第11話:ルロアの実

 あっという間に、リリアを乗せたゴレアは、リリアの故郷であるポルカ村へ到着した。


 村は、荒野の中に存在する。

 丸い形の石と粘土で造られた家々が並び、乾燥した土地でも育つ穀物を育てている畑があり、暑さに強い草食の家畜が沢山いる。

 村には井戸がなく、朝一でその日一日に必要な水を、近くの川まで汲みに行くことが村人たちの日課だ。

 その為か、村には人が少なかった。

 いや、それ以前に、流行り病のせいで外に出られる人が少なくなっているのだ。


 村に残っている人々は女子どもとお年寄りで、見慣れない生き物のようなゴレアを目にして大慌てだったが、リリアが必死で彼らを説き伏せた。

 族長であるアニキスは、片時もリリアが目を離さないことを条件に、キラクとゴレアが村へ入ることを承諾した。

 アニキスは、村で唯一の医者であるコルダを呼びつけ、キラクの手伝いをするようにと命じた。


 コルダの話では、病人たちは感染が広がらないようにと、各々の家に閉じこもっているとのことだった。


「最初の病人は誰だ?」


 キラクの言葉に、コルダは首を横に振る。


「最初の病人は既に亡くなっている。今現在、病状が悪化しているのは十歳の女の子だ。名前はメリーテ。その角の家にいる」


 コルダの説明に、キラクはゴレアから降り立った。

 ガシャン、ガシャンと、キラクの足が音を立てる。

 その手には鉄の鞄を持ち、コルダと一緒にメリーテの家へと入って行った。

 リリアは、その後をついて行こうとしたが、アニキスに呼び止められた。


「リリア。あいつは本当に、信用できる奴なのか? 見たところ、魔力など欠片も持っておらんようだが……。ビプシーか?それにあの身なりといい、この巨大な金属の機械といい……。どこの国の者だ?」


 アニキスは、明らかにキラクを警戒している。

 無理もない、リリアも最初はそうだったのだから。


「大丈夫。彼は信頼できる。森で、私が倒れた時も救ってくれた。彼はいろんなことを知っている、私たちが知らないいろんなことを……。彼の話は、村が救われてからでも遅くないでしょ?」


