闇色の眼 〈灰色の右手〉剣風抄

美尾籠ロウ

第1話 「前編」

 けられている。

 私は、腰に帯びた剣のつかに、そっと右手を置いた。

 私は予言師を自称するフピースのもとへ、私がシュカの木で彫った小さな像を納めに行くところだった。

 四十から八十歳までのいくつにでも見えるフピースは、薬草らしきものやら、お守りの石ころやらとともに、守護の術をかけた――とはフピースの言葉だ――私の彫った木像を売っていた。が、実際には乞食同然である。

 そして約八年前に都を捨ててこの村に来た私は、その似非えせ予言師から施しを受けて、村はずれで一角犬グンと暮らしている。

 すでに日没から一刻(約二時間)も過ぎていた。季節は秋になり始め、夜風にも涼しさを覚えるようになった。

 サンナ村を東西に横断する〈なかみち〉と呼ばれる村の目抜き通り沿いには、多くの商店や旅籠はたご、居酒屋などが並んでいる。フピースは〈なか道〉から一本か二本、裏に入った通り――品下しなくだる飯屋、飲み屋、安い淫売宿が並んでいる――のどこかに座り込んでいるはずだった。

 油紙で慎重に包んだ五つの木像――二体は一角犬、二体は女性剣士像、一体は翼を持った蛇の像――を皮の背嚢はいのうに入れていた。私の住む小屋を出て、さして時間は経っていない。

 〈なか道〉まであと半ラグル(約一・五キロ)の小径で、私の後を追う足音に気づいた。その数、少なくとも三人。

 一人は背後、約四十エーム(約十五メートル弱)の距離を維持している。一人は右手背後、左手背後に、同じくらいの距離を維持しながら、私の後を尾けている。

 私は、尾けられるのが好きではない。

 足を止めた。

 背後の三つの足音も、止まった。

 私は背嚢を下ろし、中身を調べる仕草をした。

 一つの足音が、そっと私に近づいてくるのが聞こえた。

「何の用だ?」

 私は問うた。

 足音が止まった。返答は、ない。その代わり、やいばさやから抜く音が聞こえた。

「あいにく金はない。おそらく、あんたたちよりも貧乏だ。とっとと消えるんだな」

 私は剣の柄をそっと握りながら、背後へ向かって言った。人喰い鬼でなければ、私の言葉を解するだろう。

 真後ろの相手が動く気配があった。

 私は剣を抜いた。

 振り返りざまに、剣先で突いた。

 欠けた赤月が西の空に沈もうとしている。その淡い光に照らされ、細身の姿が浮き上がった。背丈は、私よりもやや高い。異国の装束ではない。左腕を押さえていた。枯れ葉の上に鈍く光る諸刃もろはの短剣が落ちていた。

 人喰い鬼ではない。少なくとも人間のようだ。

 空気が動いた――右手の影。私は体を沈めた。剣のつかで相手の鳩尾みぞおちを打った。

 憐れな声。その影が地面にうずくまる前に、私は三人目の喉元に剣先を当てた。左手で相手の短剣をもぎ取り、闇のなかへ投げ捨てた。

「繰り返すが、金はないんだ。三つ数えるうちに消えないと、あんたの頭と胴体は、二度と出会えなくなる」

 男がかすれたあえぎを漏らした。

「たいへんに失礼した」

 小径の暗がり――街道に向かう方角から声が聞こえた。

 不意にぼうっとだいだい色の光が浮かび上がった。手提てさとうの明かりをけたのだろう。年老いた男の顔が現れた。その脇に、手提げ灯を持った大男が立っていた。従者であろうか。私より、頭二つ分は長身だ。肩幅は私の二倍はありそうだった。明かりの加減だろうか、老人の深く刻まれた皺が目立った。こけた頬。鷲鼻。はげ上がった頭――。

