7-5 ギルドでのできごと

 お昼過ぎのギルドは朝夕と比べて静かなものだ。


 冒険者もまばらで、この時間帯に居る冒険者たちは大抵オフ中で、昼間から酒場に飲みに来ている者か、情報収拾に来ている者が大半だ。

 中には毎日寄合所にだべりにくるおジジおババのように、人恋しくて来ているだけの者もいる。


 依頼掲示板を熱心に眺めている者もいるが、この時間帯に残ってるような依頼で良いものはあまりない。条件の良い依頼は朝一の争奪戦ですでに皆が受けて持ち去っているからだ。


 ギルドの開いている時間は朝5時から夜7時までの14時間。当然職員の勤務時間も早番・遅番が発生するのだが、男性職員は夜勤もある。魔獣や盗賊などから夜間の襲撃があった場合など領主や国から緊急依頼が発生するからだ。その対処の為に常時2名夜間にも職員が配置されている。


 一階に併設してある酒場の方は10時~夜の11時まで開いているが、ギルドとは別枠だ。


 依頼掲示板に依頼が張り出されるのは朝5時と10時の2回。朝5時に張り出されるものは前日の朝9時~夜7時までにギルドに依頼があった物。10時に張り出されるものは朝5時~9時までに依頼があった当日のものだ。緊急依頼料を依頼主が支払えばその場ですぐ掲示されるという規定もある。



 この時間は当然並ばなくてもどこも空いている。俺たちは当然のようにイリスさんのいる受付に行き冒険者登録をする。俺とフェイは目深にフードを被って顔を見えないようにしていたのだが、イリスさんにはしゃべる間もなく一目でばれたみたいだ。


 サリエさんを連れ、このくそ暑い時期にフードマントを被った2人組は俺たちしかいないと断定されているみたいだ。


「こんにちはリョウマ君。リョウマ君にギルドの方からお願いがあるのだけど……そちらの方たちは?」


 俺はしゃべらず、ナシルさんに目配せし自分で語らせた。


「ナシルと言います。今日はこの子と2人、冒険者登録に来ました」


 イリスさんは即座に俺の方を見た。その顔はマジですか! と言う顔だ……ウン、言いたい事は分かりますよ。


 なにせナシルさんは酒場とか娼館の方が似合いそうなお色気たっぷりの美人さんだし、横にいる子供はこれまた驚くほど将来有望の器量良しだ。なにせ神様のお嫁様候補だしね。2人とも冒険者をやれるような雰囲気はまったくない。


「ちょっとリョウマ君、あなた何を考えてるの?」


「イリスさん、俺は付添いの第三者です。話してるのはそちらの親子ですよ。話し掛けているのを無視して俺に話し掛けてちゃダメでしょ。受付嬢としての仕事をしてください」


「はぁ、サリエさん、いったいどういう事ですか?」

「ん、リョウマの考えてる事はさっぱり!」


 イリスさんは俺を一睨みして話し始めた。


「失礼しました。冒険者登録をしたいとのことですね? 冒険者登録には1人金貨1枚が必要になりますが、今お持ちでしょうか?」


 俺はナシルさんに金貨2枚を握らせる。

 また、イリスさんに睨まれた。なぜ睨む!


「はい金貨2枚お受け取りしました。では簡単な注意事項と冒険者ギルドを利用するにあたっての基本的なルール説明をさせていただきます。今、お時間はよろしいですか?」


 ナシルさんは俺の方に振り返り、確認を取ろうとする。

 俺は頷いて、直接イリスさんに返事をする。


「時間はかまいません。彼女たちは素人ですので詳しい説明をよろしくお願いします」


 また睨まれた! ちゃんとした受付の仕事ジャン、なんで俺を睨むんですか?


