《11》脈拍

―直ちに武器を捨てその場に伏せなさい!こちら警視総庁!指示に従わない場合は強制執行を行う!繰り返す!―」


 揺らめく炎に当てられて血の気の引いた顔面に熱が戻ってくる。それと比例して自分がいかにまずい状況にいるかを認識できるまでに知覚も回復してきた。とにかく目の前のアイツは、”彼女”だ。間違いない。全身を帰路い筋肉の様な膨らみと各所に付けられた鎧に覆われてはいるけど、まるでレーザービームの様に見つめる対象を凝視するあの鋭い視線は彼女から向けられたものと同じだと、僕にはなぜかそう感じられた。

 声が出せない。連続した緊張状態のせいで喉が完全にしまっている。呼びかけようと何度も口を開くが、鉄臭さが混じる息と一緒に掠れたうめき声がしたたり落ちるまでしか行かない。

 どうしてアイツが?


―照準を合わせた!早急に武装を解除し地面に伏せろ!―


 拡声器に乗った警官たちの警告が今初めて耳の中にまで伝わってきた。そして最初に聞き取った不穏な響き、後部座席の左手の窓の先に見える高架道路の上には複数のパトランプの光とその横にそろって口を開けている丸くて黒い穴が並んでいた。


 今自分の脳裏に浮かんだビジョン。考えられる限り最悪のケースだけど今の僕には最悪それだけで現実に起りうると確信できた。彼らには僕らが見えていない、高所から見下ろした視界の先には爆炎を上げる2足戦車とその上に立つアイツだけだ。地べたにへばり付いている壊れかけのパトカーとその中にいる生存者に気づいてない。


「……ぉぃ!mってグr……」


 体は熱いのに喉は温まらない。それとも何か詰まってるのか?どちらにせよこのままじゃ気絶した警察官もろとも彼らの砲弾で僕は木っ端みじんにされる。


「シグナル確認、熱量増大」


 パニックになりかけの頭に声がすっと流れ込むように響く。真下に突き立てた拳を引き抜いて高架上の車列に向き直った彼女は、足場にされていた2足戦車が視界の右端に轟音と供に転がっていくのと同時に警官隊の車列の更に上にまで舞い上がっていた。


「撃て!」


 連続した発砲音が聞こえ始めると同時にその数は急速に減っていく。次第に衝突音と爆発音が劣る頻度が増していくのを感じ、様子を伺おうと窓の方に身をよじろうとしたらほんの3メートル先の道路に装甲パトカーのドアパネルが落下してきた。そして多少の煤と僅かな弾痕を増やしながらも致命的な被害をほぼ受けること無く彼女は地上、僕らの乗るパトカーの目の前に再び舞い降りた。


「何て奴だ……」


 心からの感想。賞賛でも畏怖でもなく、またその両方を兼ね備えた言葉を漏らした僕の方に空色の眼光が再び向けられた。

 何かを考えているように動きを止めて視線を固着させる。緊張に満ちた静寂の時間は何分かも何秒かも分からない程だったが、やがて思案が終わったのか制止していた体が再び動き出すと、先程まで向けられていた敵意とも呼べるようなプレッシャーは感じられなくなっていた。


 彼女は敵じゃない、少なくとも僕にとっては。だけど確実にこの街に降り注いでいる災悪の1つではあるだろう。警察の増援らしい新たなサイレンの音が近づきつつある中、彼女はスタスタと僕らの乗るパトカーの横をすたすたと歩いて通り過ぎた。


「あの女に、頼まれたのか……?」

「……」

「どうしてこんなことができる?人間なのか?お前は」

「……」

「……なんとか言えよ」

「……―――補足。tttt追跡、撃滅」


 不意に発せられた言葉に違和感を感じる間もなく道路から飛び上がり、一飛びで上がったビルの屋上を伝いながら彼女は町並みに消えていった。行きつく暇の無く数台のパトカーが駆け付けてくると飛び出してきた警官たちに僕達の乗るパトカーは取り囲まれる。


