4-11 商隊長のガラさん

 フェイのまだ温かいの声で皆が一斉に狼の亡骸に触り始めたのだが、ガラさんが一喝。


「お前ら汚い手で触るんじゃない! 白い毛に汚れが付いたらどうするんだ!」


 なんか目が血走っていて怖い。超必死で狼に皆を近づけないようにしている。

 狼を6人がかりで転がして、死体のチェックをしたガラさんは超満足そうな笑みを浮かべている。


「リョウマ君! 期待以上だ! 魔国で捕獲された個体より、噂通りならおそらく2、3回りほど大きいし、なにより傷がまったく無い。この毛皮は素晴らしい極上品だよ!」


「リョウマ君、興奮気味のガラさんは後にして先にこちらの質問良いかな?」

「なんですマチルダさん?」


「首元に刺し傷とチョイ焼けた跡があるぐらいで、他に外傷が無いのだけれど。あの大きさの魔獣をどうやって倒したの?」


 他の皆も興味があるのか、頷いて聞き耳を立てている。説明してあげようとしたところに、例のレベルアップ痛の2名が爽やかな顔でやってきた。


「お二人さんもう治まりましたか?」

「ああ! 絶好調だ! リョウマ君、中級魔法はいいね! 早く実戦で使いたいよ!」


「朝からテンション高いですね。ステーキ取ってありますけど食べますか?」


「ありがとう! 遠慮無く頂くよ!」

「俺も頂くよ、ありがとうな」


『……マスター、さっきの動画の編集終えてます。10分丁度に繋いでみました』

『え? そうなの?』


『……当然じゃないですか。相手は王種ですよ、ナナや神殿巫女に見せてちゃんとマスターのことを崇拝させないといけないでしょ?』


『お前……だから不甲斐無いところ見せた時怒ってたのか! 後で巫女に見せる気満々だったから……』

『……最初のはみっともないと思ったのですが、一方的に倒してしまってはワンコの強さが分かりませんので、編集の結果あれはあれで必要な要素と結論しました。それに最後にあのワンコは良い演出をしてくれたので最高の仕上がりになったと思います。ただ暗視撮影と言うのだけが欠点ですね』


『演出って……なんかあいつが可哀想になってきた』


「えーと、戦闘時の動画を記録して残してあるのですが、見たいです?」


「ん! 見たい!」

「「「見たいです!」」」


「殆んどの人が見たいようですね、10分の動画なので何か飲みながら見ますか。興味の無い人はまだ日の出まで少し時間もありますし、寝るなりテントを片付けるなりしててください」


 いつものように【クリスタルプレート】を200インチサイズに拡大し動画を再生した。当然大きくなった【クリスタルプレート】のことを突っ込んで聞いてきたが、『秘密です』と質問は拒否する。


 暗視撮影にしてはやけにくっきり映っていると思ったら、ナビーが少し加工したようだ。これならさほど違和感なく見ていられる。


 最初のシーンは上空から撮影した俺と狼の群れがかち合った場面からだった。俺が最初に放った魔法でいきなり6匹やっつけたのに驚いた人と、3匹もあれに耐えたのがいることに驚いた組、人型でない魔獣がマジックシールドを展開していたことに驚いた組とに分かれた。ちなみに俺は3番目のマジックシールドに驚いた組に入る。


 そして一瞬で距離を詰められ、前足で叩かれるシーンへ。


「狼、速い! ヒッ!」

「成程……これで兄様は泥まみれだったのですね?」

「あれでよく生きてられるよな……」


 感想は色々人によって違っていた。


「マジックシールドと物理防御、魔法防御を掛けてなかったら即死でしたね。犬がネコパンチしてくるとは思っていませんでした……」


 俺の言葉に皆ちょっと引いてた。


 威圧攻撃とエアカッターのような攻撃、そして噛み付き攻撃。

 噛み付き攻撃では俺のシールドがギャリギャリ音を立てヒビが入った時には「ヒョエー!」とか声が上がっていた。


「噛み付きも脅威でしたが、厄介だったのがあの威圧系の音波攻撃です。見えないし範囲は広いし、おまけに無詠唱でしょ。発動時に大口を開けて少しタメがあったので、ある程度距離が近ければ躱せたのですが、俺はあまり近接が得意じゃないのである程度距離を開けていたので躱せませんでした。掠っただけで5秒ぐらいの硬直が起きるので、その間が無防備になって結局噛み付かれちゃったのです」


