第十四章 浮遊大陸の亡霊たち
第八十七話 『不死身の砂竜』
ウル遺跡攻略に向けた準備が始まった。
遺跡までは片道四日。遺跡内の探索を含めるとさらに数日分の食料が必要になる。が、飲料水に関してはロベルクがほぼ無限に作り出すことができるため、一般的な冒険者の荷物よりはかなり軽装だ。
アルフリスの武器が大剣二刀流から戦斧へと変わった。これは狭隘な通路で戦闘になったとき小回りが効くようにである。
アルフリスの希望により、一行は道中にあるウインガルド難民の入植地に立ち寄った。
巨体を見付け、入植地から人々が駆け出してくる。
「男爵様!」
「アルフリスさん!」
「今帰った!」
手を振るアルフリス。
出迎えた難民たちの態度からは、苦難の逃避行を導いたアルフリスへの信頼が滲み出ていた。
後に付いてきたロベルクたちも見咎められることもなく歓待された。
長老と呼ぶには若干若い年長者が進み出た。
「男爵様、お勤めお疲れ様でした」
「うむ」
アルフリスは長老に笑顔を返したが、長老は微妙な感情を読み取った。
「何かフルシャマルから注文でもつきましたか?」
「ああ。ナムダール様ではない。シャハーブ様からだ」
「シャハーブ様ですか……」
名を聞いた長老は顔を曇らせた。
「して、どんな?」
「ウル遺跡に行って、行方不明者を捜索せよとの命令だ」
「それは、随分と厳しい命令ですな」
深刻そうな長老に、アルフリスは、ついてきたロベルクたちを指し示した。
「だが、こちらの旅人たちが俺に力を貸してくれることになった!」
「おや、それはそれは。どうもありがとうございます」
長老はロベルクたちに深々と頭を下げた。
入植地の人々は、アルフリスへの支援者というだけで、ロベルクたちにも好意的に接してくれた。正体が知られないよう、フードを目深に被っているセラーナに対してもだ。
砂漠の小さなオアシスに作られた入植地は決して豊かではなかったが、ロベルクたちは野宿とは比較にならない安全な夜を過ごすことができた。
入植地を後にして数日。
ようやく一行の眼にウル遺跡が小さく映った。
「着きましたな。今夜は石畳の上で眠れますぞ!」
アルフリスが嬉しそうにセラーナへ呼びかける。板金鎧に大盾と戦斧を背負って疲
れ一つ見せない体力は恐るべきものだが、彼は砂上の行軍に辟易していた。
「しっ!」
セラーナがフードの中から緊張した声を上げた。動きを止め、耳を澄ます。
「お嬢、どうしま……」
「黙って。何か近付いてくる。砂を擦るような……」
セラーナが音もなく懐から鎖分銅を取り出したのに倣って、それぞれが得物を抜き放つ。
「来るわ」
囁き声と同時に、一つ先の砂丘に爬虫類が頭を出した。一つ、また一つ。爬虫類の頭は増えていき、その数は十を超えた。前足は小さく、逞しい後ろ足で半身を起こし、二足歩行で素早く反包囲態勢を敷いてくる。
「砂竜か!」
ロベルクの言葉に呼応するように、砂竜は砂丘の頂上に全身を出現させた。一体一体が一人乗りの小舟を思わせる大きさの砂竜がこちらを半包囲している様は、まるで砂の海の上で漁をしているかのようだった。
「地の利は向こうにある、か。気に入らないな」
ロベルクは毒突きながら氷の王シャルレグを召喚する。
「酷寒の気よ、槌となって大地にあまねく降り注げ!」
空中に微細な震えが走る。
周囲一体の空気が冷却され、靄が生まれる。靄は次第に濃くなり、無数の槌と化した。
次の瞬間、冷気の槌は悲鳴のような音を立てて大地に打ち込まれ、砂漠を一面の氷原へと変えた。
魔法の範囲内にいた砂竜の集団も例外なく超低温の冷気を打ち込まれ、ぼろぼろの凍った肉片となって周囲に散らばった。
「だいぶ冷やせるようになったな」
「うん。シャルレグの力を引き出せるようになってる」
「これで『だいぶ』なの? 底知れないわねぇ」
ロベルクたちの会話を聞いて、アルフリスは肝を冷やした。