 私は、男の喉から刃を離した。男は這うように闇の奥へ駆け出して姿を消した。

 私は右手に剣を提げたまま、背嚢を拾い上げ、肩にかけた。

 手提げ灯の明かりでは、老人の表情は窺えなかった。

「これから人と会う約束がある。あんたたちの相手をする時間はない」

 私が言うと、老人は慇懃いんぎんに頭を下げた。

「ぜひ、来ていただきたいのだ、ゴルカンさん」

 私は剣を鞘に収めた。

「冗談はやめていただきたいな。まだ、ドブナメクジが三匹、そこらで息を潜めている」

 手提げ灯の明かりに照らされ、男の皺がいっそう深くなった。どうやら、笑ったらしい。

「彼らは〈黒帽隊こくぼうたい〉です。ご無礼がありましたら、お詫びします」

「たいへんに無礼だな」

 〈黒帽隊〉とは、サンナ村の「治安維持」を名目とした集団である。私がこの村に移り住んだ八年前から、すでに存在していた。

 村の「治安維持」と言えば聞こえはいい。が、彼らは都の〈衛士隊〉とはかなり質が異なる。単に剣の腕さえあれば、どんな連中でも起用されるらしい。商店から「警備代」と称してみかじめ料を取ったり、〈黒帽隊〉の名を笠に着て、さまざまな阿漕あこぎな真似をしているようだ――行きつけの居酒屋〈クトラシア〉の主人、ヘスクスから何度も愚痴を聞かされたものだ。