 リリアの笑顔に、アニキスは黙り込む。

 リリアは、アニキスの腕をポンッと軽く叩いて、メリーテの家へと入って行った。


「本当に、怖い者知らずな子だよ、リリアは」


 近くにいた老婆が、微笑みながらアニキスに話しかける。


「全くだ。族長の腕を気軽に叩く奴が他にいるか?」


 溜め息をつきながら、アニキスは頭を掻く。


「仕方ないさね。あれぐらいでないと、むしろ困る」


 けたけたと笑う老婆に、アニキスは苦笑する。


「そうだな……。さすがは、あいつの娘だ」


 アニキスにも、ようやくいつもの笑顔が戻った。






 メリーテの具合は、最悪中の最悪だった。

 顔色は真っ青で、足の裏の発疹は膨れ上がり、体は小刻みに震えている。

 その苦しそうな表情と息遣いは、隣で看病している母親までをも病人のような顔つきに変えてしまっていた。


「いつからこうなった?」


 キラクは、いつもと変わらぬ無表情で母親に尋ねる。


「いつから……? あぁ、わからない……。どうしてこの子はこんなに……? うぅぅ」


 涙を流す母親を、リリアはそっと抱き締める。


「おそらくだが、六日ほど前だ。僕の記憶では、それ以前は元気だったよ」


 コルダが助け舟を出す。

 キラクは、机の上に鉄の鞄を置き、頑丈そうな鍵を開けて中を開いた。

 中には、リリアが見たことのない器具が沢山入っている。

 医者のコルダでさえも、その中にあるほとんどのものが理解不能なものだった。

 キラクは、超小型のモニターがついた注射器のようなものを取り出し、メリーテの細い腕から採血した。

 すると瞬時に、注射器のモニターに病名が映し出された。


『低毒性ウイルスの過剰摂取による食中毒。ウイルス名:メイコロプシン2671』


「やはりな」


 キラクは、納得したかのように頷く。


「食中毒? まさか? 食中毒だけでこれほどの症状が出るなんて、有り得ない……」


 コルダは困惑している。


「ただの食中毒ではない。微毒のウイルスによるもので、過剰摂取した際にはこうなる。感染症の一種だと考えた方がいい。何を食べさせた?」


 キラクの問い掛けは母親に向けられているが、母親は声も出せないまま首を横に振るばかりだ。


「この村の水はどうなっている?」


 キラクはリリアに問い掛ける。


「えっと、近くの川まで毎日汲みに行っているの。けど、今までその川の水を飲んでこんな風になった人は一人もいないよ」


 リリアの言葉に、キラクは何か考えるような顔になる。

 すると、今までリリアの腕の中で震えていた母親が、キラクに手を伸ばし、すがりつくようにキラの体を揺さぶり始めた。


「お願いっ! 助けてっ! この子を助けてっ!」


 涙でぐしゃぐしゃになった母親の顔を見て、キラクは目を真ん丸にして驚く。

 リリアは急いで母親をキラクから引き離す。

 キラクは、驚いてしまって、何を考えていたのか忘れてしまったようだ。


「と、とりあえず……。おい、医者。薬草の貯蔵はしているのか?」


 キラクは母親から少し離れて、コルダに問い掛ける。


「あぁ、乾燥させて保存してあるものが沢山ある。けれど……、この病に有効な物があるかどうか……」


 コルダの表情が歪む。


「いや、大丈夫だ。そう難しい病気じゃない」


 そう言って、キラクは母親を見る。

 母親は、涙で目を真っ赤にして、それでもキラクを見つめている。


「大丈夫だ、きっと助ける」


 キラクの言葉に、その場に母親は泣き崩れた。


「お願いします、お願いします……」


 小さな声で何度もそう言いながら、母親はキラクに頭を下げ続けた。

 少しばかり恥ずかしそうな、困ったようなキラクの顔を見て、リリアは微笑んだ。






 それからのリリアとキラク、コルダは、薬作りや治療に追われ、寝ずの作業が続いた。


 キラクは、コルダが保管している乾燥させた薬草数種類を調合し、見たことのない薬を作った。

 その薬を最初に投与したメリーテは、次の日には熱が引き、意識を取り戻した。

 それを見た村人たちは、みなキラクを信用し、頼った。

 病に苦しむ村人全員に薬が行き届いたのは、キラクとリリアが村に入って三日目の夜のことだった。


「どうにか危機は去ったようだ……。本当に助かった、ありがとう」


 最初はキラクを怪しんでいたアニキスも、トレイユの弟でもある息子を救ってもらえたことに感謝し、涙ながらにキラクに頭を下げた。


 キラクはと言うと、あまり人から感謝されることに慣れていないのか、俯きかげんに目を逸らし、頬を赤らめていた。


