8-4 ユグちゃん顕現する

 御嬢さんの尋問が始まった。


「あなたたちはどうしてこのような暴挙に及んだのですか?」


「俺は爺さんが死にそうなんだ!」

「俺は女房が病気で!」

「俺は妹が不治の病で!」


 俺はまたナイフを投げそうになったが我慢した。


「お金目的なのですね? 解りました。後で住まいに赴き、ご家族の方は当家で保護いたしましょう」


 うわー、アホだコイツ。このまま見ていても時間の無駄だな。

 騎士たちも憐れんだ目でお嬢様を見ている。邪魔だし後ろに下がらせるか。


「ですが、あなたたちは既に死罪が確定いたしております。苦しまないように殺して差し上げますが、その前にすべてお話していただく必要があります。どうか神に誓って正直にお話し下さい」


 ん? 『殺して差し上げる?』 あれ? 助けてやってほしいとか、アホ全開でくるのかと思っていたけど違うのか?


「ああ、全部正直に話すから! あの凶悪なガキを近づかせないようにしてくれ!」


『……マスター、盗賊たちは、どうやらその娘ならそのうち隙ができて逃げ出せると考えてるようですね。その為にマスターを自分たちから少しでも離そうとしています』


『成程ね、時間の無駄だからもう止めさせるな』

『……お待ちください。その娘、面白いオリジナルスキルを持っているようです。まぁ見ていてください』


『ん? 只のアホ娘じゃないのか?』  


「まずはあなたからです。もう一度確認します。嘘はダメですよ? 神に誓ってくださいね」

「ああ! 俺は神を信じてる! 嘘は言わない!」


「はい、宜しいでしょう。【トゥルースジャッジメント】ではまず最初に私を襲った本当の目的を教えてください。神に誓って右耳を対価とします」


「爺さんの病気で、お金がいるから―――


 ボンッ!

 盗賊の右耳がいきなり吹き飛んだ!


「ギャー! 俺の耳が! 何しやがるんだ!」


「あらあら、嘘はダメと言ったじゃないですか? もうお忘れですか? ウソを吐くからですよ」

「おい! お嬢様? 暴力はダメなんじゃなかったのか?」


「わたくしは何もしていませんわよ。それにこれは暴力ではありません。神に嘘を吐いた為、彼には神罰が下ったのです」


 こいつヤバい! やっている事は俺と一緒なのに、神のせいにして自分の暴力を正当化していやがる。


「お前がさっきやった事は暴力だよ。この世界の神はそんな事しない。自分のやったことを神のせいにするんじゃない。それは神を冒涜している」


「リョウマ様、私は神をとても信じております。今の発言は聞き捨てなりません!」


「さっきのはお前のオリジナルスキルだよ。神は人を裁かない、加護や祝福を奪って無くすだけだ」

「そんなことはありません! このスキルは神が私に授けてくださったものです!」


 あー、めんどくさい! 凄く可愛いのにおつむが非常に残念だ!


『ふふふ、創主様。少し介入してもよろしいですか? 信念が凝り固まっている者の説得は難しいですからね』

『ユグちゃんか……頼めるか? この娘の相手をするの俺、もう嫌だ……』


『でも本当は頭の良い子なのですよ。嘘を言っていると解っていてあのスキルを使っているのだから、優しそうに見えて結構非情な面も持ち合わせているのです。ニコニコ温厚そうにしていますが、長年世話になっていた御者の方が亡くなられて相当憤っているようです。少し優しくしてあげてください』


『うーん、会ったばかりなので、彼女のことはよく分からない。面倒なので悪いけど、もうユグちゃんに丸投げするな』


『はい、善処いたします』


「どうしたのですか? 急に黙ってしまって……」

「女神様が顕現するそうだ……」


 俺はそう言いながら、【クリスタルプレート】を大画面に切り替え片膝をついて頭を垂れた。


「皆、頭が高いぞ! 序列第二位の女神ユグドラシル様が顕現してくださった! お前たちの襲撃を、俺に神託として教えてきたのもその女神様だ! お前たちの命の恩人だ。感謝すると良い!」


