怒りに任せ女の家に突撃。

だが、玄関ののぞき窓を覗こうとした瞬間、女はのぞき窓のレンズごと僕に目つぶしをしてきた。あれは痛かったな、なつかしい。

悔しくて諦めきれない僕は、どうにかしてこの家の中に入りたいと、回り込み偶然開いていた風呂場の窓を発見。

忍び足で窓に近づこうとした瞬間、女の放った16文キックが僕の顔面にさく裂した。


けっして彼女が言うように、彼女の下着を狙ったわけじゃない!

その事は信じて欲しい(僕はノーマルなストーカだよ)

そりゃ彼女のパンツが欲しいかって聞かれたら、声を大にして言いたい!喉から手が出る欲しいよ!!!

その事は信じて欲しい!


僕はコテンパンに女にやっつけられ、その日は家に帰ったんだ。

そして次の日の夜!女の帰宅を電柱の陰で待つ作戦に出たんだ。

僕に冷水を掛けた謝罪と、我が子(ドローン)を破壊された謝罪。

今日こそはと思った矢先、音もなく電柱の陰に立つ僕の背後に女がいた。

女は的確で容赦のない手刀を僕の首筋に放った。

どうやって帰ったのか覚えてない。次の日、家で目覚めた僕は思ったんだ。

・・・・あの人は面白いなって。


母以外でこんなに僕の事を受け止めていてくれる人はいない(勘違い)

いつも全力で僕にぶつかって来てくれる(勘違い)

そして僕の事をいつも気に掛けてくれる(勘違い)

やっぱり可憐さんは面白いなぁ!またドローンを小型化して、もっと彼女の事を調べたいな。


でもさっき気になる事を言ってたな?

病気の妹さんがいるとか・・・こいつは要チェックだ!


僕はマイバック(花柄)をもって、可憐さんと戯れた、花屋『GARDEN』を後にした。


===


「ん~~♪どれも美味しいわ!銀河!!特にこのブロッコリー入りのシチュー最高!」


目の前では母・遥がおいしそうに、僕が作った料理を食べている。

今日の献立は、スペルト小麦で作った自家製パンに、生野菜サラダ、そして豆乳で煮込んだシチュー。

数年前から病気がちの母に、すこしでも健康で長生きしてもらうため、僕が考えたメニューだ。


僕は食べていたものを飲み干す為に、グラスに注がれたミネラルウォーターを口に運んだ。


「そう言ってもらえると、作った甲斐があるよ!」


母の病名は脳梗塞。

むかし研究所に勤めていた時に、不規則な生活をしていたそうだ。

政府の研究機関だったらしく、ストレスがもの凄かったと母が話していた。

勤めていた時は、正常だった体調も、父との離婚後に激変した。


シングルマザー、女で一つで僕を育ててくれた母。

別れてからの一時期は荒れてたわ!って言ってたっけ。

その時に暴飲暴食をして、もっとも身近な病気・糖尿病にかかってしまった。

そのまま病気を放ってしまい、重症化してしまった。


約3年前に家事をしていて、突然倒れてしまった。

そのまま救急車が家に到着、病院へと運び込まれた。

僕が偶然気付くことが出来たのが、不幸中の幸いだった。

一命をとりとめた母は、その後、数か月のリハビリを経て家に帰ってくることが出来た。


しかし、長年の糖尿病で母の体の内部は、ボロボロに侵されていた。

現在も病院の薬に頼らざるを得ない状況が続いていた。


目の前で母が突然倒れるのを見た時、僕は首筋に針金を刺されたような衝撃が走った。

それは全身に駆け巡り『命』の儚さと、大切さを考えさせられた。

当たり前の今日が、いつまでも続く事はない。

だれもが知るであろうその事に、僕は今から3年前の15歳の時に、その事を通して教えられた。


そんな母が美味しそうに夕食を食べている。

アンティークのテーブルに並べられた、食事を楽しそうに口に運ぶ。

その後は談笑を交わしながら、僕たちは夕食を残さずに食べた。


「ごちそう様~♪銀河、今日も美味しかったわ!ありがとう!」

母は僕に手を合わせて、お辞儀してくる。


「いいって!」


僕は照れ臭そうに返した。


カチャカチャと食器を洗っていく母。

僕は横に立ち、母が洗った食器をキッチンクロスで拭き上げていく。

その後、拭いた食器を所定の収納スペースにしまう。

片付けが終わり、僕は母に話を切りだす事にした。


「・・・か、母さん・・・あの・・・」

「・・・どうしたの?」


僕は食器をしまうと、母の前に座りなおした。

木製の椅子に、腰深く腰掛ける。


僕はおもむろにポケットからペーパータブを取り出した。

「仕事のあてがあるって言ってたでしょ・・・これなんだ!」

そう言うとペーパータブの画面を母に見せた。


「ああ、何かで見たことあるけど!?ゲームなんでしょ、これ?・・・遊んでる場合じゃないでしょ?」


母は首をかしげながら、画面をスクロールさせていく。

やはり母には理解されないのだろうか?もう少し説得材料を用意しておくべきだった。


「!?!?」

スクロールしていた母は驚いた顔をして、画面を見つめている。


「・・・・・銀河・・・いいわ!・・・お母さんの事は心配せずに、このゲームに参加しなさい!」


母は僕の目を見つめて、語り掛ける。

今まで一緒に暮らして来たが、始めてみる決意に満ちた母の顔だった。


「え、いいの?どうして?」

「・・・いいから!」

僕がそう言うと、母は自室へと戻って行った。

その時ぼそりと母が呟いた。


「・・・そう・・運命なのよね・・・・」


灯の消えた廊下を、母は気にせず進んでいく。

僕はその背中が、どこか儚げに見えた。

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