イノチ

水無神 螢

イノチ

どうして、いじめってものは無くならないんだろう。

そんなくだらないことよりも、ゲームだとか漫画だとか、そういう楽しいものがあるっていうのに、執拗に、そして遠慮なく攻めてくる。

それが「自分と違う人種は受け入れられない」という自分勝手な理由だと気づいたのは、高校生になってからだ。

中学時代、頑張って勉強してそこそこいい高校に入った。そこで驚いたのは、いじめの材料となる自分の事情が皆にバレても、あからさまで攻撃的ないじめは受けなかったことだ。

やはりそこそこ高い偏差値だからだろうか。それとも一足先に大人になっていたからだろうか。どっちにしろ、こちらとしては3年間ずっと耐えることにならずに済みそうだと、俺は安堵した。

だが、だからといって過ごしやすい訳ではない。皆がこちらに向ける目線は、他のクラスメイトに向ける目線と違うことには容易にわかる。自分と同じじゃない奴は、たとえ大人であろうと偏見を持ち続けると知った時、俺はクラスから完全に浮いていた。

俺は何をしたんだろう?気がついたら、こんな状況になっていた。自分から悪化させようとした覚えはないし、そもそも偏見の目を向けられる事情も自分が原因ではない。俺は、それに値する行いを一切していない。それなのに…。

これが、運命ってやつなのか。

だから俺は放課後に教室で日誌を書いている時、ふとこう呟いてしまったのだ。


「ああ、死にてぇなぁ…」

「え?死にたいの?」


唐突に後ろからかかる声にギョッとする。俺はてっきりこの教室に俺しか残っていないと思っていたからだ。

「え、あ、あの、日々の生活が辛いって意味で…」

「ああ、そういうこと!」

声をかけたのはクラスのムードメーカー的な立場にいる女子だ。どうやら部活の件で何か書類を書いていたらしい。その後ろには、同じく何かを書いている男子と、本を読んでいた男子がいる。

これだけいるのに気がつかなかった俺は相当馬鹿か?ただ疲れているだけだと信じたい。

「わかるわかる!そういうことってあるよねー、そうでしょ?」

「え、俺に振るの?」

何かを書いていた男子が狼狽える。

「…えと、テストで赤点とった時とか?」

「うっそだー、あんたの場合青点でしょー?」

「失敬な!」

女子がからかうと男子が軽く怒る。その近くで今度は俺が戸惑う。

「え、青点?」

「あれ、知らないの?まぁ青点なんかこんな奴ぐらいにしか縁がないから仕方ないか」

「これ以上言うな!俺は赤しか取ったことはない!」

「ハハハッ!自慢になんないよそれ。えっとね、赤点は平均点の半分でしょ?青点はその半分。つまり平均が60点の時は、青点は半分の半分で15点。…あんた地理何点だっけ」

「28だ、馬鹿にするな!」

「充分馬鹿にされる点数よ、それ」

男子がふてくされる。それをさて置いて、女子は少し言いにくそうに言った。

「私ねー、妹が早くに死んじゃったんだ。その時はすごく悲しくて、一緒に死んじゃおうとか思ってた。でも今になったら慣れちゃったみたい。だけどたまに生活が辛くなると、妹のところに行こうかなとか思っちゃう。軽い気持ちだけどねー」

驚きだ。彼女にそんな過去があったなんて。

あんたはー?と本を読んでいる男子に女子が聞く。男子は本から少しだけ目線をこちらに向けて答えた。

「今日、後輩の目の前でずっこけて恥ずかしくて死にたくなった」

一瞬の沈黙。

そして、教室中に爆笑が響き渡る。

「ハハハハハッ!なにそれ面白いー!!」

「ちょっ、おまっ、そんなキャラだったのか!」

「なんだよそんなキャラって。ただ本を読んでる陰キャだと思ってたのか?」

「自覚してたんだ?…ちょっとまってその雰囲気でずっこけたの想像したら…ッハハハハハ!!」

「うっさい黙れ!想像するな!」

「キャラが!キャラが壊れたハハハハハ!」

本を読んでた男子が赤面し、他の男女は腹を抱えて笑っている。

俺もつい声を出して笑っている。

…あれ?


俺、会話して、笑ってる。


ただ単にそれだけのことだったが、その瞬間が幸せだということに気づいた。

何だ。辛い日々だと思ってたけど、

これから先、いいことありそう。


神様はそんな時、至って残酷だ。

必ず、俺の希望を打ち砕いてくる。


「…あ、」

「ん、どうした?」

まだ笑いが絶えない中、女子が唐突に顔色を変える。

「あれ、書いてあったっけ?」

「うん?」

男子が女子の指差す方向に目を向ける。俺も振り返ってみると、


ノ ゾ ミ ヲ カ ナ エ テ サ シ ア ゲ マ シ ョ ウ


「なにこれ、気持ち悪い…」

女子の呟きは、その場にいた他の3人の代弁とも言える。

黒板にその16文字の字が、赤で大きく書かれていたからだ。

何だこれ?目的もわからないし、そもそも誰が書いた?