 俺は隣のカウンターに行き、違う受付嬢に声を掛けたら他の受付嬢たちや職員が全員やってきて俺に礼を言ってきた。先日の肉とプリンのお礼が言いたかったようだ。気を良くした俺はさっそく紙カップ製のバニラアイスを取り出して皆にふるまった。


 配っている最中に服を引っ張られるので後ろを振り返ったら、子供が3人クレクレモードでこっちを見ていた。


「お前らはついさっき食べたばかりだろ!」


 サリエさんとフェイとメリルだ。


「こら! メリルは何でイリスさんの話を聞いてないんだ!」


 とりあえずメリルには拳骨を軽く入れといた。涙目になってたが当然の罰だ。


「イリスさんが冒険者の注意事項を分かり易く説明してくれてるんだ、ちゃんと聞いて来い! あとで質問するから、分かりませんって言ったら拳骨と夕飯抜きだからな!」


「うーっ! ごめんなさい!」


 とりあえずアイスは渡してあげた。勿論サリエさんとフェイにもうるさいのであげましたよ。

 職員と受付嬢は喜んでくれたが、イリスさんと周りの冒険者からは睨まれた。


 冒険者の方は俺が職員に媚を売ってご機嫌取りをしているように見えるのだろう。可愛い受付嬢が喜んでいるのがさらに気に入らないと見える。フンとかあからさまに聞こえるように鼻を鳴らして挑発してくる。


 フードを目深に被っているので俺の顔までは見えないだろうが、気に入らないという感じで睨んでいる視線を感じる。あまり声変わりはしてないが、少年の声なので男と分かるのだろう。どんな奴か確かめるような熱い視線が集まっている。


 15分ほどイリスさんから説明を受けたナシル親子は、嬉しそうにブロンズカードを受け取って俺の元にやって来た。


「リョウマ君、冒険者登録できました。ブロンズカードです。それと受付のイリスさんがリョウマ君を呼んでいます」


 ナシルさんにお疲れ様と言ってアイスを渡してあげる。

 見計らったように、数名の冒険者がこっちに向かってくるのが見えたが、俺はイリスさんのところに向かった。


「イリスさん、俺に何か用ですか?」

「ええ、ギルドからお願いがあるんだけど、その前にあの親子のことを説明してくれるかな?」


「説明も何も冒険者になったんですよ? 期待の新人です!」

「ふざけないで。あの親子に冒険者は務まらないのは一目瞭然でしょ? 何か理由があるのでしょ?」


「ちゃんと秘密は守ってくださいね」

「勿論そんなこと当然じゃない」


「バナムじゃ、その当然が守れていなかったですけどね」


 余計な事を言ってしまって、また睨まれた。


「はぁ、またアホどもがきたわよ。あんな不釣り合いな彼女たちを連れてくるからよ。あまり大事にしないでよね」


 先にイリスさんに念を押されてしまった。


 それにしても冒険者ギルドはお約束的にバカが絡んでくるな~。まぁ、この時間にギルドの酒場に居るような奴は、元々真面目でない者が多いから仕方がない。オフ中ならともかく昼間っから酒を飲んでるような奴らだ。



「ヒョー! 色っぽいネーチャンだ! 冒険者になったのか? 俺たちがお祝いに奢ってやるから奥で酌でもしてくれ! 冒険者の暗黙のルールってのを教えてやる! そっちのちっこい嬢ちゃんも可愛いな!」


 お! 珍しくフェイが俺の方にそそくさ逃げてきた。今回は上手く躱したな。後で旨いもの食わせてやろう! メリルも俺の後ろにさっと隠れて顔だけ出して覗いている。フェイより素早いではないか、合格だ! 後はナシルさんだな。


「今日は連れが居ますので、またそのうち時間がある時にでも奢ってくださいね。討伐とか危険な依頼はできませんが、近場で簡単な依頼を受けて日銭を稼ぐつもりですので、私でもできそうな仕事があれば教えて頂けるとありがたいです。その時はお願いしますね」


「え、ああ、そうだな。何でも聞いてくれ! 一応俺はシルバーランクだからな。勿論教えてやるぞ!」


 へー、ちょっと酔って絡んできた35歳ぐらいの冒険者たちを上手くあしらっている。

 ナシルさんて前職は酒場とかなのか? やたらと酔っぱらいのあしらいが上手い。先に頼られて頭を下げられたものだから、顔を赤らめてモジモジして会話にすらなっていない。


 お! さらに真打がやって来たぞ。


「何やってんだ! 情けない奴らばっかりだな! ほらこっちにきて酒の酌をするんだよ!」


 ナシルさんの肩に手をまわそうとした時、サリエさんが割って入った。


「なんだこのちっこいガキは? ガキに用はない! 邪魔だ!」


「サリエさんありがとうございます。でも大丈夫ですよ。あなたたちも小さな子供の前でみっともないですよ。良い大人なんですからちゃんと分別を弁えましょうね」


 サリエさんが後ろに下がったと同時にそいつはナシルさんの肩に手を置いた。

 『ズンッ!』鈍い音とともにナシルさんの肩に手を置いた冒険者がひっくり返って口から泡を吹いている。


 俺……見ちゃいました! ナシルさんの膝が股間にクリーンヒットでした! 瞬殺です!


