不良少女と真面目少女と

ごんべい

不良少女と真面目少女と 前編


 意味のある人生にしたかった。


 17年生きて、私の人生に「意味のある」瞬間があっただろうか。

 こんなことを考えるのは思春期特有の下らない感傷。確かにそうかもしれない。だけど、私がこのまま大人になって、そういうことを考えなくなって、そして緩やかに死んでいく。

 それは、果たして生きていると言えるんだろうか。


 分からない。

 なにか部活に打ち込めばよかった? 委員会にでも入ればよかった? 勉強を頑張ればよかった?

 いや、そういうことじゃないんだ。

 そういうことじゃ……。




望月もちづきさん、またこんなところでサボってるの?」

「ああ、御舟みふねか……。まぁ、やることもないし」

「授業があるでしょ」

「うん、まぁ……」

 なんとなく学校が退屈で、あてもなく街中をぶらぶらしていると、同級生の御舟みふね 美佳みかに見つかった。

 髪の毛は黒色で、片方を三つ編みにして垂らしていて、メガネをかけている優等生っぽい大人しそうな女の子。見た目通り、実際クラスじゃ「クソ真面目」に分類されるだろう。

「制服でこんな昼間からウロウロするの、良くないわ」

「はぁ……、そりゃお前もだろ」

「私は望月さんを連れ戻しに来たの。まだ午後の授業だってあるんだから、学校に戻るわよ」

「授業なんて出てもな……。私は別にそういうこと得意じゃないし」

「とりあえず出ないより得よ。内申点とかあるんだから」

「まぁ、そりゃそうなんだけどさ……」

 

 御舟は一応、私と同じクラスだ。だけど、どうしてこんなに私に構うのかいまいち分からなかった。別に虐められてるから学校に行かないわけじゃないし、内申に響いたとしてもそれは私の自業自得だ。

「御舟はどうして私に構うんだ? 放っておけばいいだろ」

 おまけに言えば私は目つきも悪い。制服を着崩してこんな昼間からぶらぶらしてたら、不良にしか見えないだろうに、よく話かけてくる気になるな。

「クラスメイトでしょ。せっかく一緒のクラスになったんだし、放っておけないよ」

「へぇ……。凄いやつだよお前は。私には真似できない」

 別に幼馴染ってわけでもない。たまたまクラスが同じになっただけの他人の生活に干渉しようなんて、普通思わないだろ。疲れるだけだ。

「私のことはいいの。ほら、学校に戻るよ」

「うわっ、ちょ、待てって」

「ほら、制服もちゃんと着る!」

「わかった、わかったよ……」

 不意に手を掴まれて、ずんずん通学路に引き戻されていく。

 振りほどこうと思えば、いつでも振りほどけたけど、今日のところは根負けしたってことで、授業ぐらい出といてやるか……。



「望月さん、進路報告のプリントそろそろ出してもらえる?」 

 はぁ。またこいつか……。放課後、教室で話しかけられてそう思ってしまった。

「なんでお前に言われなきゃなんねーの」

「私、一応クラス委員だから。こういうの集めるのが役目なの」

「あっそ……。そりゃご苦労さま」

「ご苦労さま、じゃなくて出して欲しいんだけど?」

「書けてないんだよ。もうちょっと待ってくれ」

「考えられないなら一緒に考えてあげるから、プリントだして」

「はぁ!? 一緒に考えるって、いやいいよ、明日までに書いて出しとくから」

「明日やるって、絶対やらないでしょ。ほら、ごちゃごちゃ言わないでさっさとやる」

「はぁ……、分かったよ……」

 大人しそうな見た目でハキハキしたやつだ。お節介焼きで、こういうのお人好しって言うのか? なんか良いことしたくて、そのダシに私が使われてるだけか?

 どっちにしろ鬱陶しいことこの上ない。

「それで、望月さんにはなにかやりたいこととかあるの? そうじゃなかったら大学進学でいいと思うけど」

 白紙のプリントをぼーっと眺めながら御舟の話を右から左へ聞き流していく。

「大学進学、と……」

 やりたいことなんかあるわけはない。そういうことが見つかれば私の人生だって少しは張り合いのあるものになったかもしれないけど。


「望月さんはなにか興味のあることとかないの ?」

「ないね。御舟はなんかあんの? この歳で将来やりたいことが決まってる人の方が少ないと思うけど」

「私は……。私も、まだやりたいことはないわ……。でも毎日を無駄にしたくないの」

「あっそ。それで私にお節介を焼いて、満たされてるってわけか。ご苦労さま」


「ふふっ、そうね。そうだわ。あなたの言う通り。私は、私のためにお節介を焼いているの……。クラス委員だってそうよ。何かをやってないと、不安なの」


 

 悪態をついたのに、御舟は少しはにかんでそう答えた。もう私のことなんて放っておいてくれるかと思ったのに。

 その笑顔はどこか寂しそうで、自信がなさげだ。なんで、いいことをしてるのに、こんな顔をしてるんだ。

「変なやつだな……。私は悪口を言ってるんだ。反論すればいい」 

「できないわ。あなたの言う通り。こんな性格だもの、そういうことを言われるのには慣れてるの」

 少しだけ胸が痛んだ。いや、だいぶ。御舟はもっと痛んだに違いない。

 こうやってお節介を焼いて、真面目にやってきて、きっと陰口とか言われてきて、結局クラスから浮いてしまってる。それが御舟美佳という人間なんだろう。

 こいつが私を助けてくれていることは確かなんだから。私みたいな何もしてない人間が、こんなことでこいつの顔を曇らせていいわけがない。

「はぁ……、御舟、自信を持てばいい。お前はいいことをしてるんだ。それに間違いはない。いいからシャンとして、また私を授業に連れ戻してくれりゃそれでいいんだよ」

「え……ええ」

「ほら、プリント。御舟のおかげで提出できるから、持っていといてくれよ。その、ありがとう、御舟」

「うん……。望月さんって、意外といい人なのね」

「意外とは余計だ」

 

 望月みたいに真面目なやつでも、やりたいことが見つからないとか、そんなことを言うんだな……。

 この時私は少しだけ御舟に親近感のようなものを覚えたのかもしれない――。


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