5-9 メリルちゃんの事情

 ソシアさんたちと別れ、ナビーにその子のいる場所に案内させながらフェイにも事情を簡単に説明した。


「兄様、急ぎましょう!」


 まぁ巫女を選定する神竜だしな。フェイが放っておくはずがないか。


 俺たち兄妹の急ぎ足で向かったので10分ほどでその場に着いた。

 そこにはとても可愛らしい女の子が涙を流してうずくまっていた。


「お嬢ちゃんどうしたのかな? 君の名前はなんて言うの?」


 急に声を掛けたのでとても警戒をされてしまった。こんな路地裏で声を掛けたら人攫いや犯罪者と思われても仕方ないか。


「警戒しなくていいよ。神様から頼まれて来たんだ。君ならこの意味分かるだろ?」

「さっきの声の神様?」


「そうだよ。あの声の神様は、この世界を管理しているとても凄い神様なんだよ」

「あの、私、悪い事をしようとしてて……神様に怒られて……ひぐっ……うぇーん!」


 緊張が解けたのだろう……大声で泣き出してしまった。

 不謹慎とは思ったが、巫女候補だけあって泣いてるのに可愛いし、とても賢そうに感じる。


「さぁ、泣いていないで、君の家に行ってお母さんの病気を診てみようか? 君の名前は?」


「メリルです、グスン……お母さんを助けてくれるの?」

「とりあえず診てみないとね。神殿の関係者だから俺たちのことは信用してくれるね?」


「うん、神様が直接怒ってくれたから信じる。でも……お金も食べる物ももう何もないの……グスン」


 俺はインベントリからオークの串焼きとおにぎりとミックスジュースを出した。


「まずこれをお飲み。栄養のある果物のジュースだから元気が出るぞ。歩きながらでも食べられるから、これをもって食べるといい。まだ一杯あるからゆっくり食べるんだぞ」


「食べていいの?」

「ああ、食べていいぞ」


「お兄ちゃんありがとう! 凄く美味しい!」


「サリエさん! ばれてますんで出てきてください」

「ん、やっぱりばれた……ごめんなさい」


「どうして後をつけたんです?」

「ん、リョウマ凄く慌ててた、揉め事なら手伝おうと思った」


「気持ちは有難いのですが、プライバシーを考えてほしいですね。神殿の機密事項とかだったらどうするのです?」

「ん、でも泣いてる子にご飯あげてただけ」


「フェイ、この子のジュースのお替りだ、ちょっと頼む」


 女の子と少し距離をおいた場所で、サリエさんに少し事情を説明することにした。このぐらいの歳の女の子は凄くデリケートなのだ。心に傷を負わせるわけにはいかない。


「あの子は巫女候補なのです。ですが4日ほど何も食べてなく、今しがた窃盗を犯すところでした。勿論自分の為ではなくて餓死寸前の母親の為です。父親はどこかのダンジョンで1月ほど前にソロの新人冒険者のトレインに巻き込まれてPTごと亡くなったそうです。そのこともこれから家に行って説明しないといけないのです。現在母親は過労で倒れて寝込んで働けないそうで、あの子が犯罪に手を染めようとした理由もそこにあるらしいです。安易に興味本位で関わっていい話じゃないですよ」


「ん、ごめんなさい。リョウマはどうする気でいるの?」

「お金と食べ物を渡して、ハイさようならじゃ済まないでしょうね。母親を回復させて、仕事ができるような状態まで面倒を見ることになるでしょう」


 メリルの家に着いたのだが、共同住宅の長屋って感じだ。スラムのあばら家よりはずっといいが、このままだと1週間もしないうちに母親は餓死、メリルは犯罪者か攫われて奴隷落ち、ゆくゆくは娼館の稼ぎ頭って具合になるだろう。


 家に中に入ったのだが、メリルはすぐに泣きだした。


「ワーン……お母さんごめんなさい!」


 後ろをゾロゾロとついて入って行ったため、お母さんは警戒している。


「あの、この子が何かしたのでしょうか?」

「いえ、そうではないのですが、この家の大体の事情は把握しています。少しお話があってきました。俺は神殿関係者のリョウマと言います」


 神殿の名を出したが、恰好はまんま冒険者なので余計に警戒されたかな。


「私はこの子の母親のナシルといいます。神殿の方がどのようなご用件でしょうか?」

「まず、あなたは餓死寸前なのを何とかしましょう。4日ほど何も食べてないのでしょ? これをどうぞ……メリルは先に食べたのでご安心ください」


「ごめんなさい……食べる気はあるのですが。もう体が受け付けないのです。食欲もあまりありません」


「う~ん、そうですね。じゃあ、これを飲んでください。食べるのは無理でも飲むのは少しなら大丈夫でしょ? この子の為に無理にでも飲んでください! 既にあなたは死にかけてます」


