僕は、重いカバンを肩にかけ夜の道を歩いている。時間は八時を回っている。市街地から住宅街に向かう道を隣を歩く結城ゆうきちえみとくだらない話をしながら自宅に向かっていた。


 僕たちは、受験を控えた高校生三年生で、夏期補習でクラスも塾も同じ結城ちえみとは家も近く、途中まで一緒に帰っていた。結城は、美人ではないものの爽やかな笑い顔がなかなかに可愛くクラスでもファンは多かった。胸は豊かで制服が苦しそうだった。実のところ、僕は結城に惹かれていた。受験生という立場が勉強とくだらない話以上に踏み出させないでいた。だから、このわずか十五分は僕にはとっても大切な時間だった。


 小さな児童公園がありそこで別れるのだが、彼女の家はそこから50mほど。僕は更に三分ほど歩く。毎回公園で別れたあと、彼女の姿が見えなくなるまで、臆病な僕は見送ることしかできなかった。たまに話が盛り上がり、しばらく立ち話もしたりすると、その日は寝るまでご機嫌だったものだ。



 なぜ、こんなことを思い出しているんだ。俺は、高校の頃のことはいくら思い出そうとしてももやがかかったかのように曖昧模糊あいまいもことしていたのに、これは夢なのだろうか。結城と歩いている自分と、離れたところから見ている自分と二人いるようだ。



 いつもの公園まで歩いていくと、いつもこの時間は誰もいないのに、その日は不良らしい少年が三人ほどたむろしていた。


 僕は不良は苦手だ。今でいうならヤンキー、当時は不良と呼んでいた。得意な奴はいないだろうけど、臆病な僕は少しでも関わりを持ちたくなかった。

 僕たちは目を合わせないようにしてそそくさと別れた。いつものように彼女の後ろ姿を見送っていると、それに気がついた不良の一人が声を上げた。


「おやー!かのじょお、うちまで送ってもらえないのかーい。俺らみたいなイケメンが誘っちゃうよ」

 大声でそう叫び大笑いしていた。

 僕は、情けないことに顔を合わせないように慌ててその場を去ることしかできなった。


 それ以来、そいつらは、その時間はいつもそこにいて僕たちをからかっては大声で笑っていたものだ。帰宅路を変えられたら良かったんだが、その頃は、田畑の中に住宅地がモザイクのように点在し、明かりもないためかなり遠回りしなければならない。我慢してその道を使っていた。


 その日は、結城は明るいうちに先に帰っていたので、退屈な通学路をとぼとぼと一人で自宅に向かって歩いていた。いつもの公園に近づくと言い争う声が聞こえてきた。


「なめんなよ。ここはみんなの公園だろ。

 なんで、ここにいちゃいけねえんだよ!」

 警官三人があの不良三人を相手に押し問答をしていた。

「お前たちは、いつもここでたむろしてるだろ。苦情が寄せられている。

 子供達が怖がっているんだ。

 それに昨夜は女の子が襲われてるんだ。お前たちじゃないだろうな」

「さーあ、知らねえなぁ。

 僕たちは、品行方正な不良ですからねぇ」

 そう言って、下卑た笑いを浮かべている。


「とにかくここは、お前たちのたまり場じゃない!

 子供達の公園だ。さっさと立ち去りなさい」

「あんだと!」

 食ってかかるが、二十歳くらいの少年が気の短そうな奴を押しとどめる。

「あきら。

 よせ。相手が悪い」

 それでも警官を睨みつける。

「わかったよ。

 よそいけばいんだろ。

 へっ、こんなしょぼい公園、こっちから願い下げだ」

 捨て台詞を吐いてダラダラと駅のほうに向かって歩き出す。


 途中で、呆然と立っていた僕とすれ違う。年長の不良と目が合った。

 その時、僕は怖気を覚えた。ついぞ覚えたことのない恐怖が湧き上がる。理由はわからない。ただ怖いと言う感情。それくらいそいつの瞳は怖かった。


 底知れない狂気を感じる。

「お前か通報したのは?

 そおかぁ。顔覚えてるからな。

 あいつらにチクっても無駄だよ」

 聞こえるか聞こえないかくらいの声で話しかけてきたあと、視線を警官に投げる。そのさりげなさが、一層恐怖をあおった。

「い、いい、いいえ。

 僕じゃありません」

 情けないことに、僕は身じろぎもせずに否定することしかできなかった。そいつはへっへっへっと聞こえる笑い声をあげて残りの二人を引き連れて立ち去って行った。


「きみ、どうした?

 アイツらに何か言われたのか?」

 僕がやっと我に帰ったのは、立ち尽くす僕に不信感を覚えた警官に声をかけられて、だった。

「いえ、なんでもありません」

 そう言ってその場を、急ぎ足で離れた。早くその場を離れたかった。

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