8-3 ナターシャ・D・ハーレン

 盗賊の生き残りが5名いる。

 敢えて殺していないのには理由があるのだけど、 先に死んだフリを止めさせる必要がある。


「死んだフリをしているそこのやつ、立ってこっちにこい」


 5人いるのに、すぐに立ってこっちに来たのは1人だけだった。困った奴らだ。

 俺の後ろにいた騎士が剣を抜き、いきなりこっちに来たやつに切りかかろうとしたので、騎士を殴って取り押さえた。


「貴様! 何をするのだ!」

「お前こそなにやってんだよ! 誰かコイツを拘束しろ!」


「あの、助けてくださりありがとうございます! その者をお放し下さい! 私はハーレン領主の娘の―――

「あなたは少し黙ってろ! そこの騎士、こいつを拘束するんだ! 内通者の可能性がある!」


 冒険者が騎士に対してとる行動ではないのだが、いきなり殺そうとするこの騎士は怪しすぎる。


「貴様は何を言ってるのだ! 放せ! 冒険者の分際で許さぬぞ!」

「内通者とはどういうことでしょうか!? その者は命がけで私共を守ってくださっていました」


「騎士ならこいつらが普通の盗賊なのか、襲撃させた黒幕がいるのか、他にも潜伏者が居ないか、こいつらの拠点とか色々聞くことが山のようにあるはずだ。こいつはいきなりそいつを殺そうとしていた。騎士として有り得ない行為だ。口封じの為かも知れない……それなら生き残りを尋問もしないで殺そうとしたことにも納得できる。盗賊がこんな場所に30人で待機している時点で内通者がいると考えてもいい。先日のバナムでの門番やギルド職員関与の件もある。こいつもその残党かもしれない」


 俺の発言で急に信憑性が出たのか、騎士を不審な目で見始めた。


『……マスター、申し上げにくいのですが、その騎士はただアホなだけですね。仲間を殺され、逆上して殺そうとしただけのようです』


『うわ、騎士として失格ジャン。人としては分からないでもないけど、全然ダメじゃん』


 今更理由もなく放すわけにもいかないよな……めんどくせー!


「すまない……感情的になっていたようだ……放してくれ。確かに騎士として軽率な行動だった。疑われた理由は納得いくものだ。私にそいつの尋問をさせてくれないか?」


「あんた何言ってるんだ? あんたの疑いは何1つ晴れていないんだぞ? そう言って仲間の口をふさぐ気じゃないのか? 一度無くした信用がそう簡単に戻ると思うなよ!」


 はい、もう白だと分かっているのですけど、今更引けません。アホな行動をしたコイツが悪いのです。


「分かった……ダル! 俺を拘束しろ!」


「エエッ!? 副隊長、後で怒らないでくださいね?」

「そうでもしないとこいつは放してくれないだろう。下手したら私がこやつに殺されそうだ」


 この人副隊長なのか……ダルと呼ばれた騎士が副隊長に手枷をした。

 屈辱だと口をへの字にしていたが、素直に手枷を嵌めていた。


「さて、他のやつもさっさとこっちにこい! いつまで死んだフリしているんだ、本当に殺すぞ!」


 まだ4人は動かない。


 【サンダースピア】Lv5を一番信仰値の低い奴に落として再度警告する。


「んぎゃ! 行くから殺さないでくれ!」

「さっきのは威力の低い只の威嚇だ! 後3人! 次は上級魔法の【サンダガスピア】を残り3人に落とす。これが最後の警告だと思え! 食らったら間違いなく死ねるぞ」


 手の平に浮かべて周りにバリバリというスパーク音が鳴った瞬間、3人は跳び上がってこっちに走ってきて土下座した。


「殺さないでくれ! 逃げないから!」

「逃げないじゃない! 俺からは逃げられないし、逃がす気もない! 逃げられると思うなら逃げてみろ……10歩以内に他のやつと同じように首を落としてやる」


 周りには仲間の亡き骸が25体分転がっている。そのうち俺が首を刎ねたのが17体。

 本当に落とすと分かっているのでガクガク震えて顔色も良くない。


「そこの2人こっちに来い!」


 まずは犯罪履歴のないこの2名の処理からだな。


「お前はどこ出身の者だ?」

「俺はバナム出身で家は農家をやっています」


「なぜ犯罪歴の無い善良なお前が領主の娘の襲撃に参加した?」

「嫁が農作業中に大怪我をしてしまい、治療がいるのですがお金が無くて治してあげられないのです。このままだと足が腐ってしまい切らないといけなくなります。あちこち金策に行ったのですが、どこも厳しいようで中級回復剤が買える程のお金は集まりませんでした。とりあえず初級回復剤を与えて命は取り留めたものの、あのままでは足はダメになってしまいます」


