怪異喰らいの研究者

探求快露店。

Prologue:邂逅

闇深き森の墓守

 幾羽いくわもの1つ目のからすが空を覆うように飛んでいる……。

 昼間でも濃い影を落とす闇深き森に身をひそめたキャロルは鴉の目に止まらぬよう慎重に足を運んだ。


 1羽1羽は弱く取るに足らないが、厄介なのは群れを成しているという点で肉食の奴らに見付かったが最後。

 四方を囲まれ血肉を貪られる。

 剣の腕も未熟なキャロルが相対するにはいささか荷の重い相手だった。


 何より運良く追い払えたとしても大の大人を丸呑みにできるくちばしと巨体を持った親鳥おやどりが現れる。

 ありはちに見られるそれに近い生態系で、普段、えさを得るべく飛び回っているのは数いる下っ端の一部に過ぎないのだ。


 餌場えさばとして襲われた村からは人が消えた。

 命を落とした者。逃げ出した者。

 残されたのはキャロル1人だ。

 他にはもう誰もいない。


 悲しみを分かち合う家族も。

 理不尽に抗おうと鼓舞し合った友も。

 居なくなってしまった。


 せめて墓ぐらいは村の習わし通り教会の共同墓地に立ててやりたかったが周りがひらけ過ぎていて獲物えものを探す鴉の目から逃れられない。

 夜に立ち寄るくらいは叶うものの、物音を立てれば聞き付けた鴉がハイエナのように集まってくるのだ。


 日の光が満足に届かないせいで育ちきらずに柔らかく背の低い草花を踏み付けながら道とも言えない道を進む。

 ……教会の墓地には埋葬してやれなかったが森の中で場所を見繕い、簡易的ながら墓標を立てた。


 いつか来る終わりの日までキャロルは墓を守って過ごす。

 彷徨うように墓前に飾る花を求めて歩き、枯れれば端から入れ替える。

 ただそれだけを繰り返す日々の中で朽ちていく。


 ————朽ちていく・・・・・はずだった・・・・・



 暗い森の中にあって輝くように目を引く赤毛レディッシュを背に流した青年が墓石を前に膝を折っていた。

 傍らに立つ白金の髪プラチナブロンドの少女がこちらの気配に気付いた様子を見せて振り返る——。


 刹那。

 時が止まったかのような錯覚を覚えた。

 赤い瞳と目が合う。


 暗がりで視界を確保するために≪暗視ナイトヴィジョン≫を使用しているのか。

 よく見ると少女の双眼には術式が浮かんでいる。

 淡く輝くそれが本来の色を覆い隠して瞳を赤色に染めているのだ。

 流れる魔力に合わせて揺らめく様が宝玉を思わせて美しい。


 少女につられるようにして振り返った青年の瞳も同じように赤かった。


 ……旅の途中で迷い込んだのか。

 タートルネックに揃いのロングコート。

 キャロルの目には珍しく写る服飾も都市部では流行の品なのかもしれない。

 愛嬌を滲ませながらもつり気味の眉が精悍な印象を抱かせる青年の顔に見覚えはなかった。

 異国の者にしか見られない褐色の肌を持つ少女も同様だ。


「驚いた」


 目を丸くさせた青年が呟く。

 それはこちらのセリフである。


 ここいらで人の住んでいる村はもう残っていないし、廃村を抜けてもあるのは1つ目鴉の巣と険しいばかりの山々。

 闇深き森にしか自生しない草花といったものもなければ危険を冒してまで近付く理由がないのだ。

 あえて言うなら村に残された遺品の回収くらいか。


 いずれにしても1つ目の鴉が住み着いて以来、外から人が訪ねてきたのは初めてのことだった。

 自分以外の人間の姿を見るのもかなり久々のことである。


 何をしに来たのか。

 彼らは何者なのか。

 もし間違って迷い込んでしまっただけなら正しい道を教えて戻れるように案内してやらないと。


 考えながら口を開くより早く立ち上がった青年に手を取られて驚きが重なる。

 何だ何だいきなり。

 見上げた青年は感極まれりと言わんばかりに目を輝かせていた。


「ああ! まさかこんなに早く出会えるなんて! ガセネタを掴まされることも多いが、この出会えた瞬間に感じる喜びと興奮が堪らない。どんな麻薬よりも強い中毒せ————」


 ガンッ!

 早口で捲し立てられ思わず一歩足を引いたと同時。

 トランクケースが青年の側頭部を襲って鈍い音を立てた。

 重たい打撃を躊躇いなく叩き込んだ少女は慣れた様子で難なく着地する。


「え、えくせれんと……君の愛は日を追うごとに痛く重くなっていくな……」

「自重してください先生」


 倒れ伏した青年に少女は冷めた目を向ける。

 …………先生?


「申し訳ございません。いきなりの無礼、どうかご容赦をいただければと存じます」

「つい興奮しちゃってゴメンネ!」


 丁寧に腰を折った少女の横で起き上がった青年を再びトランクケースが襲う。

 黙って反省していろという無言の訴えだろう。

 ぐように振り回されたケースをって避けた青年の顔面に少女の手から離れたそれが落とされる。

 情けも容赦もない……。


「この煮ても焼いても食えない男はベルゼクト・グライハイム。霊魂の研究をしておりまして、私はその助手のシャンテル・イリストルと申します」

「は、はあ……?」

「意思の疎通は図れていますでしょうか?」


 平然と名乗るシャンテルに戸惑ったまま曖昧あいまい相槌あいづちを返せばこてんと首を傾げられた。

 直前の暴虐な振る舞いを目の当たりにさえしていなければ愛らしいと言えただろう。


「大丈夫」


 下手な田舎者より丁寧で美しい彼女の発音はむしろ聞き取りやすいくらいだ。

 意思の疎通を図る上での問題はない。


「シャ、シャンテルくん……君の愛は素晴らしい……ああ、素晴らしいものだがもう少し加減というものをだね」


 トランクケースを顔面に落とされた痛みから復活したベルゼクトが控えめに抗議する。

 ……求めるべきは加減より手段の改善ではないのかと思うが。


「先生が自重し、反省してくだされば解決するお話です」

「無理だ」

「では諦めてください」

「むう……」

「だいたい≪物理防御バリアル≫でダメージカットしてる先生を相手に加減なんてしてたら止められるものも止められないでしょう」


 ため息混じりにシャンテルが言えばベルゼクトは「まあね」と頷いた。

 随分な自由人らしい。


「だけど顔面はないと思うんだ!」

「他だとビクともしないので仕方ありませんね」


 それは確かに仕方がない。

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