不快なので、俺が消そうと黒板に足を向けた、その刹那、


ガツンと、硬いもので何かを叩く音が聞こえた。


「は?」

反射的に後ろを振り返る。その場には、

そこにいなかったはずの4人の人影があった。

「…え?」

ドアが開いた音はしていない。そもそもその4人は、大学生のような人もいれば小学生ぐらいの人もいて、明らかに不自然だ。

だが、注意すべきは、

「…!?」

本を読んでいたはずの男子が、机に突っ伏しているのだ。

そしてその後ろに立っていた小学生程の少女が、右腕を振り上げた。

手には、鉄製の棒が握られていた。

「待っ…!」

ガツンと、再び同じ音がし、激しい音を立てながら男子が椅子から転げ落ち、地面に倒れる。

それを少女が容赦なく、鉄の棒で殴り続ける。

…う、

「うああああああああああ!!!」

自分の声とは思えない声量を発しながら、俺は教室のドアを開け、外に出た…。




「な、何なんだよ、一体、」

息も絶え絶えになりながら、それでも足が走るのをやめない。

くっそ、こんなことになるんなら文化祭の実行委員なんて立候補しなけりゃよかった…出なきゃ放課後まで教室に残って書類を書かなくて済んだのに…。

ふと後ろを見た俺は、自分の目を疑った。

そこには、中学生程の少年が歩きながらこちらに向かっている姿があった。

間違いなく、あの時教室に現れた4人のうちの1人だ。

「ああああああ!?」

少年の右手に光るハサミに怯え、動かない足を懸命に引き上げて走る。だが、

「っ!?」

行き止まりだ。

慌てて近くの教室に入ろうとするも、鍵がかかっている。

「くそっ、くそっ!…!!」

ハッと顔を横に向けると、2つの目が見えた。

少年は、既に追いついていた。

「…お、俺が何をしたっていうんだ?」

恐怖に座り込み、その前這って距離を置こうとするも、無意味である。

「…まさかあれか?『死にたい』って言ったからか?」

少年は何も答えない。ただ右手のハサミを弄びながらこちらに近づく。

そして、俺は多分おかしくなったんだと思う。

「死にたくなって、何が悪いって言うんだ!?」

大声でそう叫んだ直後、少年の右手が動いた。




「助けて…」

今日初めて話した男子に、助けを求める。足を挫き、私は床に倒れてしまっている。だが男子は戸惑っているようだった。

それもそのはずだ。私の後ろから、大学生程の青年と、中学生ぐらいの女子が近づいている。

結局男子は、私を置いて去っていった。

「…最低、」

私の声は、男子に聴こえてただろうか。

私の横を、青年が通り抜けた。歩いているだけに見えるが、尋常じゃないスピードだ。となると、

私が振り返ると、少女が残っていた。

「…私を殺すの?」

聞かなくともわかっているはずだ。少女の右手には場違いなチェーンソーがふかしてある。

だが、一向にこちらに向かってこない。

「…?」

その時、少女の胸元で何かが光った。

「…それ、」

それは、私の見覚えのあるものだった。

「ランにあげたネックレス…」

あからさまに少女がギクリとする。もしや、

「…あなた、ランなの?」

私の妹の名前を口にすると、力なく構えていたチェーンソーが下に垂れた。

それが、肯定を指していることに気づかないほど私は鈍感じゃない。

そして、唐突に少女、いや妹が口を開く。

「私達、姉さん達の体を使って遊ぶつもりだったの」

私は何も言わずに、静かに続きを促す。

不思議なほどに落ち着いていられる。家族だからだろうか。

「あの世での暮らしが、すごく辛くて…そんな時、さっき行っちゃった人が私を呼んだの」

多分、猛スピードで私の横を通った人だろう。

「私達、生きている人の身体に乗っ取れるんだって。でも血が繋がってないといけなくて、そういう人達を集めてるって。ホントは私達、1ヶ月くらい遊ぶつもりだった。でも『死にたい』って話で盛り上がってるのを見て、あの人がすごく怒って、その身体奪ってやるって…」