「リョウマ様、ユグドラシル様とはこの世界の全てを監視しておられるとかいう神ですよね? 実在されていたのですね! 女神様だというのも初めて知りました!」


「ユグドラシル様は女神三柱の直ぐ下の序列第二位のお方だ。その下に属性神である竜神様たちがおられるのだ」


『念話で申し訳ありません。降臨しているわけではないのでご容赦ください』


「勿体無いお言葉ありがとうございます! まぁ、お美しい! 私はハーレン領主三女のナターシャ・D・ハーレンと申します。命をお救い下さり恐悦至極に存じます」


『この世界の監視と統治安定を創主様の命により行っている、女神ユグドラシルです。そうかしこまらなくても良いですよ。まずはあなたの意見ですが、リョウマの言うとおり、それはあなたのオリジナルスキルですね。神は人を裁いて力をふるう事はありません』


「そんな! では、私はその者に私の意思で怪我を負わせたのでしょうか?」


『そうです。あなたが彼の耳を指定して、あなたのイメージ通りに耳が吹き飛びました。全てあなたの意思です。神は関与しておりません。ですがあなたのそのスキルの凄い所は100%真実を見抜くという特性です』


 御嬢さん相当にショックだったようだな。神の力だと思っていたのが自分の意思で吹き飛ばしたと言われたのだ。優しい仮面の内にある狂暴性が露見した事になるのかな?


『……いいえマスター、彼女は善の人です。なので余計にショックが大きい筈です。ちゃんと優しくフォローしてあげてくださいね』


『嫌だよ、めんどくさい。凄く可愛いけど、俺、彼女苦手だもん……』


「私はどうすれば良いのでしょう? この力でこれまでも何人も傷つけてきました」


「ああそうか、バナムに行ってたのもそのスキルを使った尋問の為か?」

「いえ、それは関係ないですね。あくまで父の代行としてです」


 なんだ関係ないんだ。


『ナターシャ、そのスキルは有用な物です。これまでどおり、人々の為に使うと良いでしょう』

「人を傷つけるのに宜しいのですか?」


『要は使いようです。耳が吹き飛ぶとか過激なものではなく、激痛がはしるとかでいいのではないですか?』

「……はい、そうですね……」


「ユグドラシル様、先にこの拘束している騎士が奴らの仲間か教えてほしい」

『その者は友人が殺されて逆上してしまっただけですね。ナターシャのように純善ではないですが善なる者です』


「え? 彼女は純善なの? イカれたバカ娘じゃないの?」

「リョウマ様酷いです……わたくし凄く傷つきました!」


「ああ、ごめん言い過ぎた。必要性があったとはいえ、騎士様もすまなかった」


「いや、止めてくれて感謝する。あのまま殺して何も情報を引き出せなければ死んでいった友になんて謝ればいいのか想像もできない。本当に感謝する」


「じゃあ、もう面倒なので俺がさっさと終わらせていいかな?」

『お待ちなさい! あなたは犯罪者に対して少し過剰に振るまう傾向があるようですので私が答えます。何が聞きたいのですか?』


「いや、それだとこの騎士様も納得できないだろ? そいつらは領民を散々いたぶったり犯したり奪ったりしてきたんだぞ? そのうえ友を殺されて、ハイそうですかはないよな?」


「いや、私は……」

「相手が神だからって言いたい事はちゃんと言わなきゃだめだぞ。 今なら尋問だが、結果が分かった後からやるのは暴力だ。やるなら今だけしかないぞ?」


「やはり私に尋問させて欲しい! そいつらが痛みも苦しみも与えられず、ただ斬首されるのは一生夢に見て後悔しそうだ!」


「そうだよな! 散々悪さしてきたんだ、神が天罰を与えないのだから人は法の下、罰を与えるしかないよな」


『人が定めた法の下の罰ですか……我々神が関知していいことではないですね。ですが過剰な暴力はおやめなさい』


『……マスター、ユグちゃんを虐めないでください! どこまでも善なのですから、グレーなマスターと意見が合う訳がないのです』


『分かったよ。ユグちゃん、でも騎士に任せるな。俺はでしゃばらないから、フォローしながら進めてくれ』





『では、騎士殿にお任せします。そなたら、私がいるのです、嘘偽りを言っても通用しないので、痛い思いをしたくなければ真実のみを話しなさい。これ以上は弁護いたしません……良く考えなさい』


