魔女と歌

瀬川

story

 私の世界は、とても狭い。


 丘の上にある小さな家、そこでジャックという名のおじさんと二人きりで暮らしている。

 私の仕事は、庭で飼っているニワトリの世話と掃除洗濯だ。料理は一度作ってから、台所に入れてもらえなくなった。

 ジャックさんの作る料理は、とても美味しいから問題は無い。いつもジャックさんに、食べ過ぎだよと呆れた顔をされる。本当はもっと食べられるんだよ、とは思っていても気をつかって言わなかった。


 後は意味があるのか分からないけど、朝と昼と夜に、ニワトリに向かって色々な歌を歌わされる。毎日欠かさずやるんだ、とジャックさんは珍しく怖い顔で私に言った。

 歌う事は、好きだ。

 辛い事や悲しい事があっても、全部吹き飛ぶような気分になる。歌った後は、スキップをしたくなるぐらい楽しい。

 でも私はあまり顔に出ないから、ジャックさんは表情の違いを分かってくれないけど。


 ジャックさんは、私と血が繋がっていない。

 私の母親は、私を産んでから少しして死んでしまい、父親は誰だか知らないらしい。

 ある日、ジャックさんの住む家の扉の前に、籠に入った私が置かれていた。

 母親が死んだと分かったのは、籠の隣に息絶えた姿があったからだ。

 私は暖かな毛布に包まれて眠っていたし、赤ん坊だったから母親の顔は覚えていない。

 ただ一つ母親の思い出といえるものは、メル・アイヴィーという名前だけ。

 これは籠の中に入っていた手紙に書かれていて、ジャックさんがそのまま付けてくれた。

 メルといつも呼ばれているのだけれど、呼ばれる度に母親の存在を感じて何だかくすぐったい。


 二人で生活をする上での約束事の中には、私は絶対に丘の下にある街には行ってはいけないというものがある。だから私は産まれてから、ジャックさん以外の人と会った事がない。