「こちら遠藤、対策本部聞こえますか?救援要請地点に到着。第4迎撃班、民間人も含め負傷者多数。救急車と増援をお願いします!無人機でも構いません、お願いします!」


 無線連絡を入れるのと一緒に、出て来た警官たちが僕を車体から抱え出し、運転席で気を失っていた警官を乗ってきたパトカーにまで搬送する。連絡を終えて高架上に立ち上る煙を確認すると、疲労困憊の僕に肩を貸してパトカーまで歩くのを手伝ってくれた。


「危なかったな。ここは危険だ、総庁地下の避難シェルターまで案内する」


 パトカーの脇まで引かれて歩き肩を貸す警官がドアを開こうと手をかけたとき後ろから誰かに呼び止められる。振り返るとそこにいたのは巡回の制服とは違うベスト姿、地下で助けてくれた女性警官と同じ特警の印が入っていた。

 アイツらの仲間だとすれば僕を捕まえに来たのだろう。当然だ、奴らからすれば僕はまだテロリストの一味なのだから。


「現場での出来事を詳しく聞きたい。近くの指揮所にまで一緒に来てもらえるかな?」


 ついて行けば今よりは多分安全だろう、戦車の大砲で狙われることも無い。でもあんなをするような連中について行くことは、未だに頭がパニック気味の僕にも流石に危険だと分かる。どうしたらいい……?


「彼はこちらで預かります」


 不意に拡声器で最大にまで増幅されて音割れを起こした大音量が鼓膜に突き刺さる。聞こえた方向に振り向くと薄汚れた1台のパトカーがこちらに急行してきた。


 乱暴な停車のすぐ後に出て来たのは小柄な青年。年齢にして19、20くらいに見える幼めな顔立ちに眉間にしわを寄せ、周りと比較しても着込んでいると分かる防寒着重ね着スタイル。強めではっきりとした口調でふとから取り出した手帳を周りに提示すると、同僚らをかき分けて僕の腕を取り人ごみの中から強引に引っ張りだした。


「特装がどうしてここに」

「配置指示を受けたのは実働班だけです。我々はこの配置を……」

「総監からの命令書?」

「急を要しますのでこれで……乗ってください」

「何なんですか一体……?」


 急に表れてついて来いと言われて素直に従う。今日1日の体験が無い状態の僕でも危険な行為だと分かるだろう。だが彼は表情を崩さずに満身創痍の僕の体を自分の元に引き寄せて耳元で囁いた。


「安心して、”迎え”に来たんです」


 地獄から地獄へとたらいまわしにされてきた中でその言葉を聞いた僕がどれほど救われた気持ちだったことだろう。自分の耳を信用できない僕が彼にもう1度聞き返そうとすると、こちらを軽く見上げる位置からの視線で促されるように所々シートの剥げた後部座席に2人で乗り込んだ。


「出してください!」


 ドアが閉まると同時に彼が大声で叫んだ。アクセルが唸りをあげて車体が急発進し体が座席に埋没する。質問をする間も無く走行を開始した車の後ろから何か気配を感じて振り向くと2発の銃弾がリアガラスを突き破ってバックミラーに命中し砕け散った。


「小暮さん曲がって!」

「だから止そうって言ったんだぁー!」


 急激な右カーブに揺られ側頭部がドアガラスにぶつかったのを利用し頭に風穴があいていないことが確認できた。もう感覚も大概麻痺してきているみたいだ。

 僕の隣に座る小柄な彼が助手席から後部座席に何かの装置を引き寄せてきてソレを起動して床に放り投げると、彼は僕の方を向いてまじまじと顔面を観察してきた。


「下で助けられたでしょう?無事ですか?」

「え?」

「貴方を助けた女性警官が無事かって聞いてます!」

「!?す、姿は最後まで見てない!上に上がる前に別れた。でも、大丈夫だと思う」

「そうですか!ったく余計なことして……」

「えっ?」

「気にしないで!小暮さん蛇行して!ロックされなくても当たっちゃいますよ!」

「あぁ!減給じゃ済まないよー!」


 爆走する車体は路地から大通りを右へ左へ。脇道からそのまた脇道にするすると流れるように入り込んで行く。時々なにかにぶつかった衝撃をドア越しに感じつつ、走行を続けていると窓の外に見える町並みが徐々に険しくなってきた。