「お嬢の仲間……とんでもない」
「今頃気付いたの、アルフリス?」
一行は細切れになった肉片が解凍しないうちに、戦場を後にして遺跡を目指す。
軽やかに先へ進む三人について、アルフリスも遺跡に足を進める。
背後で肉片が崩れる音が聞こえた気がして、振り返るアルフリス。
が、足元も含めて、広い範囲に砂竜の肉片が散乱しているのみだ。
「気のせいか……」
そのまま数歩進む。
次の瞬間にアルフリスが大盾を構えつつ身体を反転させたのは、歴戦の勘と幸運の賜物と言うほかなかった。
「ぬうっ⁉」
大盾を叩く鈍い音が響き渡り、巨体が数歩分ほども弾き飛ばされる。
そこには、バラバラになったはずの砂竜が、丸太ほどの尾を振り抜いた姿勢で、感情もなくロベルクたちを見つめていた。
「お嬢……砂竜の死体が……」
言いかけた側から砂竜の肉片は高速で再生し、元の姿を取り戻しつつあった。
「再生?」
「あれだけバラバラになったのに?」
「あの砂竜、生命の精霊力がなんだかおかしいよ」
今や全ての砂竜が再生を完了し、今度はロベルクたちを遺跡へ追い込むように半包囲していた。
群れの中から八体だけが進み出て、すっと頭を下げた。一人当たりを二体で襲って、確実に仕留めようという腹づもりのようだ。
「厄介な……」
ロベルクの呟きをきっかけに、砂竜は息を合わせて襲いかかってきた。
ロベルクは先鋒の鋭い顎の一撃をかわし、二体目を胴で両断する。
「氷の棺!」
砂竜が倒れ伏すよりも速く、一体の砂竜は上半身と下半身に分かたれた姿で氷柱に詰め込まれた。
二体目が駆けたまま方向転換し、再度噛み付いてくる。
ロベルクはかわしざまに顎関節へ霊剣を叩き込み、二体目の砂竜は横に切断された姿で氷柱に閉じ込められた。
「だけど、精霊力を解放してただの氷になれば、溶けた途端にすっかり元通りか……」
ロベルクがフィスィアーダを見ると、彼女もやはり斬っては氷柱に閉じ込める作戦のようだ。
一方、セラーナとアルフリスは強い精霊魔法が扱えないために苦戦していた。
「お嬢は、俺が守るっ!」
「あたしは大丈夫だから! 自分の受け持ちに集中してよ!」
アルフリスがセラーナを無駄に庇おうとする余り、四体の砂竜が二人に集中してしまっている。これではセラーナの身軽さと手数を生かした戦い方がうまく機能しない。
痺れを切らした砂竜が、四体纏めてアルフリスに襲いかかる。
「づぁりゃーっ!」
アルフリスはどちらが竜かわからないような吠え声を上げると、盾で殴り、戦斧で斬り、蹴り、挙げ句に体当たりまでして四体ぶんの攻撃を捌いてしまった。
「よし、どっちも隙だらけ!」
セラーナは攻撃を一心に受けているアルフリスの背後から飛び出した。マントの中から引き抜いた手には、握りの先に太い金属の棘が直角に取り付けられた道具――氷砕斧が握られている。
「死なないなら、痛み続けるのはどう?」
手首のしなりだけで投擲された氷砕斧は、回転しながら砂竜の左後ろ脚に突き刺さった。よろけた砂竜の姿に効果を見たセラーナは、残り三体の砂竜にも氷砕斧を投げつける。
正確に刺された脚部の痛みで動きが緩慢になる砂竜。
後衛で控えていた砂竜は、攻撃部隊が一瞬で半数になるのを見て、攻めあぐねている。
ロベルクは傷ついた砂竜を牽制しつつ、後方で控えていた二体へ向き直った。
「うーん、獣の類ならここで引いてくれるんだけど……竜と名付けられてはいるが所詮は蜥蜴の仲間か」
「ねえ
「でも、帰りは一般人を連れているかも知れない。できればここで始末していきたいな」
「とりあえず……一旦痛めつけよ?」
砂竜たちの首がすっと下げられる。
一行は武器を構え直し――
「こっちに来て!」
突然背後から幼い声が響き渡った。
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