誰も救われない話
高山 響
誰も救われない話
「ねぇ、この間聞いた話なんだけどさ」
私がお手洗いから教室に戻ろうと廊下を歩いていると空き教室から声が聞こえ私は若干の好奇心のつもりで聞き耳を立てる。
「××町の神社って知ってる?」
「××町?あの辺に神社なんてあったっけ?」
「都市伝説みたいなものだよ。なんかね、夜に死にたいって思いながら下向いて××町の電柱がない脇道を歩いていると突き当りにある神社があるんだって」
「へぇ、それで?その神社には何があるの?」
「いらない寿命を捨てることが出来る箱らしいんだよね」
寿命を捨てることの出来る箱……死ぬことを望んでいる私は一層興味を持ち会話に聞き入る。
「へぇ、でも寿命なんてどうやって捨てるの?」
「なんでもね、その箱の前に白い紙が置いてあって、そこに名前と、捨てたいだけの寿命の年数を書いて、その紙に自分の血を少し滲ませて箱に入れたら捨てられるらしいよ」
「そうなんだ、でも自分の寿命なんて分かんないものじゃない?」
「うん、ただ、その神社に着く人って大体が生きることをやめたい人だから、全部って書くらしいよ?」
「ふーん、それで本当に死ねるの?」
「さぁ?都市伝説に事実かどうかを求めるのは野暮じゃない?」
その言葉を最後に中にいる二人がこちらに近づいてくる気配がする。私は聞き耳を立てていたことがバレない様に足音を殺してその教室の前から離れた。
____________
あれから数時間が経ち、学校が終わりの時間を迎え私は走ってある場所に向かった。
階段を登りきった所にある扉には立ち入り禁止のテープと張り紙が張られていた。扉を軽く押すと鍵はかかっておらず、簡単に開いた。
「久しぶりだね……」
私は屋上の柵の前に立ちカバンの中から二つのリングを取り出す。
「今日ね、不思議な話聞いたんだ。××町の神社に寿命を捨てることの出来る神社があるんだって、実際にあるのかわからないんだけどね?」
ポツポツと今日聞いた話を口から零す。
「もし……そんなものが実在するなら……また君に会えるのかな……?」
眼から涙が溢れ出る。
「今日……実際に行ってみようと思うんだ……もし…実在したら…私もう少しでそっちに行けるから……待っててね……?」
私はリングを柵の一本にチェーンで繋ぎ屋上を後にした。
___________
日が暮れ、私は××町の一切電柱のない脇道の前に立っていた。前の方に神社らしきものは一切ない。だけど、私は今日聞いた話に縋るしかなかった。下を向き暗い道に一歩また一歩と歩を進める。三十歩ほど進むと前に足元を光が照らしていることに気付いた。
「神社……?」
前の方を見るとそこには神社と呼ぶにはボロボロ過ぎる何か、があった。神社の本来賽銭箱のある所には真っ黒の箱が一つあり、その前には和紙のような白い紙が束で置いてあった。
「これが……寿命を捨てることの出来る箱……?」
他にはそれらしき箱もなかった。
私は紙を一枚取り、そばに置いてあった筆に墨を滲ませ、名前と捨てたいだけの寿命を書いた。
私は先月まで幸せだった。好きな人と一緒にいれるその時間が今までの人生の中でとても幸せだった。でも、その人は死んでしまった。自殺だ。原因はいじめらしい。あの人は私にそんな素振りを一切見せなかった。だから、私はそのことに一切気付くことが出来なかった。
あの人が死んでから一ヶ月。私は全てにおいて無気力になり今までの幸せを感じることが出来なくなった。だから、私はこの一ヶ月とても死にたかった。何回も自殺をしようとした。だけど、いつも死のうとすると感じるものは恐怖、ただそれだけだった。だから、今日、あの話を聞けたとき、私はこれしかないと思った。これなら、恐怖を感じることなく死ぬことが出来るであろうと、確信に近いものを感じた。
「今逝くね……」
私は指を針で軽く刺し紙に血を滲ませ黒い箱に紙を入れ柱にもたれかかる。段々と眠気が訪れる。呼吸が浅くなる。苦しいわけではない。ようやくあの人の元に逝けるのだから……
私は意識を死に委ねた。
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「あーあ、結局この人も全部って書いたんだ」
「馬鹿だよね、全部って書いてもあの世に逝けるわけじゃないのに」
私たちは神社の裏から表に回り、死体を神社の中に放り込む。
「今月これで何個目だっけ」