「私の名を知っているなら、なぜこんな持って回ったことを?」

 老人の顔の皺が、さらに深まった。喉の奥底がひくっひくっと鳴った。

「こう見えても、忙しい。あんたに付き合っている暇はないんだ」

 私は剣を鞘に収めた。歩き出した。〈なか道〉に出るためには、老人とその巨大な下僕げぼくの脇を通り過ぎなければならない。私は剣の柄に右手を置いたまま、足早に進んだ。

 老人に近づくと、手提げ灯を持ったむくつけき大男の従者が私の前に立ちはだかった。

 老人は言った。

「屋敷へ来ていただきたい。わしは、ソルドーだ」

 名乗っただけで、すべてが解決するかのような物言いだった。

「仮にそれがあんたの本名だとして、なぜ私が行かなければならない?」

 明かりの向こうで、老人の皺が、さらに深くなった。またも、喉の奥を鳴らした。

「ゴルカンさん、あなたは、何もわかっていない」

 男は言った。

 次の瞬間だった。背後に気配――剣に手を掛けた。が、首筋に鋭い痛みを感じた。剣を抜いた――つもりだった。

 眼前がちらちらとまたたいた。

 ――毒矢か。

 気づいた次の瞬間、私の視界は漆黒に包まれた。


 最初に気づいたのは、またたく炎だった。

 薄目を明ける。どうやら、私は死んではいないらしい。

 炎の正体は暖炉だった。赤々と燃えている。

 私は瀟洒しょうしゃな広間の長椅子に座らされていた。床には緋色のふかふかとした絨毯が敷き詰められている。

 かすかに頭が痛むが、宿酔ふつかよい程度だった。この程度なら、慣れている。

「先に飲っていたよ」

 声の聞こえたほうへ顔を向けると、鋭い痛みが首筋を駆け抜けた。いや、宿酔程度ではないな、と思い直した。

 男は、私から見て左手、安楽椅子に腰掛け、やや大ぶりのさかずきを手にしていた。その前の低い机には、濃緑色の瓶ともう一つの盃があった。

 ソルドーは盃に、薄青い液体を注ぐと、それを手にして立ち上がった。ゆっくりと歩み寄り、私に盃を差し出す。

 私はその盃を見やったまま、言った。

「私は、あんたの手下に矢で毒矢で刺された」

 思いの外、私の声はかすれていた。

「安心したまえ。矢に塗ったのはパデスゥの樹液だ。ただ眠らせるだけで、あなたの体に害は与えていない」

「あんたの盃を受けろと?」

 私は言った。

「ほほう、お疑いか。では、失礼を承知で」

 老人は、盃の液体を一気にあおり、舌で転がすようにしてから、ゆっくりと飲み下した。

「アーズカ酒の二十八年もの――白龍の年の産だ。こんな田舎村ではなかなか手に入らん」

 男は再び小机に戻ると、もう一度、濃緑色の瓶から酒を盃に満たし、私に手渡した。

 今度は私も受け取った。一度盃のなかを見つめた。薄い青色の液体。白い盃の色に映えている。

 一口含んだ。

「なんとね」

 本物のアーズカ酒ではないか。最後に飲んだのは何年前だったろうか。もはや忘れてしまったが。

 飲み下す。喉が火傷しそうだった。アーズカ酒は、貧乏人の我々が飲むマカル酒やコルメ酒よりも、ずっと強い酒だ。

「酒は本物だ。が、あんたは本物のソルドーさんなのか?」

 私が問うと、老人は安楽椅子にもたれかかると、表情を変えずに自分の盃を干した。

「ゴルカンさん、あなたは、約八年前、このサンナ村に流れ着いた――一角犬と一緒に。その際〈黒帽隊〉と一悶着ひともんちゃくあり、隊員三名が手傷を負った。が、明らかに〈黒帽隊〉の挑発行為に非があり、あなたにはおとがめがなかった。今では村外れ、〈コムの闇森やみもり〉近くの掘っ立て小屋で暮らしている。月に何度か小人族オゼットの酒場で飲むか、頭のおかしな乞食予言師と会うほかは、完全に隠遁しているようなものだ」

 私はアーズカ酒を飲み干した。

 村の警護組織として存在しているはずの〈黒帽隊〉を事実上私物化し、村長や村役人も逆らうことができないという。サンナ村で一、二を争う大地主にして金貸しでもあるソルドー一族。

 八年弱のサンナ村での生活でも、その程度の知識は持っている――そして、私について、それ以上の知識をソルドーは持っていた。

「なるほど、確かにあんたは本物だ。私に何用ですか? おっしゃるとおり、私は村外れに隠れ住んでいるような者ですが」

 ソルドーが瓶を掲げた。

 私は遠慮せずに歩み寄り、盃に最高級のアーズカ酒を受けた。ソルドーの脇、壁際に寄せてある椅子を引き寄せると、ソルドーに相対するように、腰掛けた。

「ゴルカンさん、あなたはかつて、テジンの都の衛士隊にいたそうだな。しかも、隊長を務めていた」

「さすが、よくご存じだ。が、昔の話ですよ」

「八年を昔と言わん。ゴルカンさん――」

 そう言ってソルドーは身を乗り出した。

「わしは、命を狙われているのだ」

 私は、口元へ持っていきかけた盃を止めた。黙っていると、ソルドーは続けた。

「まず、十五日ほど前のことだ。従者の一人が殺された。夜半過ぎだった。不意に暗闇から何かが飛び出してきたのだ。ズークは――殺された従者だが――むごい姿だった。可哀想なことをした。わしの代わりに死んだのだ。胸を何かで一突きされておった」

 わたしは断りも入れず、自分の盃に青い酒を注いだ。

「二度目は、その二日後だ。同じような刻限だった。今度はレミグスを連れていた。何者かが襲いかかってきた。レミグスは……右腕を失った。暗くてやはり正体はわからなかった。敵は失敗したことを悟り、すぐに消え去った……」

 私は、アーズカ酒を一口、じっくりと味わった。

「失礼だが、いったいなぜそんな刻限に外に出ていらしたんです?」

 ソルドーは険しい眼で私を見たが、無言だった。

「ご婦人ですか」

 私の問いは的を射ていたようだ。

 ソルドーには、病身の妻がいた。五年ほど前から床に伏せったままだという。

 そんな妻を置いて、ソルドー自身は村の南東のはずれに一人の女を囲って住まわせてた。その妾宅しょうたくに、三日と上げずに通っていた。が、妾宅に泊まることはほとんどなく、帰宅はほぼ夜半過ぎになる。妾宅を出るのに、半刻(約一時間)前後の差はあっても、何者かに襲撃を受けるのは、決まってその帰路だという。

