1-7 水神殿の主

 22時頃に、コンコンとドアを誰かが軽くノックする。

 早寝・早起きの神殿では皆もう寝入っている時間だ。誰だろうと思いながらベッドに腰掛ける。


 「どうぞ」と声を掛けると静かに入ってきて扉を閉めた。

 見知った顔じゃなかったので俺は席を立とうとしたのだが、手で制されたのでそのまま座って待った。


 俺の前まできて「こんな夜分に申し訳ありません」そう言いながら片膝をつき深く頭を下げた。


「いえいえ、まだ起きてましたし、そこまでする程のことじゃないですよ。頭を上げてください」


 部屋に入ってきた女性は、膝下まであるライトブルーのとても綺麗なストレートヘアが真っ先に目に付く20歳前後の超綺麗なお姉さんだった。フィリアも長くて綺麗な髪だが、ここまで綺麗な長い髪の人を俺は初めて見た。


 今は片膝を付いて頭を下げているので綺麗な髪が見事に床に広がってる。

 狙って演出したのかと思えるほどの美しさだ。


「はじめまして、創主様。私はこの―――


 女の人が喋っている最中にパタパタとこっちに走ってくる音がしてゴンゴンと部屋をノックした。いや、強く叩いた。そしてこちらが返事する前に扉が開かれる。


 ベッドに腰掛けてる俺の前で片膝を付き頭を下げている女性を見て、乱暴に入ってきた人が固まった。

 固まっていたのはフィリアだ。


 この呆けたアホ顔は例のあの泉で裸同士で見つめ合った時以来だな。

 そんなことを考えていたのが悪かったのか―――


「リョウマ! 其方、ネレイス様になんて格好をさせておるのじゃ!」


 凄い大声で怒鳴られた。

 当然そんな大声を皆が寝静まった夜に出したらこうなるよね……。

 ゾロゾロと寝ていた人が起きてきました……当然例のあのおっかない人も。


「フィリア様! 何かありましたか!」


 全速で走ってきたであろう例の姫騎士様は可愛いパジャマを着ていました。

 でも、右手にはしっかりと剣を握って。


 例の彼女はこっちを見ています……殺気を込めて睨んでいます!


 その見られてる俺の現状なのですが。

 ベッドに腰掛け、その前には片膝付かせ頭を下げている美女。

 それを見て怒れるフィリア様の図……姫騎士様、絶対変な勘違いしそうだよな。

 そっちから見たら、彼女に性的ご奉仕をさせてるように見えてるのかな?


「また貴様か! 今度は何をした! その首切り捨ててくれる!」


 ちょっと、其処の綺麗なお姉さん。いつまで頭下げてるんですか? 絶対ワザとですよね! この状況を楽しんでいますよね! 仕方がないのでベッドから降り、跪いてる綺麗なお姉さんの手を取って立たせる。


 その際に、彼女にだけ聞こえるくらいの声で囁く。


「ネレイス、俺のことはまだ秘密で……」


 ハイ。と小さく返答があった。


 立ち上がった彼女は、俺の頭に軽く手をのせなにかつぶやいた。

 どうやらこの神殿の主である水竜さんが、俺の部屋まで挨拶と加護を与えにきてくれたようだ。

 フィリアのせいでゆっくり話もできなくなったけどね。

 秘密と言ったのは、勿論俺が『創造主』だということ。何故かアリアたちの思惑で『使徒』ということになっているが、これ以上大事にしたくはないのだ。



「フィリア、お行儀が悪いですよ。扉のノックは静かにするものです。それに返答がある前に開けてはダメですよ。もし私たちが愛の営みの最中だった場合どうするのです?」


 ネレイス、この状況で煽るの止めて!


 フィリアは数十年ぶりに見たネレイスの態度が以前と変わらないのを見て、さっきネレイスがリョウマになぜ跪いていたのか考えているようだ。


「カリナさんもそんな物騒な物はしまいなさい。この神殿には不要のものです」


 剣が不要と言われた例の姫騎士様は、自分の仕事を否定されたように感じたのか、語気を荒げて言い返した……ネレイスに剣を向けながら。


「騎士が剣を捨ててどうする! こんな夜更けにお前はどうやって忍び込んだ! 場合によっては切り捨てるぞ!」


 馬鹿だコイツ! この状況で分からん奴がいるとは……。

 神託で祝福された者意外は入れない神域、そこに知らない女性……さぁ、この人だーれだ。


「カリナ! 控えよ! ネレイス様、お久しぶりでございます。どうか姫騎士の無礼をお許しくださいませ」


 フィリア、綺麗な土下座だね……うちの課長にも勝てそうなくらい美しい土下座だよ!