 理由は教えくてくれなかったけど、何となく分かっている。

 それは私の、この銀色の髪と青色の瞳のせいだ。

 みんな、普通は黒の髪に黒の瞳をしているらしい。

 ジャックさんみたいにおじいさんだったら、銀髪でもおかしくないのだけれど、それでも瞳の色は黒のまま。

 今まで人に会った事の無い私が、何で知っているのかというと、家の本に書いてあるのを見たからだ。


 銀髪と青い瞳を持った者は、災厄を持ち運ぶ。

 ジャックさんに最低限の読み書きを教わっていたおかげで、本に書かれていた事は全て理解出来てしまった。

 私のような人は、数十年に一度の確率で産まれて、その年には何か嫌な事が起こるらしい。

 だから『悪魔』『化け物』、代表的なのは『災厄の魔女』と色々な呼び方をし、忌み嫌った。

 今までそういった存在が現れたら、よくないことが起こる前に、処分していたらしい。

 そうだとしたら私の存在は、本当ならあってはいけないものだ。

 むしろ、こんなにほのぼのと暮らしている事がおかしい。

 たぶんジャックさんは、それを知っていて私を守る為に街に行ってはいけないと言うのだろう。

 本を隠さないというミスを犯したけど、まさか私が読むとは思わなかったのかもしれない。

 私は、パラパラと本をめくる。

 そして、とあるページで止めた。

 そこには、『災厄の魔女』の特徴について詳しく書かれていた。


『災厄の魔女』の武器は、その歌声。

 それを聞いた人は、精神が狂い廃人になってしまうという。

 歌声の力を溜めれば溜めるほど、その効果は増す。

 私はそれを見て、何でジャックさんは私に毎日歌わせるのか分かった。

 もしかしたら、私の事を恐れているのかもしれない。

 そこまで考えて、私はこれからどうしようかと考える。

 このままここにいて、ジャックさんの迷惑にならないだろうか。

 どこにも行くあてはないけど、いなくなった方が良いんじゃないか。

 色々と考えて、私は結局まだ留まる事にした。

 ジャックさんから出て行けと言われない限りは、ここにいよう。

 この生活は心地いいものだし、食べ物も美味しい。特に私が世話をしたニワトリを街に売りに行った日に、帰ってきたら必ず作ってくれるプリンという甘いおやつが好きだ。

 それ以外にも頭を撫でてくれるし、いつも優しく笑ってくれる。

 だから、もしも出て行けと言われても、私は多分全力でごねるだろう。

 ジャックさんと離れるのは、それぐらい私にとって耐えられないものだ。

 私はそんな日が来ないことを願いながら本を閉じ、元々あった場所よりもずっと奥に戻した。



 それから、いつもと変わらない日々を送った。

 掃除洗濯、ニワトリの世話、毎日の日課である歌。

 穏やかで、平凡だけど楽しい時間。


 でも、私が『災厄の魔女』である限り、そんな日々は長くは続かなった。


 それは、ジャックさんがニワトリを売りに街に降りる日だった。

 私は帰ってきたらプリンが待っていると、ワクワクしながら洗濯をしていた。

 楽しみすぎて、いつもだったら禁止されている鼻歌まで奏でてしまっていた。

 それぐらい、プリンは美味しい。

 でも私の表情が仕事をしてくれないせいで、ジャックさんにきちんと伝わっている気はしないけど。

 まあ、今日も良い子で待っていたらプリンを沢山作ってくれると言っていたから、少しは分かってくれているかも。


 今日はいい天気だから、久しぶりにシーツを洗った。

 真っ白のシーツは、洗剤の香りが漂ってくる。

 今夜は、いい気持ちで眠れそうだ。

 最近ジャックさんは疲れた顔をする事が多いから、ゆっくりと寝られるといいな。

 さっき出かけたばかりだから、帰ってくる頃にはいい感じに乾いているだろう。

 そうしたらジャックさんも喜んで、プリンを作ってくれるかもしれない。

 いつも一個しか食べさせてもらえないから、ものすごく楽しみだ。

 私は早く帰ってこないかな、と道の方に自然と目を向ける。


「……?」


 道は丘から街まで、曲がりくねったりしながらも繋がっている。

 そこからジャックさんが乗っているものじゃない車が、どんどんこっちに近づいてくるのが分かった。

 向こうからはシーツが邪魔をして見えないだろうけど、それも時間の問題だ。

 私はジャックさん以外の人に、姿を見られるわけにはいかない。早く隠れなきゃ。