 所々で上がる火の手とサーチライトらしき光線が交差して夜中とは思えないほどに空は明るい。

 日本という国で見られる景色としては異質極まりないものでも、度重なスペクタクルを1日の内に味わい尽くした身には目を覆いたくなるような惨事に見えなくなってしまったのがなんとも恐ろしかった。……或いは最初からそうだったか?


「そこを左に、もうすぐ封鎖線です」

「ん……?おい!逃がしてくれるんじゃないのか?!」

「西園寺さんはそのつもりでしょうけどあたしは貴方個人に用があります。それに少なくとも都内の重警戒区域での逮捕歴がある貴方をみすみす放逐すると面倒なんです。ですので同行をお願いします、戸越誠二さん」


 ガコンという異音と一瞬で通りすぎていった男達の叫び声。自分が確実に危険な方向へ運ばれていることに気づいたときには車は既に都心部を封鎖している警官隊の車列を突破した後だった。

 異議を申し立てる前に事態は進行していき遂には所々に武器を手にした人影を見るようにまでなっている。ドアの内側にまで衝突による歪みが現れ始めたところで車は急停止した。幸い見える範囲にはすぐ銃を撃ってきそうな人影は見えない。


「よし追い付いた。対象、ステーション区画まで距離400メートル。降りて!早く!」

「冗談だろちょっと!」


 手を強引に引っ張られ車体から引きずり下ろされると鼻の中にむせ返る焦げ臭さと合成燃料の燃える酸っぱい感じが押し寄せてきた。ここはどこだ?さっきよりも都心であることは間違いなさそうだけど身の安全に近づいたとは到底思えないロケーションだ。


「こんなところに連れてきて何するつもりだ?」

「自己紹介が遅れました。私は牧田まきた京弥きょうや大査長。警視総庁特殊装甲一課理工班長です。特装1課はギアスーツ分隊を中心とする非国営の民間治安維持部隊ですが、警務省直轄の精鋭独立部隊です。ですので取り敢えず身の安全はご心配なく」

「同じ警察で、身の安全が保障されない部署があるのか?!」


 車内から次々と不可思議な荷物を下ろしながら牧田という彼は自己紹介を済ませた。僕の名前だけならともかく、アイツのことまで知っていそうなことも含めて全てが不可解だが、まるで自分以外の存在が目に入らないかのような素振りで支度をする彼の言葉は、何故か自分の、僕も知らない自身の深層にまで深く入り込んでくるように鋭く伝わる。


「アレと関係があるのを知っています。協力してください、戸越さん」

「?!」

を止めるために、力を貸してください」


 車両はスピードを維持したまま環状線区画に突入した。間違いなく危険への直通ルートに乗せられていることを僕は揺れる頭の中でようやく確信できそうだった。



#################



 頭が痛む。もしくはこれから自分が行おうとしていることに対しての苦悩なんだろうか。さっきまでいた道路から少し歩いた先、緊急停車中のリニアトレインの駅構内のホーム上で僕と牧田という警察官は2人きりだ


 彼がホームの上に置いたアタッシュケースの様に開いた機材からは細長い1本のアンテナの様なものが伸び、その下側をせわしなく弄りまわしている。どのような仕組みになっているのかは分からないが、今も僕のこめかみにへばり付けられているこのシートが関係しているのは確かだ。


「本当にこんなのでいいのか?いつまでここで突っ立てればいい?」

「見えるまでです」

「アイツがか……?」

「そうです」


 出来の悪い冗談だと思いたくなる。戦車を腕1本で潰すような相手が目に見える距離に近づくまで動くななんて。そもそもどういう訳で僕が彼女を止められるなんて思うんだ彼は。


