12.ナルキッソスの水
むかしむかしある街に満満と水をたたえた泉があった
その泉から水をすくっても減ることはなく絶えず水をたたえていた
その泉があるおかげで街の人人は生活に困らなかった
喉の渇きのために苦しむことはもちろんなかったし毎日清潔でいられた
ある日街の外から不思議な泉の話を聞きつけた旅人がやってきた
旅人はすぐに泉を訪れ近くにいた子供にこの水を飲んでもいいかと尋ねた
子供は確かに首を縦に振ったがそれだけでどこから来たのかなどいったことを聞いては来なかった
そのくせ旅人をよく見るためか泉の淵に腰掛けその動向を見守った
子供の視線を感じながら旅人はまず泉に片手を入れ水をすくってみた
すると驚いたことに水面には波紋がひとつも生じずけれど手には確かに水がすくわれていた
泉からすくった水は旅人のよく知るそれであった
もう一度すくい直し今度は口をつけ飲んでみた
それは甘くもなくまた当然のように苦くもないただの水であった
むかしむかしある不思議な泉の水を飲んだ旅人がいた
いくらすくっても減ることはない泉の水はその旅人の心を満たしたという
心の満たされた者はまだ満たされたいもっと満たされたいと思うものであったが故
旅人は鏡のような水面にそのまま口をつけすすりさらに身を乗り出しかのナルキッソスのように泉にその身を落とした・・・
その街には不思議な泉から水をすくうための杯や桶があった
それらは街を囲むように生った木木でつくられていた
そのことを知るのはその街に暮らす人人だけであった
そしてその街では泉が人を飲むことで満満と水をたたえ続けているという噂もまた実しやかに言い伝えられていた
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