 向こうに気が付かれないように、慎重にシーツの合間をぬいながら家の中へと入った。

 あの車がどこを目指しているかなんて、道の終点はここの家しかないから分かりきっている。

 ジャックさんへの客人という可能性もあるけど、用心することに越した事は無い。

 私は家の中の、クローゼットの中に入って洋服に埋もれた。

 こうしていればパッと見ただけでは、私がここにいるなんて分からないだろう。

 あとは家の中に入って来たとしても、物音を立てなければ諦めて帰ってくれるはず。

 そう期待して、私は息を潜めて待つ。

 ニワトリを売りに行ったジャックさんが帰ってくるのは、早くても三十分。それまでは、頑張って耐えるぞ。

 そんな事を考えている内に、外が騒がしくなってきた。

 やっぱり、この家が目的だったんだ。

 私は怖くなって、口に手を押し当てて悲鳴を飲み込む。

 私が心配しすぎで、ただのジャックさんの客人だと良いんだけど。

 どちらにせよ、私の姿は見られちゃいけないから隠れる事に変わりはない。

 クローゼットは狭いから、出来る限り早くいなくなって欲しい。

 変な体勢のせいで、もう体の色々な所が痛くなってきている。

 そうなると体を動かしたくなるから、音を立ててしまいそうで困る。

 小さくもぞもぞとするけど、体の痛みは良くならなかった。

 気になると余計に痛くなってきて、私はその事しか考えられなくなる。


 それでも家の中を探し回るような音が、私の気持ちをそちらに集中させた。


「おい、そっちにいたか?」


「いや、いない。でも絶対に、ここにいるはずだ」


 私を探している。

 言葉にしたわけじゃないけど、その嫌な雰囲気で察した。


「必ず見つけるぞ」


「ああ、分かっている」


 それに見つかったら、何をされるか分からない。

 もしかしたら、殺されるかもしれない。

 私の頭の中で、『災厄の魔女』の処刑される様子を描いた絵が駆け巡った。

 あんな風に、痛い思いをして死ぬのは嫌だな。

 私はただ、ジャックさんと二人でひっそりと暮らしていたいだけなのに。

 何も悪い事なんて、していないのに。

 そこまで考えたら、静かにしなきゃいけないと頭では分かっていても、涙がどんどん溢れてきた。

 こうなったら、止めようとしても言う事を聞いてくれなくて。


「うう……ひっく」


 押さえていた口の隙間から、嗚咽が飛び出してしまった。

 それは小さく、物音に紛れてもおかしくなかったのだけれど、私にとって運が悪い事に彼らの耳に入ったようだ。

 急に話し声も探す音も止み、静かにこっちに近づいてくる足音。

 私は震える体を自分で抱きしめて、クローゼットがゆっくりと開かれるのを、ただ見ている事しか出来なかった。


「いたぞ!」


 洋服に埋もれるなんて小細工は、簡単にバレてしまう。

 扉が開いて眩しい光の向こう、ジャックさんよりも随分と若くて体の大きい男の人が二人いた。一人はジャックさんと同じぐらいの歳の人、もう一人は私より少し歳が上ぐらいの人。

 初めて見るジャックさん以外の人間に、私は恐ろしさしか抱けなかった。

 だから逃げる事も、戦う事も考えられずに、ただ涙を浮かべて震えていた。

 そんな私を見て、二人の男性は顔を見合わせると、こっちに手を伸ばしてくる。

 殺される。

 私はその手がこっちに来るのを見ていられなくて、目をつぶって下を向いた。

 だけど、いつまで経っても何も起きない。

 もしかして、もう私は殺されて天国にいるんじゃないかな。

 このまま何も分からないでいるのも辛くなって、そーっと目を開ける。


「ひぃっ」


 そこには、まだ二人の男性がいた。

 しかしもう手を伸ばされていなくて、むしろ何故か恭しく頭を下げて片膝をついている。

 その姿は異様で、私は悲鳴をあげてしまった。


「驚かせてしまい、申し訳ございません」


 状況が読めず混乱していると、先程手を伸ばしてきた方の男の人が、頭を下げたまま話し始める。

 その様子に敵意を感じられなかったから、私は怖かったけど逃げずに聞く。


「私達は、あなたを傷つけないと誓います。だから話を聞いてください」


「は、はい」


「ありがたき幸せ。早速本題に入りますが『祝福の女神』様、我々と一緒に城に来ていただけませんか?」


「……へ?」


『祝福の女神』?