「神殿に行ってみたのか? あそこなら安くヒール位掛けてくれるだろう? 命優先で、支払いも暫く待ってくれるはずだぞ?」


「一番最初に行ったのが神殿です! 金がないのなら帰れって言われました」


『ナビー、どういうことだ? バナムの神父は良い奴だったぞ? 俺の見る目がなかっただけか?』


『……神父じゃないですね。神殿の入口にいる門番が腐っているようです。こっちで対処しておきます』

『いや、ちょうどバナムに向かってるんだ、俺が行く』


『……ではお任せします。でも、やり過ぎないようにお願いしますね。腐ってはいますが、悪人ではありませんので』


『どういうことだ?』

『……神殿も無償で回復を行うと、他との軋轢が生じます。回復剤が暴落しますし、フリーの治癒師も生活があるので困ります。それを回避するために寄付という名目で神殿も対価としてお金を受け取っているのです。孤児院も維持しないといけませんからね。ただ今回のはちょっと門番の暴走ぶりが伺えますので精査する必要があります』


 裏で賄賂を受け取ってたとかではないらしい……悪人じゃない分めんどくせー!


「俺は神殿関係者だ。悪かったな、バナムの門番は調べてダメなら解雇する。これを持って行くといい。中級回復剤の4等級の物だ。それからそこの馬を1頭どれでも好きなヤツを連れていけ。実家でそのまま使ってもいいし売ってもいい。盗賊の馬は捕らえた俺に権利があるからな。何か言われたら俺の名前を出すといい。俺はバナム所属の冒険者のリョウマだ」


「リョウマって! あなたがあの最近有名なリョウマさんなのか?」

「どのリョウマかは知らないが、その回復剤を嫁に持って行ってやれ。二度と悪さをしようと考えるなよ。それと神殿に行って神様に感謝するんだな。お前が善良だから殺すなと俺に言ってきたのは女神様だからな」


 騎士の一人が勝手に盗賊を俺が逃がそうとしているのを止めようとしたが、領主の娘に制止される。


 中級回復剤を3本懐にしまって、そいつは馬に乗って急いで帰って行った。嫁に飲ませるために急いでいるのだろうが、途中で魔獣や盗賊に襲われなきゃいいけどな。


 俺たちもバナムに向かう途中だと言ったのだが、どうしても早く回復剤を届けたいと、急いで帰るそうだ。馬に乗ってれば魔獣なら大抵振り切れるからと本人が言ってるのだからこれ以上は大きなお世話だ。彼が選んだ馬は騎士が乗るというより、農耕馬に向いている大きくがっしりしたものだった。持久力が高いタイプで家で農作業に使うと喜んでいた。盗賊が持っていた鉄の剣と馬の飼葉、2泊分の食糧を持たせてやったが、上街道を駆け抜ける気のようだ。


『……マスターの気が変わって結局捕らえられる可能性も考えて、一刻も早くこの場を立ち去りたいという感情も大きいですね』


 そりゃそうか……捕まれば領主の娘を襲った盗賊の仲間として処刑確定だしね。



「リョウマってお名前がさっき聞こえましたが。バナム所属のあのリョウマさんですか?」


「あのリョウマさんがどのリョウマさんなのかは知らないけど、もうちょっと待ってくれ。急ぎだし、大事なことなのでそっちの話は後にしてくれないか」


「分かりました。邪魔してごめんなさい」


 素直に引き下がってくれた。


「次はお前だ、さっきのやつと同じ質問だ」

「おいらは、ばーちゃんだ! うちもさっきの人と同じく農家だけど、場所はハーレンの方だ」


「で、なんで加担したんだ?」

「ばーちゃんが死にそうなんだよ。おいらが採ってきたキノコの中に毒キノコが混じってたんだ! ハーレンの神父様に言って回復してもらったけど、毒が抜けなくて。神父様でもダメだったんだよ。あっちこっちで毒消しの上位の回復剤を探してたらこいつらが持ってるから協力しろって声を掛けてきて……店で売ってるやつは高くてとても買えないし」


『……騙されてますね。持ってるわけがありません』

『そうだな、上位の解毒剤なら盗賊なら売って金にするだろう』


「お前騙されてるぞ、盗賊がそんな良い物持ってたらすぐに売って女を買いに行くか酒代にしてるよ」

「やっぱりそうか……おいらも疑ってはいたんだけど、もう藁にもすがる気持ちでいたんだ」


「ばーちゃんの為でも犯罪は犯罪だぞ。この襲撃で御者も入れて4人が死んでいる。相手は貴族だ、良くて打ち首、下手したらお前の家族にも罪が及ぶかもな」


 罪の重さを理解したのか顔が青ざめて今にも倒れそうだ。

 見た感じまだ10代の少年のようだが、更生させるためにきつく言っておく必要がある。


「ばーちゃんどころか、お前の両親までお前のせいで縛り首だ。農民が暗殺を仕掛けた相手が王族なら3等親、領主などの上位貴族なら2等親まで罪が及ぶからな」

「おいらどうしたらいいんだ……ぐすん」


 とうとう泣き出した、この辺で許してやるか。


 メリルといい、さっきの奴もこいつも、善良な奴が犯罪に手を染めてしまわないといけない事案が多すぎる。

 物騒な世界だと思いつつも、少なからず日本でもある話だしと諦め、手を貸してやる。


「だが、お前は日頃の行いが良いと女神様が言っててな。さっきのやつと同じく見逃してやる。二度と悪い事を考えるなよ、お前のバカのせいで家族ごと死罪にになるところだったんだからな」