「それ言ったら、話すしかないだろ。騎士様悪いね……神様はどこまでも人の味方だから、善人でも悪人でも慈悲の心で接してしまうんだよ」


「いや、今回は仕方ないよ……友も解ってくれるだろう。何より女神様の顕現に立ち会えたのだ。命まで救ってくださったのにこれ以上求めないよ」


『何ですか2人して、私が悪いような言い方はしないでほしいですね』


「滅相もないです! では尋問を始めます」




 結果だけ言うと、奴らはもうこれでもかってくらい素直に話し出した。

 聞いてない事まで懺悔するように語ってくれました。


 はぁ、マッハ2とかあんな恐怖体験したのに……スッキリしない。


 やつらは酒場で騎士たちが護衛の話をしていたのを聞いた誘拐犯たちの残党だった。周辺の盗賊にも声を掛け30人が集まったそうだ。目当ては所持金と美しいお嬢様と侍女の2名。たっぷり強姦した後、王都にある非認可の娼館に『伯爵令嬢』として売る予定だったらしい。


 非認可の娼館の買い付け人の呼び出し方を聞いたのだが、少しでも怪しいと現れないからおそらく捕縛は無理だろうという話だった。


 とくに拠点も無く、今持っている所持金が全てだそうだ。全部集めても160万ジェニーしか持っていなかった……30人もいるのにだ。1人5万ちょとという額になる。特にいい装備でもないし、売ってもしれているだろう。こいつらの所持品の中じゃ、13頭いる馬が一番金になりそうだ。


『では私は戻ります。リョウマよ、私の神託を聞き入れてくれ感謝いたします。ナターシャは死なすには惜しい者です。ナターシャ、これからも領民の為に励むのですよ。私は常に見ております』


「はい! お救い下さりありがとうございました!」

『あなたを直接救ったのはそこのリョウマです。感謝はその者にしてあげてください。ではこれにて失礼』




「はぁ~なんて慈愛に満ちた美しい御方なのでしょう! リョウマ様は神殿関係者と言っていましたが、いつもあの御方と会話されているのですか?」


「まさか! 俺はたまたまこの現場の一番近くにいただけですよ。ちょうどハーレンのガラ商会の護衛依頼でバナムに向かっていて、ソシリアの村を出発したとこなのです。上街道との分岐の付近で急に女神様に声を掛けられて慌てて駆け付けた次第です。待ち伏せを発見して俺に教えてくれたのですが、知ったのがここから35km程離れてる場所だったので、到着までに何人か亡くなられたのは本当にお気の毒様でした」


 聞いてた副隊長が話に割ってはいってきた。


「いや、全力で来てくれたのは最初の君の風体を見れば解る。私はこの隊の副隊長をしているパウル・F・クレストとという。あらためて礼を言いたい。本当に助かった、ありがとう」


「リョウマ様、心からお礼を申し上げます」


「いや、別にいい。皆をソシリアの村で待たせているので馬に戦利品を積み終えたら行かせてもらうね」


「いや、ちょっと待ってくれ! 馬車も壊れてしまったし、護衛も半分になってしまった! ギルドを介して君に緊急指名依頼を出す! ここに援軍が到着するまで我々と共にお嬢様を護衛してもらいたい!」


「エッ~!? 俺は今、ガラさんの指名依頼を受けてる最中なのだから無理だよ」

「ガラ殿なら大丈夫だ! 領主様とも懇意になされているし、何より領主からの緊急指名依頼の方が優先される。ガラ商会に与える損失は領主側で肩代わりするはずだ!」


 そう言い、パウルさんはお嬢様を見る。おそらくこの人にはそれを決める権限はないのだろう。 


「そうですね! リョウマ様、ぜひお願いいたします。ガラ殿には損失分はちゃんと支払いますのでご安心ください! それとあなたにも報奨を出さないといけません! このまま行かせてしまってはハーレン家の名が各方面で噂されてしまいます」


 後ろで侍女がなにやらあちこちにコールしまくってる。あーめんどくさい!