 ようやく一息ついたリリアとキラクは、リリアの生家で休むこととなった。

 しかし、キラクはここでも気を抜けなかった。

 家の扉を開けて、中に入るや否や、リリアの母親であるレオナがキラクに抱き着いてきたのだ。


「あんたがキラクだね。みんなの病を治してくれて本当にありがとう。何度お礼を言っても言い足りないくらいだよ。本当に、本当にありがとう」


 レオナの逞しい両腕に挟まれて、キラクは成す術がない。


「あたしからも礼を言わせておくれ。あなた様は村の恩人じゃ、神様じゃ」


 そう言って、身動きのとれないキラクの手をきつく握りしめるのは、リリアの祖母であるローナ。

 リリアに、アルトレア伝承を初めとして、様々な伝説、神話を聞かせて教えたのはこのローナだった。

 皺だらけの顔と、曲がり切った腰がローナの年齢を表しているが、さすがのキラクも、まさか二百歳を超えているとは思わないだろう。

 そして、二人して何度も何度も礼を言うものだから、キラクは思考回路が停止した。


「ほらほら、キラクさんが困っているでしょ。二人とも離れて」


 そう言って、レオナとローナをキラクから引き離したのは、リリアの姉であるマイア。

 リリアとよく似た顔立ちだが、リリアと違って、その表情には利発さが感じられる。

 マイアの気配りで、リリアとキラクはリリアの部屋へと通された。

 リリアもキラクも、ようやく気を抜くことができた。

 二人して、それほど大きくはないリリアのベッドに倒れ込む。


「何と言うか……。疲れたな」


 珍しく、キラクの方から話しかけてきた。


「そうだね……。本当に、大変だった。キラク、ありがとう」


 リリアは、自然と感謝を口にした。

 キラクは、もう礼は聞き飽きたと言わんばかりに、眉間に皺を寄せて不機嫌な顔になる。

 しかし、リリアは天井を見つめているために、キラクの表情には気付かない。


 リリアは考えていた。


 どうして、キラクは私たちを助けてくれたのだろう?


 キラクは、人間なんてどうでもいい、という感じの思考の持ち主だ。

 自然、野性動物、植物、微生物…、その他、人間以外の生き物に興味を示す性格だ。

 そして、それらが世界で一番大切だと考えていたはずだった。

 けれど、人間であるポルカ村の人たちを助けてくれた。

 その理由を、リリアはずっと考えていた。


「ねぇ……。どうして助けてくれたの?」


 小さな声で、呟くように尋ねたリリア。


「……お前が言ったんだ。人間も、自然界の一部であると。それに、ドラゴンの角に病気を治す力があるなどという幻想を抱かれたままでは困るからな」


 そう言って、キラクは寝返りを打ち、リリアに背を向けた。

 キラクの言い方だと、アーシードラゴンの角は薬にならないということだ。

 今更ながらリリアは、神の子と称されるアーシードラゴンを狩ろうとしていた自分が、どうしようもない愚か者に思えて仕方がなかった。


「それでも、お前は村のために、出来ることをやろうと動いていた。それだけは、阿呆のすることではない」


 キラクの、ぶっきらぼうで遠回しな言葉に、リリアは少しばかり救われた。


 しかし、疑問が残る。

 アーシードラゴンの角に病を治す力がないのなら、どうしてドルリッチ侯爵は、エードリードという医者は、それを求めたのだろうか……。

 それとも本当は、アーシードラゴンの角には、もっと簡単に病を治す力があったのでは?


「ねぇキラク……。本当に、アーシードラゴンの角は、その……。アーシードラゴンの角じゃ、病気を治せないの?」


 意を決して尋ねたリリアだったが、キラクは既に夢の中だった。






 翌日、リリアが目覚めると、既にキラクは起きていて、台所のある部屋の暖炉の前で、ローナと談笑していた。

 まさかキラクが、老婆とにこやかに会話ができるなどとは思わなかったリリアは驚いた。

 ローナが話す様々な話に、キラクの目はキラキラと輝いていた。


 日が登り、外が明るくなると、キラクはウイルスの出所を探ると言って、リリアをつれて、勢いよく家を出た。

 久しぶりにまともなベッドで眠ることができ、さらにはローナから興味深い様々な話を聞いたことによって、キラクはいつも以上にアクティブで元気いっぱいだ。

 しかし、キラクにベッドを譲って床で寝る羽目になったリリアは、体のあちこちが痛くてどんよりしていた。

 だが、リリアに休んでいる暇などない。

 キラクが何をしているのかはさっぱりわからないし、隣にいても何の役にも立たないが、アニキスに目を離すなと言われたからには仕方なく、リリアはキラクについて回っていた。


