いつか出逢ったあなた 11th

ヒカリ

1

「…何の騒ぎだ?」


 帰国して一年三ヶ月。

 久しぶりに実家に帰ると、リビングから悲痛な声が聞こえて来た。


 俺が顔をのぞかせると。


「あ。」


 しきに足首に包帯を巻かれてる、桜花の制服。


「えっと…何だっけ。知花ちはなんとこの…」


 俺が指をさして問いかけると。


「…うららです。」


 痛みに顔を歪めながらも、長い髪の毛を後ろに追いやりながら、が答えた。


「知り合い?」


 織が、俺と麗を交互に見て言った。


「知花の妹だよ。」


「まあ…じゃ、大変。」


「何が。」


「お華するんでしょ?足首がこれじゃ、正座ができないわ。」


「どうしたんだ?」


「公園で、海が抱きついて…」


「…ったく、海の女好きは誰に似たんだ?」


 俺は海を抱えて、額をぶつける。


「あたし、車だすから。」


「ああ、いいよ。俺が送る。」


「いいわよ、陸はゆっくりしてて。久しぶりだし。」


「いいって。おまえ、あんまりバタバタすんな。」


 織は今妊娠中だ。


「おし、帰るぞ。」


 手を差し伸べると、麗は無言でそれを握った。

 が。


「いっっ…」


「んな痛ぇのかよ。」


「だって…きゃ!!」


 こいつ、軽いな。


「陸、乱暴にしないでよ。」


「わぁってる。」


 むりやり腕の中に抱えると。


「おっ…おろして下さい!!」


 初めて、ムキになった。


 たまーに、双子の片われと事務所に来てたけど。

 いつもブスーっとしてたよな。


「いいからいいから。」


 笑いながら、玄関に向かう。


「おまえの靴、これ?」


「…はい。」


「あ、私が。」


 後ろからやって来た万里まりが、麗の靴を持って俺の後に続く。

 そしてなぜかガレージで助手席のドアを開けて待つ万里に。


「後ろ。」


 顎で支持すると、万里は一瞬『はい?』みたいな顔をして後部座席のドアを開けた。

 何だ?今の顔は。


「お気を付けて。」


 万里に見送られながら。


「行くぞ。」


 ゆっくり走りだした車の中、ルームミラーで麗の顔を見る。


 間近で見るのは、初めてだな。

 …文句なしに可愛いじゃねーか。

 聖子は『性格最悪』なんて言ってたけど、知花は『聖子と似てる』って笑ってたっけな。



「冬休みじゃねーの?」


「…クラブです。」


「何やってんだ?」


「…華道部…」


「なるほど。」



 そういえば、まこの弟が言ってたな。

 毎年、文化祭の人気投票で一位になってるって。

 この顔なら、選ばれても不思議じゃない。


 聖子の言う『性格最悪』は、どうにでもなりそうだ。

 それぐらい、本当に見た目がいい。



「あの…」


「あ?」


「あたし…まだ帰りたくないんですけど…」


 突然、それがどうした。と言いたくなるような言葉。


「反抗期か?」


「…まあ…近いようなものかも…」


「でも、うちとしても、きちんと詫びなきゃなんねぇしな。」


「……」


「第一、そんな足でどこ行く気だよ。」


「…どこでもいいの…」


「……」



 俺がそこまで気を使うこともないんだけど。

 知花の妹ってことも手伝って。


「じゃ、一時間だけだぞ。」


 俺は、ハンドルを切った。





「あたし…ずっとちかしが好きだったの。」


 ジュースを両手で持って、麗が言った。


「誓?」


「双子の弟。」


 車は、夕暮れの公園。

 麗は沈んだ表情で、自分の恋心を打ち明け始めた。



「好きなのに…気が付いたら意地悪しちゃって…きっと誓は、あたしのことなんて嫌いなのよ。」


「…んなこたねえさ。」


「誓に、彼女ができたの。」


「……」


「いつかは、そんな時がくるって…いつも覚悟してたつもりだった。で もー…いざできちゃうと…寂しいの。あたしの方が、誓をわかってやれるのにって…」


「…おまえも、彼氏作りゃいいじゃん。」


「そんな簡単にできないわよ。」


「どうして。」


「あたし、理想高いもの。」


「あははは。」


「それに…」


「それに?」


「きっと、その彼氏も誓の代わりだわ。」


「……」


 外は、12月の冷たい風。

 遠くから聞こえるジングルベルが、クリスマスが近い事を痛感させる。

 あー…今年は海たちに何買ってやろう。



「本気で彼氏作る気でいた。でもそれも、誓の気を引くため…」


「ひねくれんなよ。」


「…このこと、姉さんには言わないでね。」


「あ?」


「誰にも打ち明けたことなんてないから。」


「なんで俺に?」


 俺は、麗を見つめる。

 すると、麗は…


「…同類だから。」


 とんでもない言葉を口にした。


「…何言ってんだ。」


 笑ってみせたものの…少し目が泳いでしまった。


「お姉さんが、好きなんでしょう?」


「何を根拠に…」


「すぐわかったわ。」


「俺には、ちゃーんと彼女がいます。」


「偽物の恋人なら、あたしにだって作れる。」


「いい加減にしろよ。」


 つい、きつい口調になってしまった。


「も、いいだろ。帰るぞ。」


 まだ一時間たってないけど、俺はエンジンをかける。


 麗は俺を見つめて。


「陸さんの彼女って、どんな人?」


 低い声で問いかけた。


「イケイケの女子大生。」


「そういうのが、好み?」


「美人でスタイルがよけりゃいいの。」


「最低。」


「おまえの好みは?」


「背が高くて優しくて頭が良くてお金持ちで、かっこよくて包容力のある人。」


「あはは、それって。」


「?」


「俺じゃん。」


 俺は冗談で言ったんだけど。

 麗は、じっと俺を見て。


「じゃ、彼氏になって。」


 真剣な声で言ったんだ。

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