「まったく理解できないのだが……いったいなぜ私を? 私が下手人だと?」

 はじめてソルドーの眼に笑みが浮かんだ。

「確かに、あなたは剣の腕が立つそうだ。食い詰めた乞食剣士が、誰かから金で雇われて……とわしも考えなかったこともない」

「残念ながら、私はそこまで落ちぶれてはいないつもりだ。ならば、なぜ三人も〈黒帽隊〉を使って、私を毒矢で眠らせて運ぶ……などと面倒なことを?」

「あなたは、容易に引き受ける人間ではないと思ったからだ」

「引き受けるとは?」

 私は待った。その続きを半ば予期していたが。

「わしはな、ゴルカンさん。あなたに、わしの用心棒になってもらいたいのだ」


 小人族オゼットのヘスクスは、一瞬眼を丸くすると、次の瞬間には弾けたように笑い出した。

「ずいぶんと道草を食っていると思っておったが、これはこれは、たいへんな道草だったじゃないか。で、請けたのかい?」

 私は上衣の下から、ずしりと重い赤い革袋を取り出し、居酒屋〈クトラシア〉飯台の上に置いた。それは飯台を揺らした。

 相変わらず、客は少ない。旅人らしい二人連れが、奥の椅子に腰掛けて疲れた表情を見せているだけだった。

 ヘスクスは眼を丸くし、危うく磨きかけの盃を落としそうになった。

「ここに金貨五十枚……とソルドーは言っていたがね。数えたわけじゃない」

 私は眼の前のコルメ酒の盃を取り、飲み干した。やはり、私には安酒が合っている。

「そ、それが半金かい?」

「いや、手付け金だ。一日当たり、銀貨二枚。下手人を捕まえれば、金が五十。殺せば百だ。おい、ヘスクス、手が止まってるじゃないか。代わりをくれ」

 ヘスクスは大きなため息をついた。

「なんとなんと、ゴルカン、あんたもちたもんだな」

「すでに経験済みだ。二度目はあまり痛くない」

 テジンの都の衛士隊長という立場から、なかば追放されるようにして去り、各地を放浪したのを一度目と数えるならば、だが。

 ヘスクスは、心なしか震える手でコルメ酒の盃を飯台に差し出し、小声で言った。

「ソルドーの家は代々、ろくでもないやり口でこの村を牛耳ってきた連中だ。あんたには、ほんとに失望したね」

「生きていくのにカネは必要だ」

「冗談がヘタクソだな。ゴルカン、あんたは、そんなタマじゃねえ。何か、深いワケありだろ。さあ、隠さずに教えな」

「客に対してずいぶんと無礼な店だな。では、河岸を変えるか」

 私はふところから財布を取り出し、銀貨を一枚を飯台に置いた。コルメ酒二杯分には多すぎる額だが、今の私は貧乏ではない。止まり木から腰を浮かし始めると、咄嗟とっさにヘスクスが腕を伸ばし、私の上衣を摑んだ。

「ちょっと待ちな、ゴルカン。いいかい、ソルドーの親方が何を言ったのか知らねえが、あの親父が、黒いお帽子の奴らの元締めだってえことくらいは、いくら世間知らずのおまえさんでも知ってるだろう」

「少しは」

 ヘスクスが身を乗り出した。私はなかば無理矢理止まり木に座らされる格好になった。

「実はな、〈黒帽隊〉の奴らが、もう二人も死んでるんだ。しかも……どうだ、続きを聞きたいかい?」

 ヘスクスは身を乗り出し、妙に白い歯を剥き出した。

「聞くまでもないな。剣でも槍でもない、太い凶器で胸から背中まで刺し貫かれていた……と言うんだろう。それに、殺されたのは二人じゃない。三人だ。さらに、一人が大怪我を負った。それに、〈黒帽隊〉の連中が殺される前、ソルドーの家の従者が一人殺され、もう一人が、手傷を負った」