 ネレイス様と聞いて焦ったのが例の姫騎士のカリナ隊長だ。

 剣を床に置き、フィリアの横でツイン土下座だ……顔面蒼白で今にも倒れそうだ。


 自分が一生懸命これまで崇め奉ってきた存在に剣を向け、「切り捨てる」とまで言ってしまったのだ。


「ネレイス様! 知らぬ事とはいえ、とんだ御無礼を働いてしまいました! どんな罰でもお受けします。どうかお許しくださいませ」


 カリナ隊長は可哀想なくらいボロボロ涙を流して許しを請うが、当の水神様は……。


「些事たること、気にするほどのことではないですよ。それよりもう夜も深い……私は戻って寝るとします。皆もそうなさい。あなたたちの日々の祈りや努力はちゃんと見ていますよ。私はとても感謝しています。これからもよろしくね」


 そう言い、何か聞きたげなフィリアとカリナを残し、一人さっさと部屋を出て行ってしまった。


「お前のせいだ! お前のせいでネレイス様に無礼を働いてしまったじゃないか!」


「え~~!? 俺かよ? 前回の非は認めるけど、今回はなにもしてないだろ?」


 1、ベッドに腰掛けてただけ

 2、フィリアが勘違いで大きな声を出す

 3、カリナ隊長が暴走して自爆


「ほら! 今回、俺、何もしてないじゃん!」


「カリナ、言い掛かりはよさぬか。今回の件は其方の勘違いじゃろう。自業自得じゃ。騎士隊長ともあろう者が人のせいにするでない」


 フィリア庇ってくれてありがとう。でも原因作ったの君だよね。

 あと俺、その人苦手なんです。


「でも、フィリア様が騒いだせいも少しはあるよね?」

「うっ……そうじゃの、妾が一番悪かったの……皆、夜中に騒いですまなんだ」


 フィリアに怒られ、さらに落ち込み肩を落とすカリナ隊長……凄く嫌な空気だ。

 パンパンと2回手を叩き、この場の雰囲気を変える為にフィリアが発言する。


「じゃが、其方らは本当に運がいいの~アリア様に続いてネレイス様までご拝見できるとは。任期まで神殿に務めても一度もお顔を見ることなく下山する者が殆どなのじゃぞ。良かったの~ひ孫の代まで自慢できるな」


 フィリアの言葉を聞いた巫女たちが色めき立つ! そうなのだ、皆初めて自分の崇拝する者の顔を見れたのだ。

 しかも、噂に違わぬ美しくて優しげな神殿の主に感謝と労いまで頂いたのだ。嬉しくないはずがない。


 一瞬で場の雰囲気が変わった。幼女とは思えない程の心遣いだ。

 巫女長やれる器だ。子供と思って侮るととんでもない目に遭いそうだ。気を付けるようにしよう。


「さあ今日はもう遅い、ネレイス様に叱られるでな。我らも寝るとしようかの、さあ解散じゃ!」


 皆に声を掛けて全員部屋から追い出す。


「リョウマ……明日ちゃんと説明するのじゃぞ。アリア様の事といい今回の事といい、あまり隠し事をされると妾は病気になってしまいそうじゃ」


 上目遣いで病気になるとか。

 仕方ないな。


「そうですね、今回のことは明日話します。お騒がせしました。まぁ、今回騒ぎになったのはフィリア様のせいですけど……普通に静かにノックをして入ってくれば、もっとゆっくり三人でネレイス様とお話できたのに……。あなたが騒いだからすぐ帰っちゃったじゃないですか。聞きたいこともあったのになぁ」


「やはり妾のせいで帰ったのか? はぁ~、でも何故ここに?」

「今日はもう遅いので、明日説明します。おやすみなさい」


 フィリアは何か言いたそうにしてたが、部屋から追い出した。


 とても密度の濃い1日だった……今日はマジ疲れた。






 朝、腹に軽い痛みと重みで目が覚めた。目の前には腹にまたがったナナがいた。


「リョーマー、朝ですよー。エサですよー! 起きろー!」


 キャッキャと楽しそうにお腹の上でまた何度か飛び跳ねた……軽いからいいけどね。


 今日は朝のテントを張ってなくて良かったと安堵する……健全な少年の生理現象だ。

 昨日手を繋いで結界内を少し散歩したせいでナナに随分懐かれたみたいだ。


「おはようナナ。起こしにきてくれたのか? ありがとな。でもレディーが男の上に跨っちゃダメだよ、はしたない。それと俺のご飯はエサじゃないからな! いじめられて、水みたいなご飯じゃないんだからな」


 それを聞いてケラケラ笑うナナは可愛すぎる!