 この人は、何を言っているの。

 私は戸惑いしかなくて、おろおろと視線をさまよわせる。

 でも訂正はしなきゃいけないと思って、慌てて口を開いた。


「あ、あのっ。人違いじゃないですか? 私が『祝福の女神』なわけ。この髪と瞳、見てください。私は『災厄の魔女』なんです」


 勘違いして、もらっていた方が安全なんじゃないか。

 言っている途中で思ったけど、止められなかった。

 人を騙すよりはマシだ、そう思ったのもある。

 このせいで死んでしまったとしても、しょうがない。

 ジャックさんが、悲しむのは嫌だけど。

 私は今度こそ殺されると思って、覚悟を決めて真っ直ぐに二人を見据えた。

 最後は怖くても、目をそらさずに終わろう。そう思っての行動だった。


「ななな何をおっしゃっているのですか!?」


「あなたは確かに、『祝福の女神』様です!」


 しかし予想とは違い、頭を上げた二人はさっきの私よりも焦った顔をして叫んだ。


「でも、本には書かれていました」


 そう必死に言われても、あの本に書いてあった事が嘘だとは思えない。

 私は更に困ってしまい、どうすればこの二人が考えを改めてくれるのかと頭を働かせる。


「本? まさか、あなた様は……」


「ここで何をしている」


 どんなに頭を使っても、全くいい案が出てこなくて、また下を向いてしまった私。

 それを見て分かったのか、少し戸惑った声で何かを言おうとしていた。

 でもその前に、別の声がそれを遮った。


 誰の声かなんて、すぐに分かる。

 だって、今までずっと一緒にいたんだから。

 私はその声を聞いて、反射的に立ち上がり何も考えずに、声のした方向に走った。

 勢いで行動したけど、どこにもぶつけたり転んだりしなくて良かった。

 そしてそのまま、体に抱きつく。


「ジャックさん!」


 私が名前を呼べば、抱き締め返してくれる。

 その腕の中に安心して、強ばっていた体の力を抜いた。

 もう、安心だ。

 根拠はないけど、確信していた。


 ジャックさんは肩で息をしていて、走って来てくれたみたいだった。

 そして深呼吸をして息を整えると、私を背中に隠す。


「お前ら、城の奴か。許可を得ずに、勝手に家に入るなんて。俺も馬鹿にされたものだな」


 ジャックさんはいつもとは違って、棘のある雰囲気だった。

 それでも繋いでいる手は温かくて、怖いとは思わない。

 むしろ頼もしい。

 そんなジャックさんに、二人は怯んだみたいだ。

 背中越しに見ると、随分と距離を取っているのが分かった。


「あ、あなたは」


 そして、ものすごく驚いている。

 私の顔とジャックさんを交互に見比べて、次の行動に迷っているようだ。


「俺を知っているなら、話は早いな。ここであった事は忘れて、帰るんだ」


 それに畳み掛けるように、ジャックさんは言葉を続ける。

 言われていない私でさえも、従おうと思ってしまったんだから、二人が感じたのはそれ以上なはずだ。

 少し顔色が悪くなっているのを見て、私はジャックさんの服の裾を掴む。


「ジャックさん、この人達は何をしに来たの?」


 少しでもジャックさんの怖い雰囲気が和らぐ為にだったけど、思っていたよりも効果があったみたいだ。

 私の方に振り返り、優しく笑ってくれる。

 そして頭を撫でた。


「メルは気にしなくていいんだよ。大丈夫だから、部屋に戻りなさい」


「で、でも」


 ジャックさんは話を聞いて欲しくないみたいで、私を違う場所に行かせようとした。

 そう言われても私は、ここにいなきゃいけない気がする。

 だから動かないで、ただじっとジャックさんを見つめた。


「聞いて、後悔するかもしれない。それでも、良いのか?」


「はい」


「……そうか」


 私が引かないのが分かると、ジャックさんはため息をついて、渋々ここにいるのを許可してくれた。


「それじゃあ、座って話そうか。あなた達も、座ったらどうです……がっ!」


「ジャックさん?……ジャックさん!?」


 そして座るように促した動きが、途中で止まった。

 更にその体は、ゆっくりとスローモーションみたいに地面へと倒れていく。

 何が起こったのか、私は呆然とその様子を動けずに見ていた。

 倒れた理由は、すぐに分かった。

 震える手でナイフを持った、若い方の男の人が青ざめた顔で立っていたからだ。

 ジャックさんを確認する。

 苦しそうな顔で押さえているお腹が、真っ赤に染まっていた。

 刺された。その言葉が、頭の中をかけめぐった。


「何しているんだ! 傷つけてはならないと言っていただろう!」


 固まっていたもう一人が、いち早く覚醒してナイフを取りあげて怒鳴る。

 若い人は顔色は悪いままだったけど、それに反論した。


「でも、こいつは裏切り者じゃないですか! 『祝福の女神』様の為にも、さっさと殺すべきです!」


 そしてこっちに、大きな音を立てながら近づいてくる。

 私は未だに衝撃から抜け出せなくて、逃げることが出来なかった。

 だから抵抗出来ないで、無理やり腕を掴まれてしまう。


「あ、あの」


「『祝福の女神』様、あなたは騙されていたんです」


「そんなわけ……」


「だって、あなたのお母様を殺したのは、この男なんですから」


「……え」


 私は必死に振り払おうとしたけど、その言葉でまた固まってしまう。

 お母さんを、ジャックさんが殺した?