「このアマ! 何するんだ! おいバッソ生きてるか!」


 これにはイリスさんも目が点になっていた。うん、俺もびっくりだ!


「何するじゃないですよ? 子持ちの女に無闇に触ろうとすれば法で罰せられますよ。分かってやっているのですか? 酔ってたからではすみませんよ? なんでしたら憲兵呼びましょうか?」


「いや悪かった。憲兵は許してやってくれ。おい行くぞ」

「行くぞじゃねーよ! バッソがやられたんだ! 俺は許さねー!」


 バカが剣を抜いた。


 流石に不味いと思って向かおうとしたのだが、チンと音がしたと思ったら目の前の男は8回切られていた。


 サリエさんだ……スゲー!


 1秒に満たない間に双剣で4回ずつ切ったのだ。

 しかも深手を負わせず、せいぜい薄皮を切って血が薄ら滲む程度にだ。


「サリエさん凄いです! 兄様より強いですね!」

「サリエおねーちゃん強~い!」


 フェイもメリルも大興奮だ。


 切られた冒険者は装備品が全部ボロボロになった上に抜いた剣まで切断されていた。

 シルバーランクの冒険者の装備品だ。今ので100万以上の大損害だろう。頑張ってまた買うんだぞ。相手が悪かったな。


 俺はフードを外して、柄の部分しかなくなった剣を持って呆然としている冒険者のところに行く。


「あんた、ゴールドランクのサリエさんの前で剣を抜いちゃダメだろ。冒険者のルールを教えるとか言ってたが、そっちこそ全然分かってないんじゃないか?」


「ゲッ! お前は双子の銀髪! ゴールドランク?」


 奥で飲んでた奴らが出てきて、サリエさんに頭を下げた。


「サリエさん、許してやってくれ。こいつらいつも下の階で飲んでるから、サリエさんの事を知らないんだ」

「ん! 知ってる知らない関係ない! やたらと女に絡むのは良くない!」


「ああ、ちゃんと言い聞かせておくから勘弁してやってくれないか?」

「ん! ちゃんとナシルさんに謝る!」


「ほらお前ら!」

「連れがすまなかった……許してほしい。本人は泡吹いて気を失ってるので俺が謝る」


「はい、いいです許しましょう。私の主人も冒険者でしたから、あなたたちのようなお友達をよく連れてきていました。でも飲んで絡むのは良くないですよ? 口説くならうちの主人のように素面で誠心誠意真剣に口説いてくださいな」


 言うね~ナシルさん! ドキッとするほどのいい女だ! 目の前の野郎も顔を赤らめて見入っている。


「フェイ、ちょっとは参考になったか? 同じ蹴るにしても段階があっただろ? お前みたいにいきなり蹴ったらダメなんだぞ? サリエさんだって相手が剣を抜くまで我慢してただろ」


「はい兄様! サリエさんもナシルさんもかっこ良かったです!」


「あんたらが双子の銀髪兄妹か?」

「うん? 世間では俺たちそう呼ばれているの?」


「ハーレンとバナムじゃ、あんたら兄妹に絡む奴はいないよ。何でフードなんか被ってるんだよ! 被ってなかったらこいつらだって絡まなかっただろうに!」


「人見て選んで絡んじゃダメだろ! 最初から絡むんじゃないよ! まぁ、今回はフェイがちゃんと前回の反省ができてるかと、ナシルさんが1人でどこまで対処できるか見たかったんだよね~」


