Master Plan

まみあ

00.Master Plan

 ここに一冊の本がある。明らかに他のものとは違う、異様な雰囲気に包まれた本だ。厚い表紙は四つ角を得体のしれない革で覆われており、これが普通でない、特別ななにかであるということを手にした者に感じさせる。

 表面はざらついていてひんやりと冷たい。そして重い。もしかするとこれは置物で、ほんとうには開かないのではないかと思うほどに。だが反面、装飾は至ってシンプルだ。なんのイラストもなし。全面黒。装飾という装飾は四つ角に施された革と。あとは、真っ黒の表紙に浮き出すように書かれた白い文字。"Master Plan"と、ただそれだけが記されている。

 ものごとの方針を位置づけるための基本計画のことをマスタープランという。ただ単純に捉えるならばそういった意味なのだろう。

 著者は分からない。いつ作られたのかも分からない。どこから来たのかも分からない。使われている革が何の革なのかも分からない。分かっているのはこの本の題がMaster Planであるということ。そして、ということ。

 そう、この本は開くたびに内容が変わる。内容は本を閉じるという行為によって全てリセットされる。さっき開いた本と次開く本は、全くの別物と言っていい。ただし、書かれている内容はどうやら完全な無作為ではなく、ある共通点があるらしかった。

 というのは、ここではないどこかの、今ではないいつかの、私ではない誰かの、が写し出されている、という点。これがMaster Planの唯一の規則である。これに則っていればあとはほんとうに多種多様だ。紛争地域のある少年兵の記録。不治の病で入院する女の闘病記録。名前も知らぬ幸せなカップルの記録。はたまた、日々ドラゴンと戦う騎士の記録、村をでて魔物を討伐しに征く勇者の記録、などこの世のものとは思えない、作り話のような記録も含まれている。

 なぜ私がこんな魔法のような本を所持しているのか、という話については後々少しづつ語っていくとしよう。今はとにかくこの本の不思議な魅力を感じてもらえればそれでいい。

 私はこの書斎で、この不思議な本を開く瞬間が人生の唯一の楽しみになっている。どんなに悲しい物語も、どんなに幸せな物語も、ここで読む私にはなんの関係もない。神様にでもなったような気分だ。ただただ世界を傍観する。無力な傍観者になれる。

 今日も私は本を開く。重たく厚い表紙に触れた瞬間、不思議な不思議なその本は内側から不気味に輝きを漏らす。輝きに合わせて私の心も躍りだす。今日はどんな世界を見せてくれるのだろうか。


 さぁ、読書りょこうの時間だ―

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