 衝撃で、頭が働かなくなる。

 でも自然と、言葉がこぼれ落ちた。


「嘘」


「だってジャックさんは、私に優しくしてくれた」


「プリンを作ってくれた」


「頭を撫でてくれた」


「だから絶対に嘘!」


 こんなにも叫んだのは、初めてかもしれない。

 それぐらい信じられなかったし、信じたくなかった。


「……メル、そいつのっ、言っていることは、本当だ」


 だけど、それを否定したのは他でもないジャックさんだった。

 私と若い人を引き剥がすと、動くのに力を使ったのか、倒れ込んでくる。

 ジャックさんの重みに耐えきれず、私は床に座り込み、膝枕の体勢になった。

 若い人は、もう一人が体を引きずって別の場所に移動してくれた。

 部屋に私達しかいなくなってから、ジャックさんに聞く。


「ジャックさん、どういう事なの?」


 怪我をしているから、話している場合じゃないのは分かっている。

 それでも私が助けを呼ばなかったのは、他でもないジャックさん自身が、話をするのを望んでいるからだ。

 辛そうにしながらも、ジャックさんはぽつりぽつりと話を始める。


「俺は昔、城で仕事をしていた。その頃は、メルの様な銀髪に青い目を持つ者を『災厄の魔女』と呼んでいた」


 それは、本で読んでいたから知っていた。

 でも私は何も言わず、邪魔をしなかった。


「そういう人を処刑する事を、当時の俺は当たり前だと思っていた。でもメルのお母さんに会ってから、考えが変わった。彼女も同じ様に銀髪で青い目だったけど、両親のおかげで周りにはバレないでいた」


 ジャックさんは胸ポケットの中に手を入れて、何かを取り出した。

 それは、四つ折りにされた写真だった。

 私は写真を開いて、とても驚いた。

 そこに写っていたのは、銀髪で青い瞳を持った女性。

 微笑んでいる姿は、たぶん私に似ているんだろう。

 これが、私のお母さん。

 その事実は、胸をとても暖かくさせてくれた。


「彼女に偶然会った時、俺は恐ろしいというよりも、単純に綺麗だと思った。そして彼女と過ごすうちに、愛おしいという感情に変わった。だから私達は、色々な人の反対を押し切って、この丘に移り住んだ」


 ジャックさんは、幸せそうな顔をしている。

 それは昔を、私のお母さんを思い出しているからだろう。


「ここに住んで、しばらくは穏やかな生活を送っていた。でも彼女がいなくなってから、城の方がにわかに騒ぎ始めたんだ。何でも、とある優秀な占い師が言ったらしい。『災厄の魔女』は、本当は人々を助ける『祝福の女神』なんだって」


 ジャックさんの呼吸が、どんどん荒くなってきた。

 それでも構わず、話を続ける。


「そして、どこからか彼女の存在がバレた。ある日、私が仕事から帰ってきた時、家の中は酷い有り様だった。……乱暴な輩が、彼女を自分のものにしようと、家に押し入ったんだ。大切なものを守るために、彼女は抵抗して、そして胸を刺されていた」


 ジャックさんの目から、涙がにじんできた。

 私はこの先の展開が分かっていても、最後まで聞かなきゃいけない、そんな気がした。


「犯人はいなくなっていて、彼女は虫の息だった。俺が彼女の元に駆け寄ると、自分の痛みなんて構わずに、戸棚の中を指した。そこに何があるかは、何となく分かった。彼女が自分の命を引替えに守るものは、一つしかなかったんだから」


 ジャックさんは震えながら、私の手を握った。

 私もそれに、力強く握り返す。


「彼女の最後の言葉は、『メルを、私達の愛しいあの子を、よろしくお願いします』だった。俺の腕の中で、息絶えた彼女をベッドに寝かすと、戸棚に行って開けた。そこには毛布にくるまれながら、すやすやと寝ているメルの姿があった。私と彼女の大切な宝は、彼女のおかげで無事だったんだ」