 間もなくイリスさんからコールが鳴っている……お早い対応ですこと。あの侍女の娘の方が優秀な気がする。あ、目が合った……下を向いて真っ赤になってる。この娘も凄く可愛い。



『ところでナビー、ユグちゃんと何を揉めて手間取ったんだ? 早く気づいてたのなら誰も死なずに済んだんじゃないか?』


『……ハイ……、助けたいユグちゃんとナビーの意見が分かれたのです』

『ん? ナビーは助けたくなかったのか?』


『……そうではありませんが、マスターに少しでも危険があるのなら、トラブル事は極力避けるべきだと女神アリア様たちからナビーは釘を刺されています。例の狼の時に御叱りを受けてしまいました……』


 どうやらあの白王狼の一件で、ちょっと五月蠅く言われたようだ。


『ふむ、それはもっともな話だけど、あの幼女女神の三人がストップをかけたのか……確かに絶対はないからトラブルは回避した方が良いのは理解できるけど、戦力差を考えたらあれくらい介入しても大丈夫じゃないか?』


『……万が一でもあれば、世界崩壊ですよ? 女神のお三方からすれば、水神殿で巫女たちとキャッキャウフフと安寧に暮らしてくれている方がずっと心安らぐのではないでしょうか?』


『キャッキャウフフは良いかもしれないが……折角異世界に来たんだ、俺はもっとこの世界を楽しみたい……』

『……はい、ナビーはマスターの味方ですので、その意思は尊重いたします』


『ところで、ナビーの本心は助けたかったのか?』

『……はい。彼女は死なすには惜しい娘です。女神様たちも助けたいという気持ちはナビー以上に有りましたが、マスターの命と比べたら答えは決まっています』


『まぁ、俺が死んじゃうと世界崩壊だしね……比べるまでもないか』


 さっきからコールが鳴りっぱなしだ……。

 仕方ない、出るまで鳴らしそうなので観念するか。


「何ですかイリスさん?」

『リョウマ君……今、わざとすぐ出なかったわよね?』


「何の事ですか? ちょっといま立て込んでいまして、急ぎでないのなら後にしてください。じゃあ切りますね」

『待って! ちょっと待ちなさい!』


「何ですか? 本当にいまは立て込んでいるのですが?」

『ふぅ、まぁいいわ……どうせあなたの事だから言わなくても分かっているのでしょう?』


「いえ、さっぱりです? 何の事でしょう?」

『リョウマ君、領主のギルドへの緊急依頼は、余程の理由がない場合は断れないのよ。諦めて観念しなさい、時間の無駄よ』


「チッ! 分かったよ! ハーレンのギルドは俺に貸しばっかり作ってちっとも返してくれないんだな!」

『もう、舌打ちなんかしてそんな意地悪言わないでよ! 必ず埋め合わせはするから。ね、お願い!』


「分かりました! 受ければいいんでしょ!」

『ありがとう、領主様からたっぷり依頼料はふんだくってあげるからね』


「イリスさん、すぐ横で領主のお嬢様が聞いているのですが……」

『なんでもっと早くそれを言わないのよ! リョウマのアホ!』


「アホって、あなた子供ですか。で、具体的にはどういう契約になるのですか?」


『決まったらまたコールするけど、おそらく増援の騎士団がそちらに着くまでの2日間の護衛任務ね。ソシリアの村まではガラさんの馬車で移動するようになるはずよ。おそらくもうガラ商隊も既に向かっているはずだわ。あなたからすれば簡単な依頼でしょ?』


「こちらも予定があったので、その2日間の拘束が嫌なのですけどね」

『そう言えばフィリア様に会いに行くんだったわね……ごめんなさいね』



 仕方ない、2日間ぼったくり村で休暇だ。

 馬車も【リストア】で時間を戻せば治せるのだが、領主なんかに見せると大変な事になりかねない。


 極力俺たちの情報は秘匿しよう。あー面倒だ!

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