詳しくはよくわからないが、どうやら死んだ人からして、あの話は非常にまずかったらしい。

「でも、姉さんは私のことで悲しんでくれてて、殺したくなかったけど、気がついたらそんな流れになってて…」

妹がしゃくり上げる。目からは大粒の涙が溢れてた。

「私、どうしたら…」

感情的になっていて、話が掴めていない点も多いが、とりあえずわかったことがある。

「大丈夫よ」

無理矢理自力で立ち、私は妹に近づく。

「私、あなたのことが本当に好きなの。死にたいって軽々しく言ったのは…私が悪かったの。ごめん」

そして妹の頭に手を乗せる。

「私が寿命で死んだ時、また一緒に遊ぼう?だからそれまで待っていてくれる?」

妹は悩んでいるようだった。あの人から脅しをかけられていたのかもしれない。

やがて妹はパッと顔を上げ、笑顔になった。

「私、決めた」

ああ、私、助かったんだ…。そう確信した、はずだった。

「私、いますぐ姉さんと遊ぶ」

収まっていたはずのチェーンソーが、再びふかされた。




「…幼く死んだ、身内…?」

「そうだ」

本を読んでいた男子は教室で滅多打ちにされ、さっき書類を書いていた男子の悲鳴が聞こえ、女子は置いてきた。

もう、俺しか生き残っていない。

そして俺の目の前には、大学生ぐらいの青年がいる。

「あんたを含めて4人とも、それぞれ襲った人の兄弟、姉妹っていうことか…?」

「そうだ」

攻撃されて血が滴る足を抑えながら、俺は最後の足掻きとして会話をしている。

「でも俺は兄なんて…」

「聞かされてないのか?流産した男の子のことを」

「…まさかその子が!」

「そう。死んだ者として成長したこの俺だ」

「…でも、どうして俺らを、」

青年は、突然話を変えた。

「天国と地獄って、信じてるか?」

「…?」

「あれは本当にある。いい行いをした者は天国に、悪い行いをした者は地獄に行く。そういう仕組みだ」

じゃあ、と目をぎらつかせて、青年は俺に問うた。

「いい行いも悪い行いも出来ずに死んだ者はどうなると思う?」

「…わからない」

予想外だ。そういうケースがあることは今まで考えたことがなかった。

そして、衝撃の答えを出される。

「鬼としてな、一生こき使わされるんだよ」

「…!!」

「鬼がなんで二足歩行か知ってるか?もともと人間だったからさ。ほら、俺の頭も、」

青年が髪を手で開くと、

「あ…」

そこには、ツノらしきものが生えていた。

「徐々に、こうやって鬼になっていく。そろそろ俺の皮膚の色も変わる頃だ」

そんなことより、と青年は続ける。

「こき使わされると言っても、この世界みたいに甘ったれたもんじゃない。俺らはな、もう死んだ身だから、2度と死ぬことはないんだよ」

「…まさか」

「いくら重労働しても、いくら飯を与えなくても、人は減らない。便利な奴隷だってことだ」

「そんな、…そんなことがあったなんて」

「…そんな時、俺は先輩からあることを聞いた。生きている人の身体を乗っ取って、自由に暮らせる方法だ。特定の呪文や呪いを使えば、自由に人の身体を出入りして、その身体を使うことができる。だがこれには条件があってな。血の繋がった、年の近い家族でなきゃいけない」

「…だから、俺たちを、」

「ああ。俺の母さんと飯を食ってるお前を見て、正直俺はほっとしたよ。おっと勘違いするなよ。俺たちはもともと1ヶ月程度、遊ぶ気持ちでやろうとしたんだ。…だがなんだ?」

青年は、背筋がゾクッとするほど眼光を鋭くした。

「いじめられているから死にたい?テストが出来なくて死にたい?恥ずかしくて死にたい?」

「っ…、別に俺は本気で言ってたわけじゃ、」

「ふざけ半分ってことか?いい度胸だな。…俺らは死んでも死ねないっていうのによぉ!!」

唐突に青年は俺の首を掴み上げる。足が虚しく宙でばたつく。

青年の爪は鋭くなっており、俺の首に少し食い込んで血を滴らせていた。

「そんな命のありがたみも知らねぇ奴らが生きるよりかは、俺らがその命を使ってやった方がよっぽど有意義だろぉ!?だから俺らはお前らを殺して、お前らの代わりに生きようと決めたんだ。腑抜けたお前らなんかに、命を無駄遣いさせてたまるかってな!!」

青年の手から、何か得体の知れないものが俺の身体に流れ込んできた。そして、

「ぐっ!」

どうしようもない苦しみが、俺を襲う。そして青年がパッと手を離した。地面にのびる俺を、ゴミを見るように眺める青年が口を開く。

「これはな、お前を殺した直後に俺が乗り移れることのできる、便利な呪いだ。あいにく先輩は一人っ子だったから使えなかったらしいが…、先輩の分、俺が生きてやる。残念ながらこれはもう取り消すことはできない。お前の死は確定しているんだよ」

何度も咳き込む。咳き込めば咳き込むほど全身が苦しくなり、俺は悶え続ける。それを冷ややかに見つめた青年が、こう告げた。

「情けねぇなぁ、おい。仕方ない。最後になんか言いたいことはあるか?俺がなんでも聞いてやろう」

鼻で笑いながら青年はマイクを向ける仕草をする。息も絶え絶えになりながら、俺は何とか質問を口にすることができた。

「…その、乗っ取るの、…ていうのは、もし…血の繋がって…ない奴に、したら…どうなる、んだ…?」

「あん?そんなくだらねぇことを聞くか?まぁ説明不足だったからな。教えてやるよ。先輩も誰かから聞いた話だからよく知らねぇらしいが、どうやら乗り移った側は身体がうまくマッチしなくて、永遠に激痛に見舞われるらしい。…それだけだ。なんか可哀想だな。もう一回なんかまともなことを言ってみろよ」

暗に俺を楽しませろと言っている。その顔に向かって俺はニヤリと笑い、こう言った。





「俺が養子だって、知ってたか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

イノチ 水無神 螢 @minakami_hotaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