「お母さん死んじゃうの?」

「食べなかったらどんな人でも死んじゃうよ。でも俺が来たから大丈夫だよ」


 ナシルさんは少し咽びながらだが、一杯のミックスジュースを飲んでくれた。


「ありがとうございます。とても美味しかったです」

「落ち着いたようですし、話を進めますね。まずメリルですが神殿の巫女候補に選ばれました」


「エッ!? うちの子が巫女様にですか? どこの巫女様なのでしょう?」


『そう言えばどこの巫女なんだ?』

『水神殿です!』


『おお! そうなのか! ナナの友達になれそうだな! 水神殿とか、この子凄いじゃないか』


「なんと、かの水神殿の巫女様です。フィリア様の元で教えを頂ける巫女の中でも最上位の場所ですね。将来は約束されたようなものです」


「とても信じられないのですが、本当なのでしょうか? あなたたちも若いようですし、冒険者にしか見えないの―――きゃ!」


『その者たちは私が向かわせた者たちです。メリルは来年神託を授ける予定でしたのに……この子は先ほど……メリル自分で言いなさい!』


 ナシルさんの話の途中にユグちゃんが割り込んできた……ナシルさんが俺を疑ったのが気に入らなかったみたいだ。


「神様ごめんなさい! お母さんごめんなさい! 私はさっきお腹が空いてお店の物を盗もうとしました! それを神様がお声を掛けて止めてくれたのです……」


「今のお声は女神様なのでしょうか? 頭に直接お声が届いたように感じました」

「そうです。この世界を管理しておられるユグドラシル様です。本来神が直接関与することはないのですが、メリルの才能が潰えるのを惜しんだユグドラシル様が手助けを求めて来たので、こうやって俺がやってきたわけです。神が直接話し掛けたからといって、絶対巫女にならないといけないってわけではないので、その辺は誤解のないように」


「私も子供のころには巫女様に憧れて、毎日お祈りをしていました。今でも欠かさずお祈りはしております。この子にも物心がつくころには神様はちゃんといて観てくださっているから悪い事は絶対しちゃダメって言い聞かせていたのに……人様の物に手を出そうとするなんて!」


「あなたの為です……あなたが死にそうなので盗もうとしたのです。自分だけなら飢えて死ぬのを選んだでしょう。契約奴隷になることまで考えていたようですが、それもあなたの看病のため考えを捨てました。全てあなたの為です。怒るのは当然ですが、理由はちゃんと知っておいてあげてください。それと大事な話があります。あなたのご主人ですが……」


「ハイ、もう亡くなっているのですね? 分かっていました。なんとかして稼がなきゃと思っているのですが、仕事中に倒れて以来、体が思うようになりません。この先どうしたらいいのでしょう? 娘だけでも神殿の方で保護していただけないでしょうか?」


「お父さん死んじゃってるの? もう帰ってこないの?」

「残念だが1カ月ぐらい前に、新人の冒険者のミスに巻き込まれて、仲間のみんなと亡くなったそうだ」


「うちの人、やっと良い仲間が見つかったって喜んでいたのに……」

「ミスをしたのはソロの新人冒険者だそうです。罠の解除で魔物を呼び寄せてしまい、その挙句逃げまくって周りの魔獣を30体近く引き連れてご主人のいるPTに助けを求めて飛び込んだそうです。でも、力及ばず巻き込まれたメンバー全員亡くなったそうです」


「理由まで教えてくださりありがとうございます。生死が確認できないのは心の負担が大きいです。ひょっとしたら生きてるかもとどうしても思ってしまうのですが、朝になっても帰って来ない日が続くのです。それがもう何日も続いていて心も体も限界でした」


 死亡から1年が経てばフレンドリストから名前が消える為判断はできるのだが、名前が消えて確定されるまでは行方不明という扱いなのだ。家族としては安否が分からない1年は不安な期間になる。


「お母さん……」

「あなたの体を治せるか診てみますので、服を脱いでください。【クリーン】メリルもちょっとこっちにおいで。風呂暫く入ってないだろ? かなり匂うぞ【クリーン】」


「あの、脱ぐって?」

「すっぽんぽんで仰向けになってください。治療できるか診てみます」


「あの? あなたはお医者様なのでしょうか?」


「説明するのめんどくさい……フェイ脱がせろ……時間の無駄だ」

「ハイ兄様! ナシルさん、ちゃっちゃと脱いで兄様に治してもらいましょうね」


「きゃー! ちょっと待ってください!」



 うっ……なんて我が儘ボディーなんだ! やつれているが、立派なモノをお持ちですね!