「兄様そうなのですか? 私たちを試すためにフードを被らせたのですか?」

「うん、そうだよ」


「俺たちは噛ませ犬かよ! ひで~!」


 フェイは頬を膨らませてちょっと怒ってるアピールをしている。超可愛い。


「今回はちゃんと俺のとこにきて回避してたから合格だ。あとで旨いものを食わせてやろう」

「兄様本当ですか! 何食べさせてくれるのです? えへへ」


 実にチョロイ奴だ……そのうち食い物で酷い目に遭いそうで心配だ。


「ん! 私も頑張ってやっつけた!」

「サリエさんもかっこよかったですからね。ちゃんと御馳走します」


 一応泡吹いてるやつにヒールしておいてやった。


「ナシルさんは意外でしたね。前職って何してたのですか?」

「貴族の屋敷でまかないと掃除をする家政婦ですね」


「その貴族のお仕事は、倒れる程きつかったのですか?」

「奥様と一人娘のエリス様はお優しいお方でしたが、主様が厳しいお方でして、一度に3人も使用人が辞めてしまって。その負担が私たち残った者に一気にきたものですから……」


 家事が手馴れてたのはそういう理由か。元プロだから手際が良かったんだな。冒険者に物怖じしないのは亡き旦那さんの友人たちのせいなのか。


 用は済んだと帰ろうとしたら、イリスさんに怒られた。


「お願いがあるって言ったじゃない! なにしれっと帰ろうとしてるのよ! それに私だけお土産貰ってないわよ! 私、結構リョウマ君の為に頑張っているのに、扱い酷くない?」


「だってギルドのお願いってどうせ碌な事じゃないですよね?」

「まぁ……そうなんだけど、話だけでも聞いてくれないかな?」


 そう言ってる時にドタドタと大きな足音がしてきた……あちゃー、また面倒なのが来たよ。


「リョウマよ! 来ておったか! お願いじゃ! ワニと牛をもう少し譲ってくれぬか! 後生じゃ!」

「イリスさん、このおっさん何でこんなに必死なの?」


「先日出してもらったヤツをオークションに掛けるのに、関係者に発表したんだけどね。既に予約が殺到して足らない状況なのよ。あっちこっちの貴族や王族にまで突き上げられて、どうやって分配したらいいか、角が立たないか悩んでるみたいだけど、どうやってもどこかしらから苦情が来るレベルでお肉が足らないみたいなの」


 オークションだと高い値を払ったものが落札する。そうなるとオークションに出席すると予約を入れている者全員にお肉が行き渡らない。せめて王族や上位貴族分が確保できれば小売業者が落札でき、他の貴族にも小売りで肉が回る仕組みのようだ。


「で、俺に泣き付いてるって次第ですか……ギルマスなんですからあなたが仕切って討伐の為のレイドPTを組ませて狩らせに行けばいいのに、なんでそうしないのですか? 定期的にそうすれば供給も安定するし、皆も定期的に食べられるようになるでしょうに」


「図体ばっかりデカくて、中身が足りてないんでしょう」

「イリス、ちと酷くないか? 儂は凄く傷ついたぞ! リョウマよお願いじゃ、持ってるんじゃろ? もう少し出してくれぬか?」


「前回も言ったでしょう。神殿に寄付したいからこれ以上はあげないって」


「うー、そこをなんとかじゃな……イリスお願いじゃ!」

「何でイリスさんにお願いしてるんですか!」


「私が交渉をしてお肉を売ってもらえたら特別ボーナスが出るんだよね……」

「それ、俺に何の関係もないですよね?」


「そうね。ボーナス云々はなしにして正直に言うわね。王族がまた絡んでるので、マジ面倒なのでもう少しお肉を譲ってください!」


「ぶっちゃけましたね! それが本音ですか?」

「貴族連中は本当に面倒なのよ! だからお願い! ワニ1、牛3をどうにかして譲って欲しいの! 良ければカメも1つ!」


「仕方ないですね……また貸しですよ? いつかちゃんと返してくださいね。それとワニとカメの魔石は売りませんからね。いや、ギルドで保管してあるカメと同等の品の火の魔石と交換してほしいですね。ワニの方は売りませんけど」


「売ってくれるの! 良かった! そうね、カメと同等なら火蜥蜴の魔石でどうかしら? ちょっと火の方が値打ちあるくらいよ? どうかしら?」


「条件は良いですね。それで手を打ちましょう」

「リョウマよありがとうな! 儂もこれでコールにビクビクせんで済む!」



 裏の解体部屋に行き、仕方なく素材を引き渡すのだった。

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