「成程、あの不自然にリョウマ君の動きが止まってたのは威圧系の硬直攻撃だったのか」

「はい、しかもあいつ頭が良いのでリバフもしっかりしてましたから、凄く焦りましたよ」


「リョウマ君が、え? みたいな顔をしたときかな、リバフされたの?」

「うー、そうです。折角壊したマジックバリアがリバフで復活した時は一瞬呆けてしまってました。慌ててこっちもリバフしましたが、あの時はかなりショックでしたね」


「剣から刀? に持ち替えて、刺した刀身に雷を打ち込んだのか!」

「「「スゲー!」」」


「あいつの表皮なのか体毛なのか、それともマジックバリア的な物かは判らなかったのですが、かなり魔法耐性が高かったのでああいう手段で倒しました。刀は刺すのと切るのには特化してますから、持ち替えてみました。刀は初めて使ったのですが、俺との相性は良い感じでしたね」


「狼の最後の断末魔の叫びか……うわっ、雷で頭が逝かれたのか? リョウマ君に尻尾振ってるよ」

「成程ねー、ブロンズランクのヒーラーさんにはそう見えるんですね。では同級生でゴールドランクのソシアさんはどう見ますか?」


「エッ!? 私? いきなりこっちに振るんだね。そうだね、断末魔って言うより咆哮? 遠吠えみたいだったけど、仲間を逃がしたんじゃないかな? 最後の命令みたいな感じ? そして尻尾振ったのは、リョウマ君に対して最後に気力を振り絞って狼なりの精いっぱいの敬意の表れだと思う。流石王狼って思ったんだっけど違うのかな? でも、私はまだアイアンランクの冒険者だよ? クランとしてはゴールドだけどね」


 うーっ、俺はブロンズランク並みのレベルか。ソシアさんクラスだと感じ取れるんだな。


「俺もそう感じました。実は近くまでシルバーウルフの後続部隊が迫ってました。でも遠吠えを聞いたらすぐに引き返したので、来ても殺されるだけだと教え、仲間を逃がしたんだと思います。だからガラさんに売るのを渋ってたのは意地悪じゃなくて、このワンコがちょっと気に入ったので、商人や貴族の金儲けや見世物にしたくなかったんですよね」


「うーっ、頭が逝かれたとか言ってごめんよワンコ~! なんてかっこいい奴なんだ!」


 何泣いてんだこの人……周りを見たら5人が狼に感動して泣いていた。マジですか……。


「えーっ泣くほどですか? ってマチルダさん! あんたもかい!」

「だって~、死闘を行った相手に敬意を払って笑って逝ける人間がそういるとは思えません。なのにこのワンちゃんはかっこいいです。ぐすっ……感動です」


「リョウマ君、その動画、俺にもくれないかな? 毛皮を献上する時に、いかにその狼が王らしく立派だったのか皆に知らしめることができる! 毛皮の価値もうなぎ上りだ!」


「うわー、ガラさん商人魂丸出しですね。でも却下です! 理由は俺のあまり見せたくない特殊なスキルのオンパレードが皆にばれちゃうじゃないですか。特に無詠唱の多重発動なんて国家レベルでヤバいスキルです。情報を引き出すために幽閉なり隔離なりされちゃいますよ。もし他国に渡っちゃったら逆に脅威になっちゃいますしね」