 【ボディースキャン】うわー! これは酷い! 全身真っ黒じゃないか! 元々肝臓が悪かったのか。


「結論から言いますね。治せます……今から30分ほどかけて治療します。終わるころにはだいぶ楽になるでしょう。とりあえず【アクアガヒール】【異常回復】。水と聖属性の上級回復魔法を掛けました。後は水神殿のフィリア様のオリジナル魔法です。魔力の流れを良くして、停滞した魔素を循環して回復効果を高めます」


「フェイも手伝え、ちょっと厄介だ【アクアフロー】」

「はい兄様! うわー! 全身魔力停滞で真っ黒けですね。この赤い部位が病巣ですね」


 20分ほどフェイと治療を行い黒い部分が表示からなくなった。ナシルさんはちょっと口から涎を流し恍惚な表情をしている。


「ナシルさん、どうですか? かなり良くなったでしょう?」

「とても体が軽いです! 気分も凄く良いです!」


「でも筋力が弱ってるし、内臓も弱ってます。急には動けないので安静にしていてください。いま無理をしたら意味がありません」


 俺は部屋を見回し【ハウスクリーニング】で台所と部屋を浄化し、ベッドのシーツも引っぺがして処分した。かわりに新しい物を4枚渡しメリルに交換させる。


 台所に行き、鍋でおかゆを4人前ほど作ってテーブルに持ってきた。


「ナシルさん、これを食べてください。体調が良くなったのでお腹が空いたでしょう?」

「はい、何から何まですみません」


「それと食材と調理済みのモノも置いていきます。後、金貨10枚です」

「それは流石に受け取れません!」


「綺麗事は要らないです。断ってどうするつもりです? 収入どころか働き口もまだないのに。男好きのするイイ体をしてましたけど、娼婦にでもなるつもりですか? それならすぐ客は付くでしょうけど」


「兄様! またそんな意地悪言って!」

「食材やお金を渡しても何の解決になってないんだよ! それなのに目先の現実も見えてないから言ってるんだ! 金貨10枚でどのくらい暮らせるか知ってるか? 家賃払ったら大して残んないんだぞ! それなのに受け取れないとか、娘は母親の為に犯罪までしようと決意してたのに、頭来るんだよ! ここは頭下げて、なんとか動けるようになるまで食い繋ぐことを考えるのが子供の為じゃないのか?」


「兄様、メリルちゃんが怯えていますよ。もう少し柔らかく言ってあげたらどうですか?」

「お兄ちゃんが言ってることが正しいのはメリルでも分かる。お母さん、お兄ちゃんにお願いしよ?」


「リョウマさん、私が間違っていました。ここは甘えさせてもらいます。借りたお金は必ずお返しします。ありがとうございます」


「メリルは流石巫女に選ばれるだけあって、頭がいいな。そうだな、このお金はナシルさんじゃなくてメリルに貸してやる。それなら気兼ねなく使えるだろう? それからメリルは魔法の練習を毎日するように。大体、水神殿の巫女になろうとする人間がヒールひとつできないでどうする。メリルがヒールをできてたら、お前のお母さんも病気なんてすぐ治ってたんだぞ?」


「メリル、ヒールの魔法を覚えることできるの?」

「当たり前だろ、巫女様は俺がさっき使った上級ヒールも使えるぞ。頑張って覚えるんだぞ? 明後日か明々後日にまた来るから、その時初級魔法の本を持ってきてやる。ヒールを覚えたらそれだけでお金は稼げるからな。ナシルさんもその時もう1回治療しますので、それまでは安静にしていてください。まだ仕事はしてはいけないですよ、探すのもダメです。3、4日は家でじっとしててください。メリル、ちゃんと監視してろよ」


「うん、ちゃんと見てる。良くなってからじゃないとまた悪くなるんだよね?」

「そうだぞ、中途半端なのが一番ダメだ。お金は体が治ってから稼げばいいのだからな。まずは体が資本だ」


 次来るまでの間の十分な食料と水瓶にきれいな水、すぐ食べられる調理済みのモノも2食分用意してナシル家をあとにした。夏場だから大量に渡しても腐らすだけだからね。ナシルさんが1枠分の【亜空間倉庫】があるとの事だったので50個は収納できる。【亜空間倉庫】に入れとけば空気に触れない分長持ちするので大丈夫だろう。



『創主様ありがとうございました』

『……ユグちゃんがお礼を言わなくてもいいのに。あの子はマスターの嫁候補なのだから、マスターが庇護して当然なのです!』


『あはは、そう言えば『俺設定』ではそうなるんだな。嫁候補か、なら守ってあげて当然だな』


 サリエさんが何か言いたそうにしていたが、ずっと無言で宿屋まで付いてきていた。


 それにしても、ユグちゃんにはやはり心が芽生えてるな。

 ナビーもそうだが、もはや只のシステムじゃない……俺の影響なのは間違いないだろう。


 俺もそろそろ身の振り方をちゃんと考える頃なのかもしれない。

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