「うふふ。おはようございますリョウマ様」


 サクラも居たようだ。

 俺とキャッキャと戯れているナナの姿を微笑ましそうな目で見ていた。


「おはよう、サクラさん。でもリョウマ様は止めてほしいな。同い年なんだしリョウマでいいよ」


「使徒様を呼び捨てには……ではリョウマさんと呼ばせてください。私のことはサクラと呼んでくださいね」

「ナナはナナだよ!」


「分かった。ナナ、サクラ、おはよう。あっ……イタタ、筋肉痛かなこれ? フィリア様に怒られる」


 昨日フンカフンカしてたのが結構な筋肉痛になったようだ……まだ無理してはダメだったんだな。


 顔を洗い、うがいをしてサクラの作ってくれた朝食を頂く。


「おっ。雑炊にかわってる、それにこれは?」

「あっ! サクラ姉内緒ね! リョーマ、早く食べないと冷めちゃうよ!」


 なるほどね。ニヤニヤ期待した目でナナが俺に朝ご飯を勧めてくる。

 雑炊の横に添えられた3個の丸いもの。赤くはないが、おそらく梅干だな……ナナの奴、食べた時の俺の顔を見て笑いにきたんだな。可愛いいたずらっ子め。


 俺は1個摘んで、丸ごと口に放り込んだ。


「おっ、美味しいなこの梅干。 もぐもぐ……ペッ!!」


 種ミサイルをナナの頭にかましてやった!


「イターイ! うー、リョーマ知ってたんだ! ナナ、ツマンナイ!」


 頭を擦りながら種を拾い、ナナはツマンナイという。朝から和むー。ナナ可愛いな!


 サクラも俺とナナのやり取りを見ながら、凄く柔らかな笑みで微笑んでいる。サクラも可愛い!


「あはは。どうだ、俺の種ミサイルの威力は?」

「ミサイルってな~に?」


 あっ、そんなもんあるわけないか。


「爆発する矢のようなものだ、気にするな。それより、雑炊美味しいな! 梅干も甘くて大粒で旨い」

「リョウマさん、梅干知っていたのですね? 私の国の特産なのですが、人によって好き嫌いが顕著な食べ物なのですよね。実家から沢山送ってきたのですが、この神殿で食べられる人が私とフィリア様しか居なくて。沢山あるので遠慮しないで食べてくださいね。雑炊に合うし、塩分の補給に丁度良いので添えました」


「フィリア様も梅干し食べられるのか? 彼女、10歳ぐらいにしか見えないのに昨晩のあの態度、俺よりしっかりしてて驚いたよ。ナナも8歳に思えないぐらいしっかりしてるしな」


「リョーマ……フィリア様ね、213歳だよ。子供とか言ったらすごく怒られるよ。怖いんだよ」


「リョウマさん、フィリア様は13歳のときに神託が下り、以来200年この神域でお勤めされています。先月誕生日を迎えられ、ちょうど神殿で200年という節目だったため、皆でお祝い的な催しを致したばかりです。各国からも祝いの品が沢山届き、珍しい食材や食べ物も届いています。リョウマさんはラッキーですよ。食事制限がなくなったら、色々お出しできますので楽しみにしてくださいね」


「そっか、213歳か……見た目に反して大人びてるはずだ。納得した……長寿種のエルフとか魔族なのか?」

「いえ、人族ですよ。女神アリア様自らこっちに顕現なされて加護を下さったんだと前に嬉しそうに言っておられました。フィリア様もナナもとても特殊なケースなのです。巫女になるには幾つか条件があるのですが、リョウマさん知っていますか?」


 首を振ったら教えてくれた。条件として重要な順に。


 1、男性との性的接触経験がまったくないこと

 2、信仰値70以上(水巫女は80以上)

 3、容姿端麗であること

 4、年齢13歳から25歳までであること

 5、任期は3年以上務めること


「巫女は神に捧げる供物、神のお嫁さんなのだそうです。だからこんな条件なのでしょうね。実際には竜神様に手付きになった女の子はいませんけど。だいいち水神殿の竜神様は女性のお姿です。あと、条件外の8歳で呼ばれたナナは特別で優秀なのです」


「ナナ凄いな。お前、頭もいいもんな。偉いぞー」


 頭を優しく撫でてあげたら胸を張って喜んでいた。ナナ可愛い!