「うん、でもばーちゃんがまだ……」


「これを飲ませてやれ、上級解毒剤だ。1本飲めば完治するだろう。毒で体力と胃なども弱ってるはずだからこの中級回復剤も2本付けてやる」


「こんな高価な物貰っていいのか?」

「タダだとあれだからな、女神様に感謝の意も込めて、生活に余裕ができた時には孤児院に少しでもいいから寄付するようにしろ。それでチャラにしてやる」


「ありがとう! おいら一生懸命働いて孤児院にちゃんと返すから」

「ああ、そうしてくれれば女神様も喜ぶだろう。お前にも馬を一頭やるから好きなのを選べ。帰りはこの貴族についていくと良いだろう。さっきのやつみたいに無理して1人で行こうとして、もし途中で魔物に襲われてお前が死んだら薬を飲めないばーちゃんも死んじゃうぞ」


「騎士様は襲ったおいらを連れて行ってくれるかな? 途中で打ち首とかにされないかな?」

「女神様の意思を無視して、そんな事したらそいつに天罰が下るよ。誰もそんなことするわけないだろ」


 領主の娘を見たら頷いて答えてくれた。


「わたくしが責任を持って、その者を我が領地まで無事にお届けいたしますわ。ですが、見逃すのは今回だけですよ。どんな理由があったとしても犯罪行為はいけません」


「はい! もうしわけねぇです……2度と犯罪者と関わらねぇです! おいら、領主様の土地を一生懸命耕します!」


 この少年もさっきの奴が選んだような農耕馬向きのがっちりした若い馬だ。

 走るのはそれほど速くないが、持久力や力もあるので農作業にもってこいである。



 さて問題はここからだ。


「お前たちにも質問だ」


「俺はじーちゃんが

「嫁が

「妹が 


「「「ギャーッ!!」」」


 頭にきた俺は3人の太ももに投げナイフを一斉に投げた。


「リョウマさん! 何て事をなさるのですか!」


 この御嬢さんは何を言ってるんだ?


「今から尋問を行うのだが? なにか? 場合によってはそこの拘束している騎士にも聞く事になる」 

「そうではありません、なぜ何も聞く前にナイフを投げたのですか! 今のは尋問ではなく拷問です!」


「うわー、マジで言ってんのか……誰かこの嬢ちゃんを奥に連れて行ってやってくれ。お嬢様すぎて話にもならんわ。邪魔になるし見ていて気持ちのいいものでもない。騎士なら俺の言ってる意味わかるよね?」


「リョウマ殿、了解した。ささ、お嬢様侍女と一緒にあちらの方に行っていましょう」

「待ちなさい! 尋問をしようとしてるのは解ります! 領主代行として公務中なのです。私にはちゃんと見届ける義務があるのです」


「はぁ……じゃあ、あなたがやるといい。でしゃばってくるぐらいだ、聞くべき事も解っているのだよね?」

「解ります。貴族教育はちゃんと受けています」


 1、増援はあるのか、待機組は要るのか

 2、この襲撃の目的はなにか

 3、・内通者がいるのか

   ・黒幕が居るのか

   ・どこでこの情報を知り得て待ち伏せしたのか



「優先順位順にこんな感じでしょうか?」

「そうだな、それだけ解れば今はいい」


「まだ他にありますか?」

「そいつらのアジトがあるか聞かないとダメだな。近ければこのまま向かって残党狩りをしなくちゃいけない。拘束具でメールなどの連絡はできなくなっているけど、帰還予定を過ぎても帰らなかったり、定時連絡が入らなくなったら、こいつらはすぐに拠点を変えて逃げ出すからな。死んだふりしている間に既に連絡してるかもしれないが、時間との勝負になる。俺が急ぎだと言った理由でもある。それにアジトにあるお宝も頂戴しないといけないしな」


「なるほど、そうですね。時間が経てば逃げられるのですね。解りました。でも暴力はいけません」

「あんたよく仲間の死を前にしてそんな事が言えるよな。そっちの騎士さんの方が仲間思いで人情味があって俺には余程理解できる。そこの死んだ騎士の前で同じ事が言えるのか?」


「何度でも言います。それでも暴力はいけません!」


 スゲー! この娘マジもんの善人だ! でも今は厄介なだけだな。


「じゃあ、あなたの手腕で聞き出してください。俺にはこのアホどもを暴力無しで聞き出す自身はないですからね」


「ちゃんと話せば解ってもらえます」

「いや、さっきも言ったが時間との勝負なんだ。ゆっくりしてる暇はない。黒幕が居た場合に逃げられるだろ。そうしたらもし君を殺すのが目的なら達成されるまで何度でも敵は襲ってくるぞ。今回はただの盗賊の襲撃で、ここのメンバーで全員とかならこれで解決だけどな。状況が何も解からないから行う尋問なんだ」 


「解りました」



 面倒なお嬢様の尋問が始まった。

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