 川から汲んで来た水、村で育てている穀物、飼育している家畜、保存食も全て、キラクはくまなく検査した。

 コルダの家で、リリアもコルダも見たことがないような様々な機械を使って、キラクは村にある食べ物のほとんどを検査していった。

 そして、意外な所に、今回の病の原因となるウイルスを発見した。


 夕方、キラクはコルダの家にアニキスを呼び寄せ、話した。


「これが、病気の元凶だ」


 そう言って、キラクがテーブルの上に置いたもの。

 それは、ルロアの実だった。

 赤く熟れたその実は、独特な酸味を持ち、好き嫌いのはっきりと別れる味が特徴的だ。


「ルロアの実!? それは、確かなのか?」


 アニキスの言葉に、キラクが頷く。


「だとすれば……。これは、大変なことになるぞ……。近隣の村々にも、早く、知らせねば……」


 アニキスは、額に手を当てて、軽くよろめいた。

 コルダがすかさず椅子を引き、アニキスに座るように促す。


「違うんです、アニキスさん。キラク、説明してくれ」


 コルダにそう言われて、キラクはもう一つ、ルロアの実を差し出した。

 テーブルの上には、二つのルロアの実が置かれている。


「この二つの違いがわかるか?」


 アニキスには、キラクの言葉の意味が理解できない。

 テーブルの上にあるのは、同じルロアの実だ。

 リリアにも、その違いはわからないようだ。


「ここを見ろ。萼のすぐ裏に、何か針で刺したような跡がある」


 キラクは、ルロアの実の蔕をめくって、二人に見せた。

 確かにその部分には、キラクの言うように、小さな小さな穴が開いている。


「おそらく、何者かがこの果実に毒を打ち込んだんだ。それも、とても微毒で、すぐには症状が出ないもの。体内で蓄積されて初めて、その毒性に気付く程度の毒だ。即ち、知らずにこの果実を口にし続ければ、今回のような、まるで未知の病が流行り出したかのような状況になる。幸い、もともとの毒性が弱く、ありきたりなものであるから、治療薬は簡単にできた。それに、一度病にかかって完治してしまえば、体内で毒への抗体ができるため、二度と同じ病にはかからないはずだ。残っている果実を全て調べてみたが、三分の一ほどは毒が含まれていた。全ての果実に含まれていないところを見ると、毒の注入は無差別的に行われたのだろう」


 キラクの言葉に、アニキスは困惑しながらも、安心した。

 元凶が解り、治癒方法も見つかった。

 村は救われたのだと、アニキスは安堵した。


 しかしリリアは、何だか釈然としない、モヤモヤとした気持ちでいる。

 何かが解りそうで、でも解りたくなくて……。

 そんなモヤモヤした気持ちを抱えて、苛立っていた。


「問題は、これがどこから来た物で、誰が毒を仕込んだのか、ということだ」


 キラクの言葉に、アニキスはハッとしたような表情になり、コルダを見つめた。

 コルダは深く頷く。


「そうです。ルロアの実は、領主様のお屋敷で作られたもの。即ち、毒を盛ったのも、おそらくは……。それに、周辺の村では病など流行っていないところを見ると、このポルカ村のみが狙われたのだと考えられます」


 コルダの言葉に、リリアは思い出していた。


 アルトレア地区を束ねる領主、ドルリッチ家の頭首であるクレシダ・ワント・ドルリッチ侯爵。

 いかにも裕福な風貌で、無駄にぶくぶくと太っていた醜い男。

 あの男が住む、城にも似た大きな屋敷。

 その屋敷の周りにある、広いルロアの実の果樹園。

 あそこで作られたルロアの実に毒が盛られていたとなれば、犯人はただ一人。

 クレシダ・ワント・ドルリッチ本人が、使用人に毒を盛るようにと命令したに違いない。


 しかし、理由がわからない。

 どうして、シーラ族の暮らすこのポルカ村だけに、毒を盛ったルロアの実が送られてきたのか……。


「侯爵家とは関わりこそさほどないが、それでも良好な関係だったはずだ……。毒を盛られるようないわれなどないはず。それがなぜ?」


 考え込むアニキスとコルダを他所に、キラクはさっさと片付けを始める。

 キラクは役目を終えた。

 おそらく、また森へ戻って、研究のための採取の続きをするのだろう。


 しかし、どうしてキラクがここにいるのだろうか?

 そもそもなぜ、こうなったのか……。


 リリアは思い返していた。

 なぜ、このような事になったのかと、記憶を遡っていた。


 森で生物学者のキラクと出会って、騙して、力を貸してもらって……。

 アーシードラゴンの角を手に入れるために森へ入ったはずなのに、結局は手に入れられず、リリアは真実をキラクに打ち明けた。

 すると、予想外にも、キラクは村人たちを助けてくれた。


 けれど、どうして村人たちは助かったのだろう?