「僕のことは下の彼女から?」

「それもあります」

「……他に何かあるのか?」

「あまり深くは聞かないで下さいますか?あなたも危険になります」


 危険は十分すぎるほど味わってるけど……、僕を陥れようとする誰かの力がありそうだと言われれば納得する。それに彼に協力するのは僕にとっても利になり得ることだとおもったからだ。


「……来た!3時方向速度判定Bプラス、……いや……」

「ん?どうしっ……」


 動揺の声を漏らす彼の方に振り向いた途端、視線の先で爆音と共に土煙が舞い上がった。

 どうやら来たらしい、目で確認する暇も無いくらいの速度でホームの壁にぶつかったソレの姿は確かに人型だったがそのシルエットに僕は違和感を覚える。

 姿形こそ似ているものの、頭部から放たれる1つの眼光は緑色の光を放ち、その右手には刃物に似た煌めきが見える。未だ晴れない視界の中からムクリと起き上がったソレは辺りを見回してこっちにその視線を向けると、地面に手をついて姿勢を低くした。


「なんだ……」

「飛びかかって来ます」

「どうする!?」

「そのまま!」


 駄目だ間に合わない!ロケットブースターのの様な凄まじい加速でこちらに飛び掛かってきたソイツは、瞬きする間に5メートル前にまで迫り、手に持った煌めきを振り上げた。体の反射的な防衛行動で腕を前に出して身構えると、僕のすぐ横の壁が外側からはじけ飛んでまた人型が現れた。彼女だ!


「グッ」


 真横から加えられた衝撃に襲ってきた人型から呻き声の様な声が聞こえ、2つの影は絡まり合いながら反対側のホームめがけて突っ込んでいった。地面を擦りつつも間髪入れずに2人は起き上がり今度は互いに徒手空拳としゅくうけんで格闘戦を開始したのだ。片方が放つ風を揉みしだくような強烈な拳を、もう片方が腕や膝で受け流す。1回の攻防毎に響く衝撃音は駅の外にまで漏れかねないほどに大きく絶え間なく交錯した。


「よしキタ!」


 2人の拳劇に目を奪われていた僕の隣で、先程までとは違う軽い声と同時に牧田が手元の何かしらのキーを押して装置を起動させると数秒も経たずに殴り合っていた2人の動きが急激に緩慢になり、程なくしてその場に静止した。


「……どうしたんだ?」

「あれらが受信している電波を遮断して電子的に孤立させました」

「受信?」


 答えが帰ってくる前に、新手の方が体にまとわりつくものを振り落とすように全身を激しく揺らした。辺りを見回すように首を傾けて目の前の脅威を再認識し、回し蹴り一閃をお見舞いして彼女をエスカレーターに吹き飛ばした。体が宙を舞ってぶつかる壁や角々を削り落とし、硬カーボン製の壁面は衝撃によって陥没して彼女の体を受け止めることなく階下に放流した。


こう!」 


 反射的に叫んだのは知らない名前。初めて聞く響き。知らないはずアイツの名前を僕は叫んだ。あり得ない。あいつと初めて会ったのは今日、それも夢の中のおぼろげな光景の中で口をきいたのも初めてだというのに、なぜ僕はこれが彼女の名前だと……?

 頭に広がる一瞬の自己問答に答えを出す間もなく、新手はエスカレーターの方に向き直ると、追撃とでもいうかのように腰の部分にある小さな引き出しの様な部分から眩しい光を無数に放出すると、光が障害物に当たると大きな爆発が起きた。


「やめろ!」


 今まさに自分達の命に対する脅威が目の前に立ちはだかっているというのに、ぼくはそれに対して叫ぶ。背後で瓦礫が音を立てて崩れ落ちる中、ゆっくりと振り替える奴の頭から放たれる眼光は先程までとは違って真っ赤に染まっている。