 ジャックさんは、私に向かって笑った。

 私も笑おうとしたけど、上手く出来ている気がしない。


「そして私は、これからどうしたらいいんだろうと考えて、そして一つの考えを実行した。それは彼女を殺したのは、私だと城に報告することだった。理由は『災厄の魔女』が何かを起こす前に殺した、という事にした。そうすれば俺は罪人になって、この丘に隔離される事になると確信していたからだ。そしてそれは上手くいって、ここでメルと二人穏やかに過ごせていた」


 握る手の力が、弱くなってきた。

 息をするのも、辛そうだ。

 それでもジャックさんは、私が動くのを視線でとめた。


「『祝福の女神』の力は、その歌で人々の傷や痛みを癒すものらしい。だから俺は、メルの力が暴走しない為に、歌を日課にした。メルのお母さんみたいに、狙われるのなんてごめんだったからな。でも失敗したみたいだ」


「ジャックさん、ジャックさん! ……もう話すのは止めて!」


 ジャックさんの呼吸が小さくなって、握る力も無くなってきてしまった。

 私はその事が怖くて、必死に体をゆすって話しかける。


「メル。俺が死んだら、その時は逃げるんだ。ここじゃない、『災厄の魔女』も『祝福の女神』も関係のない所に。それが、それが俺とお母さんの、願いだから……」


 だけどジャックさんは話す事を止めないで、最後にそう言い残して目を閉じた。

 更には握っていた手も、力無く床に落ちた。


「ジャックさん! ねえ、ジャックさん! ジャックさん! ……お父さん!」


 いくら私が呼びかけても、目を開けてくれない。

 このままじゃ死んでしまう。

 私はそれだけは絶対いやで、何とか助けようと、大きく息を吸った。


 そして、歌う。

 私が本当に『祝福の女神』ならば、ジャックさんをお父さんを助けてくださいという気持ちを込めて。

 曲は最初に教えてもらった、私の一番のお気に入りにした。

 それならば、ジャックさんが助かる気がした。

 私が思いを込めて一曲を歌い終えると、目の前が突然真っ暗になり、そのまま倒れてしまった。



 目を覚ますと、ベッドに寝かされていた。

 周りにはたくさんの人がいて、私に恭しくお辞儀をしてくる。

 でも私はその人達に構っていられず、ジャックさんの安否について聞いた。


 結論から言うと、ジャックさんは助かった。

 私の歌のおかげで傷口が塞がり、奇跡的に命には別状はないらしい。

 それでも、未だに目を覚ましていなかった。

 その原因が分からない。

 だからいつかは目覚めるかもしれないし、一生目覚めないかもしれないと、お医者さんに言われた。

 私はそれを聞き、たくさんたくさん考えて、一つの提案をした。



 そして現在、私はジャックさんと一緒に城にいる。

 私がした提案は、一定の人に対して歌を歌うのと引き換えに、私達の生活の保障をしてもらうことだった。

 そうでもしないと、私一人では生活するのが難しいと思った。眠ったままのジャックさんを、ずっと面倒見るのは構わなかったけど、それじゃあ何も出来ない。

 面倒を見てもらっているおかげで、大変な事もあるけど不自由は無い。


 そして最近の私の日課で、今までと変わったものがある。

 それは一日三回、ニワトリ相手にしていた歌を、ジャックさんに向かって歌う事だった。

 こうしていれば、いつかは目を覚ましてくれるんじゃないか。そう願ってだ。

 無駄な行動なのかもしれないけど、私は絶対にやめない。


 もしもジャックさんが起きたら、上手に作れるようになったプリンを一緒に食べるんだと決めている。

 そして美味しいと、頭を撫でて言ってもらうんだ。

 お父さんだとわかったジャックさんと、また穏やかで幸せな生活をするんだ。

 それが私の夢だ。



 だから私は、歌い続ける。

 いつか幸せな結末を迎える、その日まで。

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魔女と歌 瀬川 @segawa08

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