 ヘスクスはわざとらしく唇の端をゆがめ、声を潜めた。

「じゃあ、これはどうだい、ソルドーの親方には……女がいる。驚くなよ。孫ほども歳の離れた女を囲ってやがるんだ」

「ナッシマという名前だそうだな」

 ナッシマの素性を、ソルドーは多く語らなかった。私も訊かなかった。八年ほど前――私がこの村に流れ着くのとほぼ同じ頃――にサンナ村に現れ、三年前、ソルドーはユイヌ川近くに一軒の家を建て、ナッシマを住まわせているという。

 ナッシマの住む妾宅へ通った帰り、ソルドーは襲われたのだ。

「ええい、つまらねえ野郎だ。じゃあ、ナッシマの前の夫のことも知ってるんだろうな」

「前の夫? 以前、結婚していたのか?」

 思わず私は身を乗り出した。ヘスクスがにやにやと相好そうごうを崩した。

「へえ、あんたでも知らねえことがあるのかい?」

「いったいナッシマの元の夫というのは、どこに住んでるんだ?」

「おっと、そいつを調べるために、たんまりと銭をもらったんじゃねえのかい?」

 私は銀貨を一枚、飯台に置いた。

「この店にアーズカ酒なんてものは置いてないだろう。藍火酒らんかしゅをもらおうか。もっとも高いのを」

 ヘスクスが、小さな杯に申し訳程度に藍火酒を注いで、飯台に置いた。

「酒以外のお代も入ってるんでね」

「ナッシマの元の夫というのは、何者なんだ?」

「これは噂だぜ、だからそのつもりで聴きな。ナッシマを見初みそめたソルドーのお手つきになった。ま、そいつにとっては妻をソルドーに奪われた、ってえことになる」

「ソルドーは、そこまで色狂いなのか?」

「知らねえよ、あくまでも噂さ。いいかい、前の夫ってのは、呪技遣じゅぎつかいだってえんだ」

「呪技遣い? サンナ村に呪技遣いがいたのか……」

 私は藍火酒の盃を前に、半年前の事件を思い出していた。それを「事件」という言葉で表せるなら、だが。

 呪技遣いの力、そして呪技遣いをかたる者の恐ろしさを私は身をもって体験した。我知らず、剣を身に引き寄せていた。

「どうした、臆病風に吹かれたかい?」

「ああ、たいへんに」

 私は藍火酒の杯をあおった。ほんの一口にも満たない量だった。しかも、お世辞にも上質とは言い難い。これで銀貨一枚をとるのは犯罪に等しい。

 私は立ち上がり、剣を腰に帯びた。

「なんだい、もうお帰りかい?」

「いや、これから人に会う。そう酔ってもいられない」

「フピースなら、一刻(約二時間)も前に、しびれを切らして出ていったぜ」

 フピースに渡すはずの木像のことを、すっかり忘れていた。が、村の裏通りを歩いていれば、いつかどこかでフピースには会えるだろう。

「なあ、ゴルカンよ。どうしてこんなくだらない仕事を請けた?」

 ヘスクスの声が追いかけてきた。

「くだらないとは思わないが……さっきも言ったよ。生きていくには、カネは必要だ」

「はっ、自分を間抜けに見せたいのかもしれねえが、やめときな」

 私は飯台の向こうのヘスクスに向き直った。

「ゴルカン、おまえさんは、銭金で動く人間じゃねえ。おまえさんには〈黒帽隊〉と同じ血が流れてるんじゃねえのかい?」

「馬鹿馬鹿しい。私はソルドーの飼い犬まで堕ちてはいない」

「〈黒帽隊〉のクズ連中は虫が好かねえ。が、まともな奴も、いないわけじゃねえ」

「何が言いたい?」

「それは、おまえさんがいちばんわかっているんじゃあねえのかい?」

 ヘスクスは、必要以上に長く、めったに使わないはずの椀を布で拭っていた。

 私は〈クトラシア〉を出た。


「闇色の眼 〈灰色の右手〉剣風抄・中編につづく《ルビを入力…》

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