「主よ、主よ、お応えください……」

「?、何か言って……」


 突如聞こえてきた予想外の声の直後、牧田の手元の装置から無線電波の様なノイズ交じりの声が聞こえ、そしてそれと同時に目の前の奴の動きも止まる。


―どこをほっつき歩いてる!?地下前まで護衛する約束だろ!―


「……急行する」


 何者かの叱責を受けて、目の前の奴はその跳躍でホームを軽い一飛びで飛び出し壁面を反射しながら揺らめく炎の影の中に消えていく。破壊の嵐が収まり残されたのは、今にも崩れ去りそうな構内の景色だけだ。


「マズイ、本隊に合流する気か?」


 危険が自分から去っていったにも関わらず先程よりも慌てながら装置の撤収を始めた牧田を見る限り当初予定していたプランは失敗したらしい。装置をケースの中に押し込んで束の間瞼を閉じて息を整えると、こちらにも聞き取れないくらいの声量で独り言を連発した。


「出力材質形状、類似点多し……リスト内該当機見当たらず……」


 ぶつくさと聞こえる脇で僕の視線は未だに土煙の舞うエスカレーターの方に釘付けになっていた。

 彼女アイツはどうなった?普通の人間の耐久度ならまず粉々だと思う。そうだと頭で考えてはいても既に体は独りでに動き出し、僕はホームを飛び降りて線路を横切り反対側のホームによじ登っていた。


「どこへ?」


 背後から牧田に呼び止められた。だが恐らく警察官が市民に発する警告としては優しい言い方だ。本気で僕が離れるのを止めようとしているようには思えない。


「恐らく弱ってはいるでしょうが、今の状態では危険です」

「僕が奴を気にしてるなんてなんで分かる?」

「理由は知りません。ただ彼らの存在とセットで私は貴方を知りました。場所が場所でしたし関係が無いということはまず無いと思ったので……。これを持って行ってください」


 投げ渡されたのは拳銃のようでそうでないモノ。灰色でL字の本体に沿うようにひかれた黄色のラインが警告色として握る者に危機を抱かせる。


自動人形アーマン用の電気銃ですが人工筋肉にも作用するはずです。もしもの時はそれを。後から追いかけます」

「……僕が逃げたらどうする?」

「それなら……警察として、逮捕するかもしれませんね」



#################



 一歩一歩。動力を失い階段と同じ機能となったエスカレーターの1段毎、物音を立てないようにゆっくりと降りていく。駅の外で鳴り響いていたサイレンや爆音が1歩下るごとに遠ざかるのはむしろありがたいけど、足元にあるだろう非常灯でさえ今は光らず、光源は背後のホームから差し込んでくるものと、はるか前方にある改札からの微かなものだけだ。


 ホーム下コンコース階。多分アイツが落ちて来たであろう場所には誰も倒れてはいない。でもその存在の証明するような床の陥没や舞い上がった埃の匂いを視覚以外の感覚で確認できたことで、僕は何故か心のどこかで安心する。


「いるのか……?」


 構内には人影が無いというよりは何の気配も無い。市民は帰宅か避難しているにしてもまるで元々人間の住処ではなかったかのように、空間そのものから拒絶されているような、虚無感の様なものが辺りに立ち込めている。さっきまでの喧騒からの落差で多少めまいに似た感覚を覚えた。


 そして階下の1つ目の角を右に曲がる。通路の奥、突き当りの壁に張り付く外からの光の揺らめきの端に人影の端切れの様なものが見えた気がして歩を進めるペースが自然と早くなった。


 (もしアイツだとしたら。どうする?電気銃コイツで撃つのか?だけどもしあの時のままの様子だったら……)


 迷いを抱えつつ光に向かっていくと人影は奥に消えていってしまった。そしてそこから次に見えたのは形こそ人影、だがその手足も胴も人とは比べ物にならない程細く体格はおおよそ7割に満たないほど小さかった。


(あれは、自動人形アーマン!?)