「そこまで警戒する必要があるのかね?」

「何言ってるんですか、ちょっと想像してみてください。さっき見たのは一番強力なのでも単スキルの【サンダガスピア】です。もしこれを広範囲の禁呪指定の【メテオ】とか【地獄の業火】なんかを連弾で放ったらどうなっちゃうと思います? 王都が数秒で滅んじゃいますよ。それでも警戒はいらないと言えます? 俺が国王なら最大限に警戒して国に取り込むか、できなければ監禁、幽閉、情報も引き出せないのならいっそのこと暗殺と考えますけどね」


 皆がシーンと静まり返った。危険性が正しく理解できたのだろう。


「ならどうして、皆の前で見せるような真似をしたんだ? 自分の身の危険性を理解しているのに何故?」

「最初は完全に隠す気だったのですけどね。ログハウスの件や食事の件で早々に諦めました」


「あーね、納得だ」


「ですよね! 便利な特殊スキルを折角持っているのに、不味い干し肉かじったり、面倒なテントなんか張ってられないですよ! 折角快適で安全な結界・風呂・トイレ付ログハウスを開発したのに使わないのは有り得ないです。だからと言って、知られるのが危険なのにこっちから見せびらかすのも同じくらいないですよね。なので動画公開はなしです。まぁ、動画を加工して顔を一切出さずに、ガラさんが俺の名前や素性を一切外部に漏らさないと約束してくれるなら、いいですけど」


 教えるメリットはあまりない……じゃあどうして?

 俺にはフィリア様がいるもんね! 彼女、王様より発言力有るみたいだし。

 何かあっても、最悪な事態になる前に、女神幼女三柱が介入してくると思っている。


「ああ! それでいいから、是非その動画がほしい!」

「分かりました。ハーレンに到着するまでに動画の方は加工しておきます。それと肝心な売却価格の話がまだでしたね。どの位の金額を提示してくれるかによってこの話は当然なしです」


「勿論オークションに出すより良い金額を出すつもりだ。今回は是が非でも欲しいからな。リョウマ君の気が変わらないだけの額を算出するよ。実は既にうちの商会の者を叩き起こして、過去の相場や今の予想額を調べさせている。早朝なので詳しくは調べられないだろうが、予想額位は算出できるだろう。言ってるうちにメールが届いた。……うっ」


「どうしましたガラさん? なんか顔が青いですよ?」

「予想最低額が、1500万ジェニーからだそうだ。予想落札額は3000万ジェニーで、最高額が4500万ジェニーぐらいになるんじゃないかとうちの鑑定士は予想している。ちなみに1500万ジェニーというのは10年前の魔国で捕獲されたものに付いた値だそうだ」


 周りの冒険者たちは金額を聞いて、羨ましいとか羨望の眼差しで俺の方を見ている。

 冒険者はランクにより地位や名誉を大事にする者もいるが、本質は稼いでなんぼの世界だ。羨望の眼差しも理解できる。俺が逆の立場でも、一発で家が買えるほどの魔獣を引き当てたのだ、羨ましく思うだろう。


「俺の予想していた金額と違ってました」

「うっ、この額でもまだ少ないと言うのか」


「逆ですよ、せいぜい300万ほどかなって思っていたのですが、まさか家並みとは思ってませんでした」

「まぁ、時期があれなのもあるからな、もう少し詳しく市場調査をさせてほしい。リョウマ君が300万って言ったからって、足元を見て安くする事はない。約束通り調べた額の最高額で買わせてもらう。リョウマ君とは今後もいい関係でいたいからな。信用を失ってしまうような真似はしないと約束しよう。それとホワイトファングウルフの剥ぎ取りはハーレンの店で行いたい。相手方の意向を聞いて、剥製にするのか頭付きの敷物がいいとか、希望があるかも知れない。それに高額魔獣なので剥ぎ取りは専門の職人に任せようと思うがいいか?」


「ええ、それでいいです。それと追加のシルバーウルフ8匹なのですが」

「それもできればうちの商会に売ってほしい」


 実はナビーから待ったがかかっている。

 冒険者ギルドで討伐依頼が3件出ているらしい。剥製、敷物用、1件がコートにしたいそうだ。

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