 助けるための薬の材料に、アーシードラゴンの角が必要だったはず……。

 しかし、キラクはアーシードラゴンの角にそのような力はないと言ったし、現に角がなくてもキラクは病を治してみせた。


 じゃあ、なぜ、アーシードラゴンの角が必要などと考えたのか? 


 そして、全てはドルリッチ侯爵からの手紙で始まったことを思い出した。

 村の危機を知らせてきたのもドルリッチ侯爵ならば、アーシードラゴンの角が薬になるとリリアに教えたのもドルリッチ侯爵だ。

 しかし、病の原因となったルロアの実は、その侯爵の屋敷から届いた物。


 いったい、何が目的で、このようなことを……?


 リリアの中でモヤモヤとしていたものが、色を変えて、ざわざわと音を立てはじめた。

 三人が考え込んでいると、家の外が急に騒がしくなった。

 すると、小さな男の子が一人、家の中へと飛び込んできた。


「コルダ先生、大変なんだっ! トレイユが、血だらけになって帰ってきた!」


 男の子の言葉に、アニキスとコルダは一斉に立ち上がり、家の外へと飛び出した。


「……トレイユ? ……あぁ、あの馬鹿男か」


 キラクは溜め息交じりに、面白くもなさそうにそう言った。

 そんなキラクを置いて、リリアも家の外へと出ていった。






 空が薄暗くなり始めた村の入り口に、人だかりができている。

 その中心にいるのは、体中から血を流し、地面に倒れたままのトレイユだ。

 傍には馬がおり、おそらくトレイユを運んできたのだろう、その背は血で真っ赤に染まっている。


 トレイユの隣で、コルダが応急処置を施している。

 まだ意識のあるトレイユは、同じく隣にいる父であるアニキスに、しきりに何かを話している。

 担架が運ばれてきて、男たちが協力してトレイユを乗せ、そのままコルダの家へと運んでいく。

 人だかりになっていた村人たちは散っていき、リリアもコルダの家へ向かおうとしたのだが、アニキスに呼び止め

られた。


「リリア、やはり黒幕はドルリッチ侯爵だ」


 アニキスの言葉に、先ほどから聞こえるリリアの心の中のざわめきが、大きく音を立てた。

 なんとなく、リリアも予想はしていた。

 と言うか、そう考える以外に考えようがなかった。

 そして、その理由、その目的までもを、リリアは理解していた。

 ただ、辿り着いた答えに、リリアは向き合いたくなかったのだ。

 しかし、アニキスの言葉が、その答えが真実だと告げた。


「ドルリッチ侯爵は、アーシードラゴンの角を欲していたんだ。アーシードラゴンの黄金に輝く角は、商業価値が高いからな。私たちの村で病を流行らせて、保安官であるお前とトレイユを呼びつけ、アーシードラゴンの角が薬になると言って狩らせ、手に入れることが目的だったようだ。ドルリッチ侯爵に知恵を与えたのはエードリードというやぶ医者だが、そいつはどうやら手配書リストに載っている犯罪者らしい」


 アニキスの言葉が、リリアには宙を舞うように聞こえた。

 心の中で聞こえるざわざわという音が、どんどんどんどん大きくなっていく。


「ドルリッチ侯爵に角を渡すやいなや、護衛兵が一斉に襲って来たそうだ。おそらく、保安官であるトレイユに、エードリードの顔を見せたことが間違いだったと気付いたのだろうな。後で手配書リストを確認すればばれてしまう。口封じのために、トレイユを亡き者にするつもりだったんだろう。魔光式銃が手元になかったため、トレイユは成す術がなかったようだが、さっき見た様子では致命傷は負っていないようだから、体が動くようになれば、きっとトレイユが……? リリア? どうした、リリア?」


 アニキスの言葉は、途中までしか、リリアの耳に届いていなかった。

 リリアは、その銀色の毛を逆立たせ、薄紫色の瞳を光らせている。


「おい、リリア? リリア!? ちょっと待てっ! どこへ行くんだっ!?」


 アニキスの制止も空しく、リリアは馬に飛び乗って、太陽の沈んでしまった荒野へと駆け出していた。

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