「十五ぐらいじゃないかな?」
これは餌だ。この神社は生きている。生きているからこそ、餌が必要だ。だから、私たちは定期的に餌を与える。私たちが生きるために。
「沢山人がいなくなったね」
「そうだね、でも、あの人たちは死にたいと望んだ人たちだからいいんじゃない?」
私たちは過去にこの神社で死を望んだ。私たち二人は、親に殺されそうになった。学校でもどこでも助けてくれる人は一切いなかった。逃げ場はなかった。そんなときにこの神社の存在を知った。どこで知ったのか、誰から聞いたのかそれすら今では憶えていない。ただ、私たちも誰かに聞いてこの神社の存在を知った。そして、私たちはこの神社を訪れ、死を望んだ。でも、いざ死ぬときに怖いと、純粋な恐怖を抱いた。そうすると、この神社は私たちに問いかけた。生きたいのかと、二人そろって生きたいと、答えた。答えてしまった。神社は私たちに取引を持ち掛けてきた。生かしてやるから、女の餌を定期的に連れて来いと私たちはそれに同意した。なにがなんでも生きたいと思ったからだ。それからはしばらくは地獄だった。無理やり連れてきたことも、ただ、殺して連れてきたこともあった。辛かった、しんどかった、でも生きたかった。しばらくしてから私たちは、人をあの神社に誘導することを覚えた。本人たちに自ら死を望ませられれば、私たちは苦しまなくて済むと分かったからだ。
「そろそろ…餌が見つからなくなるころかな」
「そうだね……死にたいと思う人も少なくなるかもだからね……」
「どうする?餌が見つからなくなったら私たち死ぬかもしれないよ?」
「大丈夫だよ、私が見つけてくるからさ。今日はそろそろ帰って寝よ?」
私は妹の手を引き空き家へと向かった。
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妹が眠りにつき、月が雲に隠れるころ私は一人出かける。あの神社に一回問いかけたことがある。もし、死ぬことを望む人が少なくなった時、見つからなくなったら私たちをどうするのかと、神社は答えた。二人そろって喰うと。私たちは変えの利くただの餌だからと。
そして、神社は更に付け足した。「死にたいと思うものが居ないのならば、死にたいと思うものを作ればいい」と。それは悪魔のささやきのように感じた。でも、それに乗るのが最適だと頭では理解していた。だから、今回もあの子の彼氏がいじめられる原因を私が作った。
「お兄さん、ちょっといいですか?」
妹を守るために、生きるために私がこうしなければいけないと覚悟して私は餌を作る準備に取り掛かる。
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「お姉ちゃん……?」
私はどれぐらい寝ていたのだろうか?目を覚ますと隣に姉の姿はいなかった。
『大丈夫だよ、私が見つけてくるからさ』
私が餌の心配をする度に姉はいつも無理して作ったような笑顔で私の頭を撫でる。姉はなにか私に隠してることがあるのだろう。それだけは確実に分かる。私の味方は姉だけだったのだから。姉だけが私とずっと一緒にいてくれたのだから
「行かなきゃ……」
姉がいないときに限って私はあの神社に向かう。私はあの神社に一つの条件を付けられた。
それは姉と一緒に行きたかったら定期的に私の寿命をあの神社に渡すこと。それが姉と私を生かす条件だと。私はそれに同意した。姉と生きられるのなら、私の寿命ぐらい軽いものだから。
「私の寿命はあとどれだけ残っているのかな……」
筆に墨を滲ませ『1ヶ月』と書き血を滲ませる。寿命がどれだけ残っているかわからない。でも今の私が姉を生かすことの出来る唯一の方法だから私は今日も寿命を捨てる。
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『○○町にて男性の死体発見』
タブレットで私たちはニュースを見る。
「次の餌あの人で決まりだね」
「そうだね、いつもどおりのやり方で、誘導しようか」
一人の女性が私たちの近くを通りかかろうとする。
「ねぇ、この間聞いた話なんだけどさ」
私たちはこの生き方から逃げることは出来ない。
誰も救われない話 高山 響 @hibiki_takayama
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