 影は小刻みに震えながらその実体を表す。スチール製で折りたためるしなやかなボディには人間の様な手先は無く、先端からは黒々とした液体がしたたり落ちていた。火炎放射器だ!そして奴の四角い頭部が回転し真っ赤な1つ目がこちらに向くとその手先からは紛れもない火炎が噴出し始めていた。


 「やばい!」


 反射的に身を翻して地面に伏せる。頭の上を熱と光が覆いつくしていき鼻腔は穀類の燃える匂いで一杯になった。

 次は無い。機械は機械的に狙いを正確に地面に伏せる僕に修正した。地面から起き上がる前に先端から再び炎が吹きつけられようとしたその時、通路の壁を押し砕き再び現れたアイツがその突き出した膝でアーマンを壁に付き合て押し砕いたのだ。


「あぁ……」


 再び通路は静寂に包まれた。突き刺した膝をゆっくりと壁から引き抜いた彼女は力なくふらふらと揺れそのまま地面に倒れ伏せる。


「動力負荷過多、スリープ開始」


 電子音のような無機質な声が聞こえると彼女の躰から蒸気の様な白い熱が放出される。もろに吸い込んだ僕が軽くむせている間に彼女の頭を覆っていたフルフェイス状の防具がまるで花弁のように開かれていく。後頭部と側頭部が展開し銀色の髪が熱を放ちながら地面に揺れ落ちるが、真正面のパーツが地面に引っかかって開かずにエラーを出していた。


「おい……!」


 咄嗟に半身を抱えて体を仰向けに直す。エラーが解消されて顔に張り付いていたカメラ部分が折りたたまれていくと、まず顔の上半分が露出し、下半分が胸のあたりにまで折りたたまれるとマウスピースの様なものを咥えていた口が糸を引いて離れて力なく閉じられた。


 ほんの数時間ぶりの再会。だけど僕にとっては数々の修羅場を潜り抜けた先での再開だ。それが救いになるかどうかはまだ分からないのが怖いところだけど……。


「まだ来ないのか……?」


 後ろから追いついてこない牧田を探していると耳の奥に響くものがある。


―心配してたけど、良かった無事ね―


「これのどこがそう見える!?」


 既に半壊のグラスを通して聞こえてきた声。子島ねじま莎緒子さおこは心配の言葉とそれに比例しない淡々とした口調で言葉を続ける。まるであのエレベータ―から出てすぐの様に。


「教えろ!お前がコイツをけしかけたのか!?」


―今は知らなくていい。いづれ嫌でも分かるもの。でもありがとう、これで前に進みだせる―


「何をっ、」


 反論の口を塞いだのは胸を走る痛み。針の一刺しのように鋭い痛みは胸から頭にまで突き上がって行き、脳内に到達して拡散した。頭を攪拌する炎によって僕は悲鳴を上げてのたうち回るがすぐに声も出すことはできなくなった。


「お”ま、えぇ……!」


―約束は守るわ。貴方は、


 戯言を……!頭の中の炎が網膜にまで侵食し視界を塗りつぶす。真っ赤に染められた景色の中で僕の耳の中には聞こえるはずの無いここにはいない人々の悲鳴がこだまする。そして目を開けば宙に浮かぶ数字の波、50、3、41、17……。今日の朝と同じ光景がフラッシュバックする。


 脳のキャパシティはとっくに臨界を迎え受け止められない情報が声となって漏れ出していくと、胸から新たに押し寄せてくるモノの存在を察知しそれが”最後”だと感じ取る。


「ガッァ!」




―コレを安全な場所に頼む―


―あぁ、お前も寒いか?そうかそうか!―


―お前は……間違ってなど……―


―嘘だよ……こんな……―



「ン……」


 多分、1分も無い眠りだった。痛みと熱と幻覚から解放されてクリアになった脳に届いてきたのはさっきまでと変わらない焦げ臭さと暗闇、足元の瓦礫と微かな吐息の当たる感触だけだ。


 真下に意識を移し僕は覚醒を目の当たりにする。破壊者ではなくあの柔らかな頬。間の抜けた様な笑みを含む寝顔がほどかれて開かれた瞳に、それを覗き込む僕が克明に映し出されると、何故かますます懐かしい気持ちが込み上げてきた。その理由を僕が知るのはまだ先の話だけど。


「おい!」


「おい!!!お前、聞こえるのか……!?」


「と、戸越さん……?」


 

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