 俺が食事を終えたら後片付けと掃除があると二人は部屋を出ていった。




 入れ替わりにフィリアが入ってくる……昨日の件だな。

 子供と思っていたけど、さっきの話を聞いてごまかせないなと思い、真摯に言える範囲で答えることにした。


「おはようございますフィリア様」

「ふむ、おはようリョウマ。昨夜のことじゃが、ちゃんと答えてくれるのかのう? 妾は昨夜のことが気になって、よう眠れなんだぞ」


 そこまで気にしてたのか、悪いことしてしまったな。


「ごめんなさい。ちゃんと答えますね。まず俺がここにきた理由は俺の種族レベルが低く過ぎて、まだ使徒として役に立たないそうです。何かさせたい目的があるようですが、女神様が教えてくれませんので俺も知りません。ここがこの世界で一番安全な場所で、ある程度強くなるまで安全にここでレベルを上げてほしいというのが女神たちの希望だそうです。それ程急いでいないようで、ゆっくりでいいので安全に強くなってほしいみたいです」


「其方を安全に鍛えればよいのじゃな? 嘘は言ってないようじゃが、まだなにか隠しておらぬか?」

「嘘は言ってないですよ。言えることは話しました。プライベート的に言いたくないことは喋りません」


「分かった。では昨夜はなにをしておったのじゃ? ネレイス様が謝っていたように見えたのじゃが? 神を跪かせるとか只事ではないのじゃぞ。妾は気になって気になっておかげで少し寝不足じゃ」


「昨日言ったとおりフィリア様のせいですね。ネレイス様が夜遅くに部屋に訪れたことを謝っていた最中にドアを開けるからそう見えたのです。それと勘違いしたフィリア様とカリナ隊長をネレイス様がからかってたというのもあります。ネレイス様の来訪理由は、俺にいくつか水神の加護を与えてほしいとアウラ様から依頼があったからです。ネレイス様が帰り際俺の頭に触れたときに加護を幾つか頂きました」


「そうであったか。安心したぞ。では妾は其方が安全にレベルアップするよう協力すれば良いのじゃな? じゃが、神域内には魔獣はいないゆえ、熟練度は上げられるがレベルアップはできぬぞ?」


「戦闘に関してまったくの素人ですので、剣術の基本と初級魔法の取得ができれば有難いです。目標は1対1で下級魔獣を倒せるくらいで十分です。それと魔法習得の教本があれば貸してほしいです」


「分かった。魔法書の教本は書庫にあるので夕食後にでも渡そう。今渡すと無茶をしそうなのでな。もう暫くは安静にしておれ。体が落ち着くまでに後2日程かかるようじゃし、剣術の方は今から行って姫騎士たちに相談してみるとするか……くれぐれも無茶をするでないぞ。それと夕食から普通食を食べても良いぞ。昼はここで最後の病人食じゃ。夕食は皆と食堂で同じものを食べるようサクラにも伝えておく」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」

「話しは変わるが、其方にちとお願いがあるのじゃがの? 聞いてもらえぬか?」


「何でしょう?」

「体調が良くなってからのことじゃが、本来この神域内には男は入れんじゃろ? ここに居る者たちは皆、女子ばかりじゃ。しかも殆どが貴族や良家のお嬢様たちなのじゃ。これまでなんとかごまかしつつやってきたが、ここ数十年不作でな大工仕事のできる者がまったくおらなんだ。道具や材料はあるのじゃが、直し方が誰も分からぬ。其方の直せるところだけで構わぬゆえ、一度この神殿内を見てもらえんかの?」


 そんな縋るような目をされちゃ~、おじさん断れないでしょ。

 DIYは結構好きでやっていたので、簡単な修繕ならできると思う。


「お任せください。ある程度のことはできますので、おかしくなってる箇所を判るようにメモしておいて下さい。急ぎの場所とかあるなら優先順位を付けておいてくれれば、そこから始めますので」


「おお良かった! お主もできなんだら暫く壊れたままじゃった。メモにまとめておく故、体の調子が良くなったら、すまぬがよろしく頼むのじゃ。妾たちが直そうとすると、逆に酷く壊れたりするのじゃ――」 


 フィリア様は嬉しそうに、ふむ。と言いながら部屋を出て行った。



 213歳と聞いたら、見た目子供でも自然と「様」が付けられるな、とかちょっと失礼なことを思ってた。

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