新たな脅威
ベルゼクトとシャンテルを幽鬼城に送り届けてから数日——。
村と森は通るだけにしてくれと頼んだのは他でもないキャロルだ。
関わりを持ちたくないという、その意思が彼らに伝わっていたかは定かではないけれど……。
通る『だけ』にしてくれと言ったのであって、通る『な』とまでは言ってない。
城から出るのに森を通らないでいるなんてこと、空でも飛べなければ不可能だし、そこまで排他的に立ち入りを拒むつもりもない。
しかしアレ以来、彼らは姿を見せていない……。
おかげさまで空を覆うように飛んでいた鴉は1羽も居なくなって、キャロルは何年ぶりかに白昼堂々、村に戻ることができた。
荒れ果てた教会の共同墓地を整備することも叶った。
城に入るついでに棲み着いていた鴉を殲滅してくれたのだろう。
命からがら逃げ出してきたらしい鴉を数羽、仕留めたけれど寄ってたかられることもなく、不気味なほどに平和な日々が続いている……。
アレから何日が経った?
はじめのうちは墓地を整える忙しさも手伝って気にならなかったが、森の墓を移し終えれば作業にも一区切りがつくという頃になると他を気に掛ける余裕も生まれてくる。
今日が何日かなんて、数えることをやめたキャロルには分からない。
数日とは述べたが数週間かもしれないし、ただ『彼らの姿をしばらく見ていない』ということだけがはっきりと口にできる事実だ。
城の『気配』がざわついて落ち着く様子を見せない辺り、まだ中にいるのだろうとは思う。
……ミイラ取りがミイラになってなきゃいいが。
少なくとも1、2日の話ではない。
城に篭って久しくなりつつある旅人を心配するくらいの心は残っている。
明日になっても姿を見せないようなら1度、様子を見に行ってみるか……。
案内した先で死なれては寝覚めも悪い。
長年の習慣で身を隠すように進みながらそんな風に明日の予定を立てていれば、不意に見慣れない光景が目に留まった。
人……? いや、違う。
鞍と鎧を着せられたツノ付きのオオトカゲを従えているのは鮮血のように赤い瞳と尖った耳を携えた吸血鬼の集団だ。
用心深く日除けのフードを被っている者もいれば森に広がる闇に任せて脱いでいる者もいる。
何を話し合っているのか。
開いたり閉じたりしている口元を《
嘘だろう。
どうして、こんな人の居なくなった土地に吸血鬼が。
旧世界で人々が娯楽に飢えていた時代、極東の島国あたりなどでは特に人に対して友好的な一面を覗かせる種族として描かれることも多かったが、基本的には血に飢えた怪物。
1つ目の鴉と同じ怪異種に分類される。
言うまでもないが1つ目の鴉なんかとは比べ物にならないくらいに強い。
どうする。
踵を返して距離を稼ぐか。
息を潜めてやり過ごすか。
立ち位置と方角から見て彼らが辿っているのは『公道の跡』だろう。
——かつては人々が行き交った道も、今や草花に覆われ、所々に覗く割れたコンクリートのカケラだけが名残りを見せるばかりだ。
草木に覆われる以前にはひらけ過ぎていて鴉の目に留まる危険があったし、荒れたコンクリートの上を歩くというのは下手な獣道より足に負担が掛かる。
ただ1人、生き残ったキャロルでさえもが使わなくなって久しいその道を進めば自ずと村に行き着く……。
吸血鬼たちに存在を知られるのは時間の問題だ。
村に着いて整えられた墓地を見れば『生存者』がいることは明らかとなる。
平穏は長くは続かない、なんて物語のページを
村を捨てて逃げ出すか。
……今更?
捨てて、どうやって生きていく。
身動きが取れない。
キャロルは息を殺して目の前から脅威が去るの待った。
1秒、2秒……。
吸血鬼たちとの距離がもっとも近付いた。
——その瞬間。
ツノ付きのオオトカゲだけを残して姿を消した。
相手の行動を頭で理解するより早く《
1つではない。複数だ。
何重にも重ねた《壁》は、しかし、一瞬のうちに霧散する。
「……ほぉ、なかなかいい反応をする」
魔法陣のそれとは異なるも、同じ効力を持って赤く輝く何対もの瞳がキャロルを冷たく見下ろした。
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