第2117話 『静』と『動』

 さて、前話にて、息子君が左手を負傷していた、という話をしたわけです。利き手ではないので、お箸も鉛筆も持てます。ゲームのコントローラーも持てなくはないのですが、彼が普段やってるアクションゲーム的なやつはさすがに無理。なんかのんびり操作するやつだったら何とかなるんですけども。でもそこまでしてやるものでもないよね、ってことで、この期間はひたすらお絵描きしてましたね。


 問題は、お風呂です。

 いや、全然入れなくはないのです。

 ギプスっていうのかな、そんなガチガチのやつではないんですけども、とにかくそういうやつをつけてはいるのですが、取り外して入浴OKとは言われているのです。ただ、あまり指を動かさない方が良いってことでね、じゃあどうやって洗うの、って話。


 いやもう、旦那ですよ。

 ここはもう男同士ですから。

 ていうか、普段から一緒に入ってますから。

 三助ですよ。ちなみに私この『三助』って結構最近になって知った言葉です。

 

 久しぶりに息子の頭洗ったわー、なんて旦那も楽しそうでね。そんな感じでキャッキャと一週間過ごしていたわけです。


 その翌日です。

 息子の手も完治し、あー、良かったねー、ってなったその翌日ですよ。


 今度は私が指を負傷。

 スープを作ろうと思って玉ねぎを切っていたら、何をどうしたものか、左手親指の先端をかなりざっくりと切ったんですよ。ざかざか手早く切ってたわけでもないし、よそ見もしてないんですよ。割とゆっくり切ってたのに、ちゃんと手元を見てたのに、そのゆっくりめのペースでざっくり切ったんですよ。どういうことなの。


 とにもかくにも深めにやっちゃったわけです。

 もうね、ぜーんぜん血が止まらん。

 大抵の場合、傷なんて舐めときゃ治るっていうか、絆創膏でも貼っときゃどうにかなるじゃないですか。


 絆創膏役に立たん。

 3回くらい貼り替えて、だいぶおさまったかな? ってところで、ビニール手袋を装着。やはり衛生面が心配ですから。それでも止まってなかったみたいで、手袋の中にも点々と血が……嘘だろ。


 まぁその後しばらくして止まってはくれたんですけど、マジで焦りましたね。おいこれ一生止まらんのか? ってそんなわけないのに。


 とにもかくにもお料理は何とかなりました。

 水仕事は旦那にお願いするとして、問題は、そう、お風呂です。


旦那「松清子、頭洗える?」

宇部「やれなくはないけど」

旦那「娘ちゃんに洗ってもらったら? 俺、前に洗ってもらったことあるけど、上手だったよ」

娘「私出来るよ!」

宇部「うーん、じゃあお願いしようかな」


 というわけで、娘に洗ってもらいました。

 身体はね、どうにかなるから。でもほら、頭はね、指先を使って洗うから。


 娘の洗髪は、それはそれはテンダネスでした。テンダネスでカインドネスで、ソフトリーでウィスパーでした。娘、妖精の可能性ある。これはもう絶対に頭皮を傷つけない。何なら私の髪が厚すぎるからなのか、指が頭皮に達していません。頬を撫でるそよ風のような洗髪です。これがチピチピチャパチャパ……?


 コンディショナーをつけた時もですね、ちゃんと専用のコームで梳かしてくれる丁寧さ。ちなみにそのコームは娘専用のやつ。私は普段面倒なのでトリートメントの時もコームなんて使いませんが、娘の時は使います。娘は普段リンスインシャンプーなのですが、たまに私のコンディショナー(娘はそれをトリートメントだと思ってる)を使うので、その際にコームで梳かすのです。


 あまりにも優しさの化身過ぎて、少々物足りない感じもありましたが、洗えていないわけではありませんでしたので、その卓越した『静』のシャンプースタイルを絶賛して終了。

 

 さて、翌日です。

 まだまだ指の痛みもありますし、その日も家族に洗髪してもらうことになりました。「今日は俺が洗おうか?」ということで、その日は旦那にお願いしました。


 いやもうすっごかったです。

 旦那の洗髪はすっごかったです。

 

 娘が『静』なら、旦那は『動』。

 

 これぞ男の洗髪でござい! ッラァ! ヨッシャァ! ワッショーイ! ソイヤァ! みたいな力強さがありました。

 

 一分間に200振動、みたいな、なんかそんなバイブレーション機能でも搭載してるのか? ってくらいの高速シャンプーです。その勢いに私の身体が負けないよう、両膝でがっちりと固定。ジェットコースターもかくや、というレベルの拘束です。


 勇者ヨシオの力強い洗髪スタイルはそれはそれは勇ましく、脳裏をよぎるのは、『冬の日本海』『喧嘩太鼓』『両国国技館』といった勇ましい言葉達。なんかもう、あの、荒々しい水しぶきや、迸る汗、ぶつかり合う肉と肉。そんなものが浮かんでは消え、浮かんでは消え……。


 途中からなんかもう笑えて来ちゃって、ぎゃはははと笑いながらの洗髪でした。突然笑い出した妻に、旦那はびっくりしていました。


 ただ、とんでもなく爽快でした。

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